【第二章 第十一話 最強の炎】
【ヴェークテルン・シュミート視点】
ドーヴァー海峡を吹き抜ける二月の海風は、骨の髄まで凍りつくほどに冷たい。
鉛色に波打つ暗い海面を真っ二つに割って進むのは、我がドイツ軍が誇る巨大な水上艦隊だ。イギリスの喉元であるこの海峡を堂々と通り抜け、本国へと帰還する。この前代未聞の『ツェルベルス作戦(海峡突破作戦)』を成功させるため、俺たち遊撃部隊は艦隊の護衛として戦艦の甲板に立っていた。
「……冷えるな」
俺は分厚い軍服の襟を立て、手袋を外した指先に微弱な『雷(電気)』を這わせて、かじかんだ体を強引に温めた。
元々、俺たちに与えられていた任務は、イギリス《アイギス》アーサー・E・テイラーの暗殺だった。だが、まさか同盟国である日本の能力者に首を斬られてあっけなく死ぬとはな。
俺の手でアイギスの首を獲って、この国の頂点に登り詰めるための最高の踏み台にするつもりだったのに。完全に当てが外れてしまった。
……しかし、不思議だ。
軍の新聞で見た《アイギス》を討ち取ったという日本人の名前。『ひなたつきひこ』と言ったか。その奇妙な響きの名前には、なぜか妙な既視感があった。無意識のうちに、俺は手元のメモ紙にその名前を書き記していた。それもドイツ語ではなく『漢字』という難解な文字で。
『日向月彦』と。
どうして、あんな複雑な文字がすらすらと書けたんだ? 俺は何か、決定的な記憶を忘れているのか? だとしたら俺はこの名前の主とどこかで会ったことがあるということになる。だが、生粋のドイツ人である俺の人生において、日本人の知り合いなんてできるはずがないんだ。
変だよな。何かが変だよな。
部下からの緊迫した報告が届く。
「中佐殿。間もなくイギリス軍の迎撃空域に入ります」
「ああ、わかっている。各員、戦闘配置につけ」
俺は思考を打ち切って短く答えた。
空を見上げれば、分厚い冬の雲の向こう側から、我が軍が放った『天使』の群れが上空護衛として飛来しているのが見える。
だが、問題はイギリスの通常兵器などではない。
おそらくだが、この海峡突破を阻止するために、イギリス軍の誇る最強のバケモノがやってくる。
青い炎を操る『死神』エドワード・バイロンが必ず、来る。
あの男の操る炎は圧倒的な火力で艦隊ごと全てを焼き尽くす最悪の異能だ。艦隊を無事に本国へ逃がすためには俺たち特務部隊が自ら盾となり、あの《死神》を相手に足止めをしなければならない。
アーサーは打ち倒された。ならば次は俺が『死神』を打ち倒す番だ。
「さぁ、俺達で《アイギス》を潰すぞ」
俺は再び手袋をはめ直し、嵐の予感に満ちたドーヴァーの暗い空を睨みつけた。
「……来るぞ。総員、対空戦闘用意!」
俺の号令と同時だった。
暗いドーヴァーの空を眩いほどの『青い炎』が一直線に切り裂いた。護衛のドイツの天使たちの悲鳴が轟き、重苦しい冬の空が一瞬にして青く燃え上がる。その圧倒的な熱量の中心から、黒髪の死神が真っ直ぐに俺たちの艦隊を見下ろしていた。
エドワード・バイロンは純白の毛並みを持つ巨大なヒポグリフに跨り、高空から俺たちを見下ろしていた。燃え盛る青い炎を背負い静かに死を宣告するその姿は、まさに『死神様のご降臨』と言うに相応しい。
「撃て! 全砲門開け!!」
兵が怒鳴り、ドイツ艦隊の対空砲火が一斉に火を吹いた。空を埋め尽くすほどの黒煙と曳光弾の雨。
しかし、エドワードは俺たちに準備をする暇すら与えず、ヒポグリフを急降下させた。
空を舞う純白の幻獣に、人間の放つ銃弾など通用しない。ヒポグリフは重力を無視したような異常な機動力で、巨大な大砲の弾すらも鳥のように軽やかに避けていく。
俺の背後から、味方の放った巨大な飛竜がエドワードを迎撃しようと飛び立った。
だが、無駄だった。
エドワードの掌から放たれる青い炎は、まるで圧縮された『エネルギー砲弾』だった。長距離かつ桁外れの高火力な炎が一切の妥協なく放たれ、空中のニーズヘッグを一瞬で骨の髄まで焼き尽くし、そのまま一直線に俺の乗る戦艦へと降り注ぐ。
「艦が沈むぞ! 大尉!」
俺の副官の一人ヨハネが両手を空へとかざした。彼の『念力』が目に見えない強固な障壁の屋根となり、戦艦の真上で青い炎の直撃をギリギリで受け止める。
凄まじい熱量に障壁がギシリと悲鳴を上げた直後、ヨハネは自らの身体を念力で浮かばせ空へと飛び立った。
ヨハネは分厚い障壁を展開したまま、エドワードの放つ炎の奔流を真正面から押し切り、発生源である死神の懐へと肉薄する。
至近距離で。ヨハネは障壁の影から小銃の銃口をエドワードの眉間へと向けた。
──しかし、彼が相手にしているのはエドワードだけではない。
「なっ!?」
猛禽類の前半身と馬の下半身を持つ幻獣。獣は空中でアクロバティックに回転すると、強靭な馬の後ろ脚でヨハネの腹部を強烈に蹴り上げた。重い衝撃でヨハネの姿勢が崩れ、必殺の銃口が明後日の方向、海面へと向く。
「しまっ」
体勢を立て直そうとしたヨハネだが、遅い。
エドワードの放つ青い炎が、ついに念力の障壁に亀裂を走らせ、漏れ出した熱波がヨハネの顔面を舐めた。ヨハネは咄嗟に腕で顔を覆い、障壁を全開にして戦艦へと退避する。一歩間違えれば炭化していたから命拾いだ。ヨハネの服は燃やされ皮膚も露になり、ああっ! 腕が火傷を! ヨハネは迷わず俺の元へ降下。ゴロゴロと甲板に転がる彼の元へ俺は駆け寄り、二の腕を握りしめた。
──バチッッ!
「ッッく!」
ヨハネの顔が歪んだ直後、彼の腕は真っ黒な帯にしゅるしゅると包まれる。まるで包帯のように彼を守る帯は、三秒もあればほどけ元の白い皮膚に戻った。
俺は脂汗をかくヨハネを見た。
「いけるな?」
「ありがとうございます、我らが癒しの天使様」
俺の背後で待機していたグリフォンが「ほんっと似合わねぇ通称」俺が無言で立ち上がり振り向くと。
「よくお似合いです、中佐殿」
ぼろ布には後で電撃浴びせてやろう。
俺は空を見上げる。
エドワードは誰も近づけさせなかった。彼は接近するすべてのものを灰に変えるとばかりに、自身とヒポグリフの周囲を『巨大な青い炎の球体』で包み込んだ。まるで暗い空に浮かぶ第二の太陽のよう。圧倒的な熱量を持った絶対の防御陣形であり、そこから無尽蔵に致死の炎を降らせる最悪の移動砲台。
「化け物が」
俺は顔をしかめるしかなかった。あんな途方もない熱量にまともに付き合ってやる必要はない。
俺は指示をだした。
「各艦、アイギスの真下の海面を一斉に砲撃しろ! 巨大な水柱を上げろ!」
ドイツ艦隊が即座に呼応する。
戦艦の主砲が一斉に火を吹き、空中の死神ではなく、彼の直下にある暗い海面を情け容赦なく叩き据えた。
──ズドォォォンッ!!
轟音と共に、ビルほどの高さの巨大な水柱が天高く吹き上がる。巻き上げられた大量の海水がエドワードの『青い炎』と真っ向から激突した。
ジュワァァァァァッ!!
凄まじい水蒸気爆発が起こり、海上の視界が一瞬にして真っ白な蒸気に包まれる。
これこそが狙いだ。炎で水は相殺され、周囲の空間には『電気を通しやすい』大量の蒸気が充満する。
視界が完全に奪われた一瞬の隙を突き、俺は水蒸気の中心に向かって最大火力の『黄金の雷』を叩き込んだ。
「ッ!!」
蒸気を伝い、逃げ場のない稲妻の檻がエドワードを焼き焦がす──はずだった。
「……それで?」
水蒸気の上空。直感で雷の殺気を察知したエドワードはヒポグリフを操ってすでに安全圏へと急上昇していた。眼下で炸裂する俺の黄金の雷を見下ろし、その口元には余裕すら感じさせる『死神の笑み』が浮かんでいる。
だが、俺の罠はそこまで含めての『囮』だ。
エドワードが笑みを浮かべた直後。逆光となる分厚い冬の雲を背負って、上空から一人の少女が無表情のまま急降下してきた。俺の部下である金属操作の能力者、シェルピェンだ。彼女は自らの小銃をサーフボードのように乗りこなして飛翔し、音もなく死神の頭上という最大の死角から銃口を向ける。
ゼロ距離で。
シェルピェンは空中で小銃を構え直し、エドワードの脳天へ向けて引き金を引く。
──バンッッ!
必殺の一撃。だが、エドワードは僅かに首を傾けただけでその銃弾を躱し、あろうことかシェルピェンの小銃の銃身を素手でガッチリと掴み取った。
しかし、エドワードが躱した銃弾は、彼が騎乗していた白いヒポグリフの首の付け根に直撃。
「キュァァァッ!?」
鮮血が舞う。痛みに狂った獣が空中で暴れ狂う。不安定なヒポグリフの背の上、エドワードとシェルピェンによる、小銃を巡る激しい空中の綱引きが始まった。
シェルピェンは小銃を強引に引っ張られた勢いを逆手に取り、暴れるヒポグリフの胴体へ軽やかに足を乗せた。空いた片手でホルスターから拳銃を抜き放ち、今度はエドワードの胸ぐらへ直接銃口を押し当てる。
この密着状態ではエドワードも自慢の『青い炎』を使えない。そんなものを放てば、自分ごと愛馬のヒポグリフまで黒焦げになってしまうからだ。
「チッ」
エドワードは短く舌打ちをすると、炎の異能を使わず、純粋な物理的体術へと切り替えた。目にも留まらぬ速さで拳銃を持つ手首を払い除け、そのまま強烈な蹴りをシェルピェンの胴体へ叩き込む。
「ぐッ!」
鈍い音が響き、シェルピェンの小柄な身体がヒポグリフの背から蹴り落とされた。
得物を失い、真っ逆さまにドーヴァーの冷たい海へと落下していくシェルピェン。
だがその直下。
猛スピードで滑り込んできた巨大な黒い影が、落下する彼女をその広い背中で見事にキャッチした。我が軍が誇る黒竜だ。
シェルピェンは体勢を立て直す。ペネロペの背中にしっかりとまたがり、再び上空の死神を睨みつける。竜と少女、ここに強力なバディが結成され、エドワードとの第二ラウンドの火蓋が切って落とされた。
甲板からその空中戦のすべてを見上げていた俺は、冷や汗を拭いながら呻いた。
「強いな……能力だけじゃない。本体も戦士として完全に仕上がっている……」
無敵の異能に頼り切るのではなく、いざとなれば近接格闘で部下を退ける判断力と身体能力。まさに死神の名に恥じない化け物だ。
俺が戦慄していると、横で双眼鏡を構えていたカルロが、ポツリと場違いなことを呟いた。
「中佐殿。あの白いヒポグリフ、メスですね」
アランが素っ頓狂な声を上げる。
「えっ!? えっ!?」
俺は無言でカルロを睨みつけた。
「……貴様、海峡の底までぶん殴られたいか?」
「いいえ中佐殿! この情報は極めて重要です英国紳士が女性の怪我を放置するとはとても思えません!」
怒り狂う俺に対し、カルロは一息もつかずにものすごい早口でまくし立てた。
「……随分と早口だが、一理あるな」
俺は振り上げた拳を降ろし急速に思考を切り替えた。
確かに、さっきの空中戦でエドワードはヒポグリフを巻き込まないために、あえて最大の武器である青い炎を使わなかった。つまり、あの死神にとって騎獣はただの乗り物ではなく、明確に守るべき相棒、一人の列記としたレディなんだ。
「そうか……無敵の本体を狙う必要はない。馬の方を狙えばいいのか」
最悪の状況に一筋の勝ち筋が見えた。
俺はすぐさま通信手に行動を命じ、上空で旋回しているペネロペとシェルピェンへ向けて、戦艦の探照灯による発光信号で一時撤退の合図を送らせた。
合図を見たペネロペが大きく旋回して戦艦の甲板へと降下してくる。それと入れ替わるように、傷の癒えたヨハネとグリフォンが空へと飛び立ち、エドワードの注意を引くための命がけの陽動を開始した。
突風を巻き起こしながら、巨大な黒竜が甲板へと着地する。俺はペネロペの背から飛び降りてきたシェルピェンを前に問う。
「ザウェク中尉、お前あのヒポグリフはメスだと思うか!?」
「えぇ!?」
死線の淵から帰還した直後に、上官から突然「敵の馬の性別」を問われたシェルピェンは目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。当然の反応だな。俺もそんなこと聞かれたら『お待ちください』と反論してしまうだろう。
だが、シェルが答えるよりも早く、彼女の背後に立つ黒竜ペネロペが頷く。
「ええ、女性だと思う」
幻獣の直感は信用できる。
「よし。なら方針は決まりだ」
俺は凶悪な笑みを浮かべ、金属操作の異能を持つシェルピェンへ向けて冷酷な指示を下した。
「ザウェク中尉。お前の能力で、あのヒポグリフの『馬具』を操れ。装具で馬の関節を徹底的に締め上げろ。身動きを取れなくしてやるんだ」
「了解しました」
俺の極悪な意図を即座に理解したシェルは、無表情のままコクンと頷いた。
上空では、陽動のために飛び立ったヨハネとグリフォンの二人と、エドワードと白いヒポグリフが旋回を続けていた。その絶対的な防御である『青い炎の球体』の中で、標的となる金属はただ一つ。ヒポグリフの背中や側面に装着されている、荷物を固定するための太い金属のベルト、ワイヤーだ。
シェルピェンはそれを金色の目で眺め頷く。
「いけます」
戦艦の甲板でシェルピェンが空へ向けて右手を強く握り込んだ。
瞬間。上空のヒポグリフの鞄を固定していた金属ワイヤーの留め具が、弾け飛ぶように外れた。拘束を解かれた長い金属ワイヤーは、まるで意思を持った鉄の蛇のように空中で首を縛り上げ、炎の球体の内側で暴れだした。
「ピィイイィィィッ!?」
上空から、鳥の悲鳴とも馬のいななきともつかない、鼓膜をつんざく悲痛な鳴き声が轟いた。
暴れ狂う金属ワイヤーがヒポグリフの羽ばたく真っ白な『翼』と、しなやかな『首』に幾重にも絡みつき、ギリギリと無慈悲に締め上げ始めた。首を絞められ翼の自由を奪われたことによる激痛とパニック。完璧な飛行姿勢を保っていた巨大な獣は空中でバランスを崩し、落下を始める。
「ッ!」
その瞬間。落下するヒポグリフの背で、無敵を誇っていた死神の表情が『余裕』から『焦燥』へと一変した。
もしも、彼が騎乗しているのがオスであったなら。エドワードは間違いなく「気合で飛べ!」と冷酷に一喝し、そのまま炎の球体を維持して俺たちへ反撃の炎を放っていただろう。しかし、相手は女性だ。女性が首と翼を締め上げられて苦痛の声を上げている。
英国紳士としての気高い意思。そして、女性を守らなければならないという生真面目すぎる優しさが、この戦場において彼に最悪の選択を強要した。
「クソッ!」
エドワードは反射的に自身の身を守っていた『青い炎の球体』を解除。ヒポグリフの首に深く食い込むワイヤーを直接引き剥がそうと、無防備に身を乗り出してしまった。
圧倒的な炎の盾が消え死神の体が完全に外へと露呈する。
これだ! これこそが、俺たち特務部隊が悪魔のようなロジックで突きつけた、無敵の死神の『明確な弱点』だった。
「今だ殺れッ!!」
俺は空へ向かって、喉が張り裂けんばかりの怒号を上げた。
猛スピードで突っ込んでいく影があった。陽動のために上空で待機していたヨハネと、彼の相棒であるグリフォンの『ルカ』だ。
ルカはエドワードが生み出した一瞬の隙を見逃さず、鋭い鉤爪で白いヒポグリフの顔面を無慈悲に引き裂いた。悲鳴を上げる獣の上で、ルカの背に立っていたヨハネがエドワードへ向けて小銃の引き金を引く。
──バンッ!
至近距離からの狙撃。しかし、エドワードはただ身を屈めただけでその凶弾を完全に回避してのけた。まるで飛んでくる弾丸の軌道がスローモーションで見えているかのような、バケモノじみた反射神経だ。どうなってやがる、今の完全に死角だっただろどうなってやがる。
だが、ヨハネの真の狙いはその銃弾ではない。銃撃を回避したことによって生じる『コンマ数秒の硬直』だ。
「もらったァッ!!」
ヨハネはルカの背中を力強く蹴り上げると、宙を舞い、敵であるヒポグリフの頭を踏み台にして死神の懐へと肉薄した。
小銃の先端に取り付けられた鋭い銃剣が、白刃の輝きを放って真横に薙ぎ払われる。
──一閃。
肉を断ち切り、骨を砕く鈍い音が響き渡った。
無敵の死神、エドワード・バイロンの首が、完全に胴体から斬り落とされ、鮮血を撒き散らしながら宙を舞う。
大金星だ。俺たちの頭脳と命を賭けた、完璧な勝利。誰もが勝利を確信した、一瞬の静寂。
しかし直後。首を失ったはずのエドワードの胴体から、爆発的な勢いで『青い炎』が噴き上がった。
「なッ、ぐあっ!?」
「ぎゃっづぁぁぁ!!」
意思を持ったような業火の奔流がヨハネとルカを無慈悲に飲み込む。空中で二人を火だるまに変え落下。
そして、炎の中で信じられない光景が繰り広げられた。
エドワードの首無しの胴体は宙を舞って吹き飛んでいく自分の『首』に手を伸ばし、両手でガッチリと掴み取った。首と胴体が離れているのに、完全に死ぬはずなのに、意思をもって頭を掴みとったんだ。そのまま自らの首の断面と胴体をくっつけると、傷口から溢れ出す高熱の青い炎を使って、瞬く間に細胞ごと焼き塞いで溶接してしまった。
「……あははっ」
炎の中で傷を癒やし、再び首を繋ぎ合わせたエドワードは、力を失って落下していくヒポグリフと共に真っ逆さまに落ちながら、歓喜に満ちた狂笑を上げた。
「俺を殺してくれたのか!! そうか! そうか!」
その声に、怒りや憎しみはない。あるのはただ純粋な喜びだけだった。
◇
【エドワード・バイロン視点】
……ずーっと、退屈だった。
落下しながら、エドワードの心はひどく澄み切っていた。
俺の炎はあまりに強すぎた。何もかもがあっけなく灰となり、白い肌の薄汚い人間だろうと植民地の黒い肌の人間だろうと、等しく燃えて灰となった。だからかな、呪いかな、愛する家族すらも炎のなかへ消えていった。
その時に感じたのは、ただの絶望だけではない。
もう誰も俺と遊んでくれないのか。誰も俺の隣には立てないのか。底知れぬ空虚感が、俺の心をずっと支配していた。
だが! やっと!
俺は今、生まれて初めて心の底から『戦いを楽しい』と思えた。自分が殺されるかもしれないこの極限のヒリつき。ずっとこれが欲しかったんだ。
「あぁ!! こんなにも楽しいことは無い! もっと! もっと全力を俺にぶつけてはくれないか、もっと!!!」
空を落ちていく中で、俺は満面の笑みで両手を広げる。
「──もっと、俺と遊んで?」
無邪気で、しかし底知れぬ狂気に満ちたその言葉が響いた直後。
パリンッ、と。エドワードの内側で、『何か』が割れる音がした。
その果て無き欲望と世界への希望が臨界点を突破した瞬間──。
エドワードの脳裏に、かつての世界の記憶がフラッシュバックした。
【首無しの悪魔デュラハンの一族として、死を告げる存在】
そんな俺を、俺達を、人間どもは『悪魔』と呼んだ。




