【巻間】【ぼろくそに言うフランスお貴族】
【ルカ・ロッシ視点】
紙の山が連なる執務室で、竜姫は万年筆を走らせていた。
「うっ、うっ、もう書きたくない……書きたくないぃ……ううっ、うっ」
事務作業に泣く竜姫の隣で、我が隊のボスである癒しの天使様(笑)は淡々と告げる。
「泣き言を言うわりには綺麗に文字を書くんだな」
「パパがドイツ人でしたので文字は綺麗に書けと」
「素晴らしい教育だ」
これが我らが隊の癒しの天使様(笑)かぁ。どう見たってゴリゴリにでけぇ金髪金目のドイツ人将校じゃん、縦にもでかけりゃ横にもでかい。俺をベッドにしていたときも重かったし。まぁまぁ、少佐殿……中佐殿か。中佐殿は動物がお好きらしいので俺は撫で回されましたが、悪くはないのですが、書類仕事においてはあの優しさがゼロどころかマイナスになっちまって。
「ぼろ布全部やり直せ」
書類を突き返された。
くそ!! なぁにが癒しの天使様だ! 隣のシェルピェン中尉の方が天使だろうが!! 見てこのかわいい横顔! 銀色の髪、猫のような金色の目、少女特有の顔立ち、かわいい!
これが二十歳かぁ……信じられねぇな。
彼女は完成した書類を一枚、紙束の上に乗せていく。ある程度量が完成すると最後にシュミート中佐が自分で運び自分で確認。合格だったようで机の端に移動。これまでミスも致命的な間違いもスペルミスすら無いらしい。すげぇな。
扉の奥から足音がすると。
──コンコン。ノック音。中佐が指示をだす。
「入れ」
──ガチャ、と扉が開く。ウオッッ誰だこの美人と思ったらクソッ、ヨハネかよ! 髪も衣服も整った室内だとテメェマジで一回死ね!
シュミート中佐も一瞬固まった。
「うお美」
聞こえてたぞ中佐。俺は聞き逃さなかったぞ中佐。
ヨハネは敬礼してから入室。
「失礼します」
シュミート中佐はいつもの中佐に戻っていた。だが俺だけは絶対に今のセリフ忘れねぇから。
「大尉、体の具合はどうだ」
「極めて良好です。軍医からの診察でも問題なしと」
「わかった。ではロッシ中尉の隣に座れ、既に積んである」
ヨハネは真っ先に俺を見た後、目線が隣のシェルピェンに移っていた。もう一度俺を見たヤツはなにも言わず俺の隣へ。
ん? なんか……お前の今の目線なんか違わね? 上手く言えないけど違和感がある。
ヨハネ、俺、シェル、この順番の席で書類仕事がはじまる。
そんな中、コスタ少佐殿は人差し指と親指を広げてカメラの枠を作り、片目を閉ざして腕を伸ばす。写真の向こう側を眺めるように言った。
「こうしてみると……ヨハネ・ド・ブジョワ大尉、貴方歩くだけで男からも女からも見られんじゃない?」
ヨハネは俺の横で手を止めずに答える。
「それが?」
うっわコイツ! 自分が男女問わず見惚れる美貌を持っていることを自覚してやがる!
あまりに当たり前のように答えたのでペネロペ・コスタもおおはしゃぎだった。
「うわ! 言いやがった! 言いやがった! うわ~ッ!」
俺は立ち上がりペネロペちゃんの隣に並び、親指でヤツを示した。
「はぁ、コイツまじ言いやがったぜ? 顔面にアザ作ってやりません?」
「余計に野蛮な美しさになるだけだって~。というか彼女は? 彼女は? 絶対居るでしょ」
俺はチラッとヴェークテルン・シュミート中佐を見た。最悪なことにバチンと電流が走るように、いや走ったかと錯覚するほどに、冷たすぎる目が合い俺は息を止めた。まずい、軍規がどーのあーのでクソほど怒られる。
だが俺の予想は中佐の呟き一つで覆った。
「あの美形に釣り合う女がそうそう出てくるとは思わないな」
エッ乗るんだ?! 乗るんですか! そうですか安心しました貴方も人間!
ヨハネはペンを走らせたまま、え?! 答えてくれた?!
「……彼女はおりませんし“許嫁”との話も破綻となりました。能力者だと判明した時点で」
アッ……。
どの国もそうだが、王族貴族から能力者は産まれない。それが当たり前であり、だからこそ上に立つ血筋だと信じられていた。だがヨハネだけは違った。絶対に踏んじゃいけない地雷を踏み抜いてしまった。
つまりはヨハネの過去はこういうことだろ?
貴族が上に立つ絶対的なルールの中で、名門の家に生まれてしまった『能力者ヨハネ』は一族の恥であり、突然変異のバケモノとして婚約破棄され、国から捕虜の一人として東部戦線へと追放された……。これだけで一本映画が撮れるほどの悲劇的な過去だな! 死ねって思ってごめん。
だが、ペネロペ・コスタ少佐はズケズケと言うイタリアの女だった。
「会話下手くそ?」
言いやがった!
「恋バナしようぜ! のノリをいきなり自分の激重トラウマで塗り潰すの会話下手くそすぎない?」
これにはさすがのシュミート中佐も顔で『言いやがった!』だよな?!
これにはさすがのヨハネもペンを置いてペネロペ“様”を見る。
「これは失礼。いきなりパーソナルな部分を公開しすぎましたね」
「それで? 好きな人は居る? どういう人が好み?」
ペネロペ様は前屈みになり肘をついて自分の両手を握る。
す、すげぇよこの竜姫。普通なら重い空気になったら逃げるのにこのお方はあえて踏み込んでくる。これが竜か、それとも彼女の気質か。
ヨハネはシェルピェン以外に見られながら答える。
「美しい《魂》を持つ方が好ましい」
「ほぉん? なに基準よその美しさは」
俺はつい「いきなり哲学かよ、お貴族様は」と言葉を投げる。ヨハネをそれを掬い上げた。
「恋愛ほど個人の価値観が見えるモノは無いでしょう? 私に……“俺”にとっては俺が誰であれなんであれ、関係ないと言ってくれる方こそが美しい」
そんなヨハネに俺とペネロペは順番に反応した。
「お、おおう。もしかして既に居る?」
「立場関係なく好きって言ってくれる子がいいって? いいねぇ~ッ! わかる~ッ! で、誰。答えなさい」
つよいよぉペネロペ様。
しかし俺も気になるし、そこの中佐殿も興味津々すぎて完全に傍観者。万年筆を置いて椅子に深く腰掛け、泥水コーヒーを片手に会話を楽しんでいるご様子。意外と許してくれるんだなこういう空気も。
ヨハネ・ド・ブジョワという男も言いやがった。
「こういった場でも仕事に向き合える方」
それって……それって。
俺も、ペネロペ様も、シュミート中佐も、この場に居る全員が仕事をこなし続けたシェルピェン・ザウェクを見た。
突然向けられた彼女は顔を上げ慌てて首を横に振る。仕草かわいいけど、いや貴女しか居ないんだよ!!
ここで立ち上がったのは中佐殿だった。
「待てお前ら! 永遠のロリなわけがないだろ! これはブラフだおそらく他の隊に居る!」
俺もペネロペも頷いた。中佐殿が言うんだから間違いねぇよ!
「でッですよね?!」
「だよね!」
ん? あれ今、中佐殿シェルピェンちゃんに対して『永遠のロリ』呼ばわりした?
しかし当のご本人シェルピェンちゃんは受け入れ立ち上がる。
「ですよね! ごめんなさい勝手に勘違いして! 私に好意を向ける方なんて全員ロリコンになってしまいます!」
既にヨハネは仕事に戻っていた。が、口の端が笑っている、完全に空気を乱すだけ乱して満足してやがるぜこの野郎。
◇◇◇
【ルカ・ロッシ視点】
配給食が届いた。本日も『コミスプロート(軍用黒パン)』永遠に食べ慣れることの無いめちゃくちゃ硬くて酸味が強いクソ保存食。
今日も紙の山を前に、おとなりさんのフランス貴族はぼろくそに言いながら念力でパァン! と粉々にし水で流し込んでいた。
コップを傾けた貴族は真顔でぶつくさと言い始めた、それもわざわざドイツ語で言っている。
「これをパンと呼ぶのは小麦に対する重大な侮辱だね」
貴族の食に対する文句は止まらない。
「建築素材としては一級品だね、俺の念力でも力をそれなりに入れないと壊れないんだから」
「液体のコンクリートを食わされている」
「塹壕に投げ込んで粉を撒き散らしてやりたかったよ、目潰しぐらいにはなるよな」
なんなんだよこのヤンキー。まじ魂が不良なんだけど、ここまで来ると逆におもしれぇよ。な? ペネロペ様も静かに肩揺らしてる。
そんな貴族に、中佐殿はコンッとカップを置いた。
「最も合理的な食事なのに……」
「せめて卵と牛乳があればオムレツにして誰でも美味しく頂けるでしょう」
「そんなものはありません」
おもれ~このフランス人。食事に対してはドイツの将校でも『我慢して食え』って言わねぇもん。言ってもボロクソに言うことには変わらないからかな。
あーでも。
「今のセリフただの貴族で腹立つわ~髪の毛むしってハゲにしてやろうか」
中佐殿が何故だか俺には低い声で注意をしやがった。
「世界の損失だ。二度とそんな言葉を使うなルカ・ロッシ中尉」
これ贔屓ってヤツだよな?
ペネロペ様が代わりに言ってくださった。
「ちょっと黙っててヨハネのボロクソ文句集集めるから」
「何に使うんだよ」
「あとでシェルと共有する」
──それ以降、ヨハネは女性がいる前で食事にボロクソを言うことは永遠に無かった。
◇
【ペネロペの秘密メモ】
代用コーヒー(どんぐりやチコリの粉末)に対して。
『泥水に焦げた木屑を混ぜたのかな? これをコーヒーと名付けた偉人は味覚の敗北者として歴史に名を残してほしい』
謎のミンチ肉の缶詰に対して。
『素晴らしい。ドイツ軍はついに家畜の臓物を錬金術で合成し刻んだゴムを作り上げたんだね。味? ああ……外側のブリキ缶の方が美味しそう』
具がほとんど入っていないスープに対して。
『これはスープじゃない、ジャガイモの『幻覚』を俺は見せられたんだ』
硬すぎる軍用チョコレートに対して。
『これはカカオの香りがする黒いレンガだ。歯をへし折るトラップとしては最も誘惑的で見事な出来映えだよ。これで士気を高めようだなんて、お上は俺達兵士をガーゴイルか何かだと思っているらしい』
◇
【ヴェークテルンがメモしたヨハネ語録】
『もしドイツ将軍閣下たちの戦術的才能が、彼等の味覚と同じレベルだったなら、この戦争は最初の一発が始まる前にフランスはドイツを捻り潰すことが叶っただろう。幸運なことに、彼等は悪魔へ味覚を対価に戦術の才能を手にいれてしまった、おかげで俺達はこうして黄色い絶望のチーズをかじることができると』
『祖国への愛、ね。なんて安上がりで素晴らしい極上のスパイスだ。これさえふりかけておけば、噛みきれない肉すら英雄の食事に早変わり。政治家どもは新聞の見出しを愛で飾るのがお得意な様子』
『チッ。歪な予算だな。鉄の塊を作るためなら国庫を空にすることすら躊躇わねぇと。その鉄の塊を動かし、守り、文字通り肉壁となる俺達兵士の胃袋は満たす金は惜しい、だとさ。おいルカ、君の毛皮はいくらで売れる?』
『(対、戦死者に贈られる鉄十字に)命を安っぽいリボンと鉄屑の鉄十字に変える素敵な魔術だな。ラジオ曰く輝かしい犠牲と鋼の意志を鉄に変換したんだ。ねぇそこの君、この美しい鉄の塊を胸にぶら下げておけば凍傷を免れる魔術が発揮されると思う?』




