【第二章 第八話 黒竜と天使と怪獣大戦】
【ヴェークテルン・シュミート視点】
ヴェークテルンは空へ雷を放った。
これは合図だ。目印ではなく意図的に送った信号だ。ペネロペと二人で決めた合図の形にはなっていないが、アイツの知性ならわかるはずだと判断した。
数秒後、巨大な黒い影が旋回してこちらへ向いた。
来たな。
ベヒモスとの間合いを測りながら、俺は雪の上を走った。ニーズヘッグが高度を落とし背中を傾けてくる。
「俺を乗せてくれ」
俺は翼を一度広げ跳躍した。黒竜の鱗に手をかけ背中に乗る。ニーズヘッグが体勢を立て直すと指示通りに大空へ駆け出した。
「少佐殿にもご立派な翼があるのに」
「どう飛べばいいか知らん!」
「雛鳥が」
「あ゛ぁッ?! もう一度言ってみろ文面に残して後で処罰を──」
「掴まれ!」
高度が上がる。雪原が遠ざかりマイナス三十度の吹雪が顔を叩く。クッソこいつわざと空に。
そう思った直後、ヘビモスが木を俺達に向かって投げていた。空の戦いについてはニーズヘッグの専門、ここは大人しくしておいてやろう。
俺は指示を飛ばした。
「ベヒモスの目玉を焼く!」
「了解」
ニーズヘッグが翼を動かす。
雪原を踏み荒らしながら迫るベヒモスへ向かって、黒竜と天使が一直線に突っ込んだ。
◇
ヘビモスは大きすぎた。
近づくほど圧倒的な質量が実感として迫ってくる。ベヒモスの前足一本だけでニーズヘッグの全長に匹敵する。四足で立つその化け物の体はまるで動く山、数字で戦局を把握してきたがその数字は今完全に意味を失っていた。あれは計算するものじゃない、歩く災害か何かだ。
ニーズヘッグが急角度で降下。ベヒモスの巨大な前足が空を薙ぐ。振り抜かれた爪がニーズヘッグの胴体をかろうじて掠めた。鱗がこすれる音が牙のように鋭く響く。俺は鱗に爪を立て、飛ばされないよう体を伏せながら両腕を前へ伸ばした。
俺は体を低くし、ベヒモスの頭部へ向けて両手を伸ばした。
──バチバチバチ!!
黄金の電撃が目の間に直撃した。ベヒモスが吠えた。大地が揺れた。地面が波打つような振動がニーズヘッグの体まで伝わってくる。
ニーズヘッグが言った。
「もう一回!!」
ふざけるなよトカゲ女が。
俺はもう一発直撃させた。視神経を焼いた感触がある。手のひらに残る感触がペネロペの足を治した時とは全く異った。あちらは繋ぐ感触で、こちらは焼き切る感触。どちらが自分に向いているかと問われれば、断然焼ききって殺すか感電させ気絶させるか光で視界を塞ぐかだな!
ベヒモスが目を見開いたまま、光を失った瞳をあちこちへ向けた。盲目になった巨体が雪原を無差別に踏み荒らし始める。
そこへ。
遠くのクレーターに光が灯った。
シェルピェンが用意したデコイの光だ。
俺は上空から見下ろした。あの光の正体がわかる。クレーターの内部に残した熱源を意図的に燃やしているか、あるいは炎系の能力者に頼んだか。いずれにせよ、あの小さな指揮官は今この瞬間のために動いてくれていた。
目を焼かれたベヒモスは熱と光の残像を追う。その本能が唯一見えている方向——クレーターの光へ向かって、巨体を進め始めた。
◇
俺はニーズヘッグの背から、クレーターへ向かうベヒモスを見ていた。
残り。
百メートル。
七十メートル。
五十メートル。
心の中で距離を数えた。シェルピェンにはいつ起爆するかを伝えていないし合図も決めていない。あの作戦は彼女が自分で決め、自分で実行する。俺はただ目を焼いて引き付ける役だった。
三十メートル。
……いけるか? いやいける。
言葉にはしなかった。ニーズヘッグの鱗を掴んだ手にわずかに力が入った。
次の瞬間——ドォォォォォン!!!!
爆発がクレーターから噴き上がった。
衝撃波が雪原を薙ぎ払い、俺はニーズヘッグの鱗に顔を伏せて風圧を逃がした。熱の塊が上空まで吹き上がり、夜の雪原が一瞬だけ昼のように白く染まる。
ベヒモスの前足が爆炎に包まれる。巨体が揺れた。体勢を崩しかけ、前のめりになる。
顔を上げると、火柱が静かに細くなっていく。雪が降り注ぎ炎を消していく。
クレーターの縁に小さな影が見えた。草陰に伏せたまま動かない銀色の髪の影だ。
手順通りだった。いや、手順以上だった。合理的に言えば文句のつけようがない作戦だな。
しかし、まだベヒモスへの致命傷には届いていなかった。
爆炎の熱が顔を焼いた。前のめりになる巨体が、開いた口を地面に向けて落としてくる。その軌道を俺は見た。
俺は迷う間も無く、ベヒモスの開ききった口へ飛び込んだ。
うわくっら。
うッッわくッッさ!!!
口腔の粘膜が周囲にある。生き物の体内だ。温度が高く湿気がある。鼓膜が破れそうなほどの振動が内側から伝わってくる。ベヒモスがまだ叫んでいて、喉の振動が全身に共鳴し骨の奥まで揺れているような感覚に陥った。
嫌悪感は計算が追いついた後で来る。今はまだ来ていない。いや来させない。考えない。
俺は両手を広げた。
「死ねでかぶつがッッ!!」
誰にも届かない言葉を吐いて、全力で放電した。
バチバチバチバチ!!!!
電流が体内を走り筋肉が痙攣する。神経が焼ける。ベヒモスの絶叫が周波数を変えた。それまでの怒号のような叫びが、高く細く、何かが壊れていく音に変わる。
もう一回。
もう一回!!
俺の意識が飛びかけた。俺の全力がどこまで続くかの際まで使った。疲弊の上に積み上げた放電が、指先から肩にかけて燃えるように熱い。しかし止める理由がない。致命傷を与えるまで止める理由がない。
体の揺れが止まった。
ぴたり、と。それまで内側から絶え間なく伝わってきた振動が消えた。口腔の粘膜の張力が弛んでいく。筋肉が弛緩している。死んだのか、それとも気絶か。どちらでもいい、今は出ることだ。
俺は口腔の壁を這いながら、光の方向へ進んだ。出口はどこだ。歯の間の隙間がある。そこから外が見える。
どちゃ!
「ぐッ!」
俺は地面に落ち雪に転がる。
全身にぬるりとした感触があり顔を拭う。拭った手が、なんともいえない色と粘度の液体で覆われていて、うッッぉ、うっっっ……ォ。
俺は顔を歪めるしかなかった。
数秒前まで計算だけで動いていた脳が、ようやく嫌悪感の処理を再開。
なんッッきっしょ! ぬるいし臭ェし、軍服の中まで染み込んでいやがる!! 最悪だ最悪最悪最悪サイアクッッ。洗濯が終わるまでこれを着続けろって? くそが! 誰か軍服取り替えてくれ!!
ベヒモスを殺した達成感が五割ほど目減りした。
ふと俺はヘビモスを見る。
倒れたベヒモスの輪郭がみるみる縮んでいく。幻獣の形が解けているんだ。山のような体積が砂が流れ落ちるように小さくなっていき、やがて残ったのは。
四十代の小太りな男性だった。
しかも全裸。首にロシア軍の兵籍確認証と能力階級のバッジがある。大型幻獣種専用のバッチだろうな。
え? まって? 俺あのおっさんの口に突──。
事実を知り顔が歪む。
は?
は??
は???
心底嫌すぎて、もはや絶望に近い表情で、全力で顔を歪めながらバッジを回収。コートの内側へしまった。
よし。俺はなにも見なかった。あそこにいたのは……そうだな、若い青年だった。そう! 若い青年だった。生前の彼が何者だったかは知らない。ロシアの農夫か工場の職工だったか、それとも生粋の軍人だったか。なんにせよ俺はあの巨大なヘビモス相手に勝利を手にしたんだふははははっ。
ああ、雪がまだまだ降っている。静かだな。
あれほどの轟音の後がこれだけ静かなのは、耳が一時的に機能を落としているせいだ。聞こえないのではなく聞こえる準備ができていない。そんな現実逃避をしていたのに。
隣に着地したペネロペがニッコニコのニッッコニコに聞いてきた。くそっ、だよなお前も居たんだから見たよな。
「今どんなお気持ちですかぁ??」
「勝ったぞ。我々の隊はあのベヒモスに打ち勝」
「うわくッッッ!!」
竜は全力で顔を反らし俺から五歩遠ざかる。彼女のマズルはくしゃくしゃになり竜の歯を見せつけていた。
俺は何も答えなかった。袖で顔を拭うと袖も臭くて、ああ、俺はこの前線に来てから初めて泣きたかったよ。
◇
部下と合流すべく走り出したその時だった。
空の重さが、急に変わった。
吹雪がピタリと止んだのではない。風の軌道が物理的に押し潰された。雲が不自然に渦を巻き、空に巨大な影が現れると。
ベヒモスの倍はある。いや、一・五倍——いや、もっと大きい。雪雲を引き裂いて姿を現したそれは。
竜だった。
ペネロペのニーズヘッグとは根本的に異なる規格だ。白銀の鱗を持つ、神話からそのまま抜け出してきたような巨大な竜。
俺は雪に足を取られるのも忘れ立ち止まった。
「まさか……」
呟きが口から出た。
頭での計算が完全に停止していた。あんなものが現実に存在するはずがない。だが、存在している。軍の最上位に君臨する、たった一つの例外。
「降臨なさるのか。ドイツの《アイギス》が」
五歩遠いペネロペも口にする。
「あれがファフニール中将殿……ッ!」
伝説にも等しいファフニールが降りてきた。
いや、落ちてきたと言う方が正しい。隕石のような速度で、残り四体のベヒモスのうち最も近い一体の真上に落下した。白銀の竜は両手でベヒモスの巨体を掴み上げ、数百トンの質量の塊を、まるで羽虫かただの荷物のように持ち上げている。
そのまま隣のベヒモスへ向けて、ぶん投げた。
ドォォン!!!!
二体のベヒモスが雪原に激突。
地面が跳ねた。衝撃波が雪を巻き上げ、塹壕を紙屑のように吹き飛ばした。轟音が遅れて鼓膜を殴りつける、圧倒的な暴力の連鎖だった。生き残っていた白い翼の天使たちがその光景に恐慌を抱き散り散りに逃げ始めた。
「うあああああ!!」
「ファフニール様だ!!!」
「助かったァァァ!!!」
部下たちが吠えた。歓声が雪原に響き渡った。絶望をひっくり返された人間の喉が裂けんばかりの狂喜の声だ。
俺は動かなかった。動けなかったわけではない。ただ、ゆっくりと右手を上げて、静かに敬礼を続けた。
勝利は約束された。だからこそ、指揮官として最後に為すべき礼儀をただ遂行した。
──三十分後。
俺はドイツ援軍の将校と握手を交わしていた。
通信機が生き残っていたおかげで引き下がるタイミングが最速だった。孤立した陣地に残った兵士たちの救出も完了している。
残存兵力の数を報告書にまとめながら俺は一覧表を眺めた。
俺含めて一二一人。
開戦前の数は約千人、今は一二一人。
たったの、ではない。一二一人がいるんだ。
ルカが本部へ届けた書類が砲撃を呼び、ペネロペが十五万の天使を引き付け続け、ヨハネが壁を限界まで維持し、そしてシェルピェンが最後まで指揮を執り続けた。これだけじゃない、食料をかき集めてきた兵士、生き残った通信兵、それぞれが役に立ってくれた。
誰一人欠けていなかったからこそ帰ってこれたんだ。
俺は報告書に名前を書き込みながら、口の中の残り香を感じて吐きそうだった。揶揄なしで。本気で。息をするのもだんだんキツくなってきてしまって。
とある兵士が俺のもとへ駆け寄る。
「少佐殿、着替えをお持ちし」
「助かる」
◇
マイナス三十度の風がカミソリのように雪原を撫でていく。
それでも、誰一人として震えてはいなかった。震える余裕がなかったという方が正確かもしれない。昨夜の死線の熱がまだ骨の髄にこびりついているのか、それとも極限の疲労が感覚を麻痺させているのか。一二〇人の兵士たちは、横一列に並んでただ静かに前を向いていた。彼らが吐き出す白い息だけが、そこに確かな命があることを証明している。
ヴェークテルン・シュミートが、ザクッ、ザクッと雪を踏みしめて列の前に立った。
右手に持った書類を開く。凍てつく空気を切り裂くように、冷徹で、しかしいつもより少しだけ力のこもった声が響いた。
「ファフニール中将閣下より、特例としての野戦昇進が認可された。辞令を読み上げる」
猛吹雪と静寂が支配する空間で、彼の声は部隊全員に届く。
「ヴェークテルン・シュミート少佐。モスクワ冬季防衛戦における戦線維持の功績を認め、中佐へ昇格する」
自分で自分の昇進を読み上げるという異例の事態だが、彼の声には一滴の感情も、照れすらも混じってすらいなかった。ただの事務伝達のように淡々と告げていく。
「ペネロペ・コスタ大尉。単機による十五万の空挺部隊の進撃阻止、および超大型兵器の無力化に大きく貢献した功績を認め、少佐へ昇格する」
列の先頭に立つペネロペが満足げに片目を細めた。口元が小さく動き、誰にも聞こえない声で母国語のイタリア語を呟く。何を言ったかまでは読めないが、その誇り高い竜の顔つきが、今は猫のように上機嫌なことだけは誰の目にも明らかだった。
「ヨハネ・ド・ブジョワ中尉。一時間半に渡る念力防壁の維持により、部隊全員の生存に貢献した功績を認め、大尉へ昇格する」
ヨハネは美しい彫像のように表情を動かさなかった。ただ、伏せられた長い睫毛の下で、瞳が一瞬だけ何かを探すように宙をさまよう。己の功績への無関心か、あるいは守るべき誰かのことを考えたのか。瞬きを一つして彼は再び氷のような静けさで正面を向いた。
「シェルピェン・ザウェク少尉。野戦指揮権の委譲後、残存一二◯名を完全統率し、即席の陽動作戦によって部隊を守り抜いた功績を認め、中尉へ昇格する」
シェルピェンは軍人らしく無表情のまま背筋を伸ばして立っている。だが、前髪の隙間から覗く金色の目だけは、ヴェークテルンをまっすぐに射抜いたまま一ミリも動かなかった。その視線には彼女にしかわからない強烈な意志が込められているようだった。
「ルカ・ロッシ少尉。通信網が断絶した状況下において、猛吹雪の上空を単機で突破し本部への連絡に成功。部隊救出の起点を作った功績を認め、中尉へ昇格する」
一拍の間の後。
「えっ」
張り詰めた空気を読まない、間の抜けた声がルカの口から漏れた。
「……俺、服脱いで飛んだだけなんですけど」「黙れ」
「はい!!」
ヴェークテルンによる即座の一切の感情を排した一刀両断に、ルカは慌てて背筋を伸ばした。周囲の兵士たちの肩が、笑いを堪えるようにわずかに震える。
「カルロ・モレッティ一等兵。損耗率八十八パーセントの戦場を生き延び、混乱の中で一日以上を耐え抜くための食料確保に成功した功績を認め、伍長へ昇格する」
カルロが、犬が喉を鳴らすような声で「エーッ!!」と小さく小さく鳴いた。喜びを爆発させたいのを必死に堪えているのが丸わかりだ。
「アラン・ルフェーブル一等兵。同功績により伍長へ昇格する」
隣のアランはカルロとは対照的に、薄く笑みを浮かべながら静かに、しかし深く敬礼をして見せた。
全員の読み上げが終わった。
マイナス三十度の風が再び彼らの間を吹き抜ける。ヴェークテルンは書類を折り畳み、それをコートのポケットにしまった。
「以上だ。休め」
「敬礼!」
誰かの号令とともに、ザッ!と一二〇人の軍靴が雪を踏み鳴らし敬礼をする布の音が響いた。
彼らの手は、昨日死線を越え、全員で生きて帰ってきた喜びと寒さで震えていた。
◇
解散の後。
カルロとアランは真っ先に食堂へ向かい、並んで歩きながら話していた。
カルロはウッキウキな様子でアランの隣に並ぶ。もしもカルロに尻尾があれば自分の太ももをペシペシ叩いていただろう。
「ねぇアランアラン~」
「なんですか?」
アランはカルロの赤い目を見た。
カルロはアランのマロンの目を見た。
「俺たち、気がついたら中佐殿の部下の中で一番古株じゃない?! すごくない? 俺ってやっぱり昔から運だけはあるからね!」
アランは少し考えた。
「そうっすね」
「しかもペネロペ様すっごかったよねずっとね!」
「結婚してほしい……」
「あっガチ?」
「ガチ」
ああガチの顔だ。
「お前竜に守られるヒロイン側じゃない?」
「愛だけは! 愛だけは力とか関係ない!」
「そうだね!」
カルロの顔が止まった。
二人は無言でヴェークテルン中佐の背中を見た。新しい階級章をつけた軍服の背中は、今朝も何かを計算しているのか、まっすぐ前を向いて歩いていた。
カルロは『絶対俺達の会話聞かれてたよね』と思いつつも、会話が止まらなかった。
アランは『あの人はこれから死亡報告書パーティーなんだろうな』と思いつつも、食堂へ向かう足は止まらなかった。
だがここはドイツの後方司令部。あるのはパスタでもピザでもチキンでも無い、ドイツ名物の茹でたジャガイモとライ麦パンに薄いスープだけだった。
◇
ルカは自分の中尉の階級章を見ていた。
「俺、中尉になっちゃった……?」
隣を歩くヨハネが横目で見る。
「文句がおありで?」
「ないです! 全然ないです! でも俺なんか本当に飛んだだけで」
「飛んで届けてくれたのは君なのに」
それはただの事実で。いやそれが一番なのかもしれないけどさぁ。
「まぁ……でも俺さ上層部に全てを見られたことが」
「関係ありますか?」
「ありません!」
ルカは階級章を軍服の上から指で触れた。
飛んでいる間、ずっと怖かった。後ろの空が炎で赤くなっていくのが見えて、みんながまだ地獄の中にいるのに自分だけ逃げているみたいで。それが嫌で嫌でたまらなかった。けど安心した俺もいて、やっぱ俺クズだよなぁ知ってた。
「ヨハネ大尉殿」
「なに」
俺はヨハネの青い目を見た。黒髪に青い目のびっくりするほどの美形だが、見慣れたらただのいけすかねぇお貴族様野郎だ。
「俺、少しは役に立てただろぉ~? 誰だっけ俺を『使えないぼろ布』呼ばわりしたのは」
ヨハネは前を向いたまま歩き、フッと鼻を鳴らす。
「使えるぼろ布だね」
「くそがよ!」
「それ以上馴れ馴れしいとなんらかの制裁を与える」
ルカは黙り、階級章を手のひらで包んだ。
◇
俺は列の先頭を歩きながら首の勲章に手をやった。
この鉄十字章はルカの首に結んだものだが、本部で正式に返却されて戻ってきた。同時にさらに上位のバッチが授与された。
能力階級『Ⅸ(九)』のバッチを。
能力のことはもう少し時間をかけて整理する必要がある。何が起きたのか、どこまで使えるのか、翼の練習は。そんなものはどうにかなるんだ。とにかく『竜の足を治癒で再生できる能力は、アイギスの次に強力な力を持つ能力者だ』と俺は認められたんだ。
きっかけは祈りだった。
俺はあのとき確かに『俺人間じゃなかったんだ』と確信したんだが、そういえばなんだっけ? 何を確信したんだっけか。とにかく癒しの力をくれという祈りが届いたんだ。それでいい。
俺含めたら一二一人も無事に帰ってきたんだし、それでいいだろ。
しっかしこの後が一番休めねぇんだよなぁ。弾薬や衣服の補充に? 戦死した約八百人分の報告書の作成に? 部隊再編の準備に? 戦争で生き残ったのに過労死させる気か。
よし。竜を食事の横領について問い詰め代わりに手伝わせよう。
ヴェークテルン・シュミート中佐は前を向いたまま、廊下で軍靴を鳴らし続けた。




