【第二章 第八話 天使の覚醒】
【ヨハネ・ド・ブジョワ視点】
ヨハネは四つん這いになっていた。
俺の壁はまだ保っている。天井の布もまだある。ただ、外からの炎が弾かれるたびに、体の内側で何かがじわじわと削れていく感覚があった。
能力は意志だ。意志が折れれば壁は消える。俺は奥歯を噛んで折れないように堪え続けていた。息が荒すぎて視界が揺れる。汗が顎から滴り落ちて、クレーターの土に染み込んでいく。
隣に人の気配がした。
「ヨハネ」
シェルピェンが、俺の横にしゃがんでいた。手に小さな瓶を持っている、ああ、あの老人から貰った酒か。
「飲んでください」
こういう時、遠慮するのは逆に失礼だろう。
俺は黙って瓶を受け取った。一口だけ含むと喉が熱くなった。体の末端まで血が巡る気がしてほわりと暖まる。だが消えた体力も失った能力の残量も戻らなかった。それでも少し息が楽になった。
瓶をシェルピェンへ返した。
「君がもらった酒だ。今のうちに自分で飲んで」
「あなたが倒れたら何の意味もありません」
「その言葉そのまま返すよ」
シェルピェンは無言で瓶を受け取らなかった。
ふふ。
俺は瓶を自分の脇に置いた。笑える力がまだある。それだけを確認して、壁の維持に戻った。
張り詰めた空気の中──いや、かなり明るい空気の中だな? とあるイタリア兵士がきゃいきゃいと騒いでいた。
そのイタリア兵は太陽のように明るい笑顔で少佐に報告。その手には小鍋とフォークがある。
「少佐殿! パスタをご用意いたしました!」
シュミート少佐は眉間に深いシワを寄せた。差し出された小鍋を受け取ると小さな小さな声で「ダンケ(ありがとう)……」そんな少佐にイタリア兵士は呑気にゆるゆるの敬礼を一つ。
「食べないと体力ごっそりいかれますからね!」
ずいぶんと下手くそなドイツ語だ。礼儀正しいフォーマルな場面での言葉を覚えきれていないのだろう。
そんな彼に少佐は問う。
「それで、お前たちは自分が何を運んできたか数えてきたか?」
「はい! パスタ! トマト缶! ミネラルウォーターに塩!」
少佐殿は額に手を添える。
俺の隣にいたシェルピェンでさえ「あぁ……」だよね、絶望しかないよね。
直後、イタリア兵士は希望を口にした。
「その他レーション二百人分!」
「は?」
「俺とそこのフランス人でかき集めてきましたよ」
イタリア兵士は壁際を指差す。とあるフランス人兵士は、ああ、ペネロペ・コスタに愛の言葉を伝え、荷物に食事を詰め込んでいたあの男だ。彼はビスケットを飲み込んでから敬礼と共に報告。
「大勢死にましたが死に物狂いでかき集め、鞄の弾薬を抜き、押し込み、とにかく食事だけは集めきりました」
バカなのか?
「これで丸一日誰も飢えることはありません」
ごめんなさい。貴方達は俺達の希望だった。
イタリア兵士はポケットから小さな袋を取り出す。
「チョコレートもしっかりありますよ少佐殿! ああこれは俺の分ですから」
彼はぎゅっとチョコレートを掴み両腕で隠す。
少佐殿を見ると、ああ、小鍋持ったまま固まっている。頭の中で計算しているんだろう。これを使えばどれ程有効か、このリソースはどう配分するか、人数は、弾薬は、水は、食料は。
今、この瞬間により、少佐殿が考えるべきリストの中から食料と水の問題が解消された。これは希望だ。少佐殿の頭脳がより重要な箇所へと注がれる、それだけでこの場所の生存率は一パーセント以上も上がるんだから。
少佐殿は頭で思考を巡らせながら口にした。
「ダンケ……ダンケシェーン、ダンケ……」
「お水飲んで座って食べてほしいな少佐殿、パスタ冷めちゃう」
「敬語を覚えろ」
「はい! 頑張ってます!」
少佐はその場に座る。大きな大きな一口でパスタを胃袋に詰め込み、ものの三十秒で鍋が空になった。エリート思考のドイツ人が兵士に囲まれたど真ん中で黙って食事をしている。それだけなのに、なぜだか人間らしさを感じた。
視界の端に人影が近づいてきた。
あのフランス人兵士だ。彼は俺とシェルピェンの前にたつと、湯気の立つ缶を二つ差し出す。
「ほら、お嬢様、お貴族様」
あ゛?
「トマト缶でビスケットふやかしたやつ。お食べよ、能力者が死んだら俺達無能力者は死ぬしかないんだからさ」
俺もシェルピェンもお互い目を合わせてから、湯気の立つ缶を受け取った。
「メルシー(ありがとう)」
「ジンクィェ(ありがとう)」
缶を両手で包む。ああ、暖かい、じわじわと指先が暖まっていく。そういえばまだ食事を取っていなかった。
クレーターの端では炎系能力者達が集まり、缶を暖めながら調理をしていた。意識を能力に向けすぎて気づかなかったが、暖かな食事の香りがこの空間を包んでいる。それだけで緊張がほどけていって……そうだったね、食事は本来そういうものだったね。
フォークを手に食べようとした。
隣で急いで食べるシェルピェン。その勢いだと二十秒で完食してしまうだろう、俺はあえて念力でフォークを宙に浮かして取り上げ、シェルピェンと目を合わせる。
「ゆっくり味わいませんか? 最後の食卓になるかもしれません」
「なりません、させません。……ですが、はい、ゆっくり食べます」
俺は彼女のフォークをお返しする。
二十分後。
地面が揺れた。
一度ではない、間隔がある。重くて規則正しい振動だ。遠くから何かが近づいてくる足音だ。大地をそのたびごとに砕いていくような、途方もない重さの足音。
少佐は能力で通信機にバチバチと電力を注いでいた。彼の能力階級は『Ⅷ(八)』の『雷』彼さえ居れば十キロは軽く越える通信機が鉄屑になることはない。
少佐は電力を注ぎながら低く言った。
「どれくらい近い」
シェルピェンが即座に手のひらを土につけた。指先を広げ、地中に打ち込まれた金属ピンを通じて振動を読んでいる。
「二百メートル……いいえ、百五十を切っています」
クレーターの中が静かになった。
食事の香りだけが、まだ残っていた。食料はある。水もある。でも、状況は変わらず最悪のまま。外ではベヒモスの足音が布の天井の向こうで一歩ずつ、確実に近づいている。
天井の布が揺れた。
隙間から何かが滑り込んできた。黒い塊にシェルピェンが飛ぶ。
「ペネロペ!!」
黒竜の姿を解いたペネロペ・コスタが、クレーターの底に転がり込んでいた。布を体に巻きつけただけの姿で、右足が──なかった。太腿の半ばから先が消え布で付け根を縛り上げている。
「フーッ……フーッ!!」
息が荒い。出血が多い。兵士が二人飛びつき、布や能力の氷で止血しようとする。コスタ大尉は顔を歪めながら唇を噛んで声を殺していた。
俺はヴェークテルンを見る。次に自分の両手を見た。壁を維持し続ける手が細かく震えている。限界までそこまで来ていることは自分が一番よくわかっていたからこそ、強く握り締めた。頼む、頼むから耐えてくれ、そう祈っても体から力が抜けていく。
ベヒモスの足音が、また一歩近づいた。
選択肢が一つずつ消えていく。
ヴェークテルン・シュミートは、コスタ大尉の横に静かに座り込んだ。
急がなかった。走り寄りもしなかった。ただゆっくりと腰を下ろして、失われた右足を、ただジッと見ていた。
その金の目は雪よりも冷たく、あらゆるものを見下しているような冷酷な鋭い目。
「……使えないな」
独り言だった。怒鳴ってもいない、嘆いてもいない、まるで戦況の数字を読み上げるときと同じように、何の感情も乗っていない声で少佐は口にした。よりにもよって最も戦ってくれた竜に対して。
最低だな。ドイツの将校ってどうしてこんなにも最低な野郎しかいないんだ。少しぐらい労ってあげ──。
少佐は言った。
「使えないな、俺は」
少佐は自分に対して、使えないと言っていた。
誰も喋らない。クレーターの中の百二十人が、全員その声を聞いていた。
「天使の群れを一人で相手にすることも、ニーズヘッグの代わりに空へ出ることも、できない。失った足を治すことも、何も、できない」
一拍。
「できることは計算だけだ。情報を集めて、地図を睨んで、次に打つ手を考える。それだけだ。食事も、水も、弾薬も、全部、他の誰かが命を削って持ってきたものだ。俺はそれを受け取って、数えて、配分を決める」
声が変わった。
それまでよりわずかに低くなる。冷静さの仮面のもっと奥にあるものが滲み出るような声だった。
「俺は……あのバカな部下たちが命懸けで拾ってきたメシを食って、生き延びているだけの男だ」
誰も笑わなかった。誰も否定しなかった。否定できなかったのではない。言葉が全部、事実だったからだ。
少佐は……いえ、ヴェークテルンという男は膝の上に両手を置いた。将校として、指揮官として、あらゆる戦局を計算し続けてきた手を。雷を放ち、地図に線を引き、部下の命を算盤に乗せてきた手を。ただ、見下ろしていた。
「叶うなら……」
一呼吸。この男が、それだけのために一呼吸を使った。
「癒せる力が欲しかった」
俺はその声を聞いて自分のことを思い出す。
あの夜、凍りついたテントの中、毛布の端を握りしめながら祈った夜。念力など要らない、炎の力をください、シェルピェンの指先を一本でも温められるなら小さな炎でいいと、神へ乞うた夜。
あの時、俺が望んだのは『炎』だった。
ヴェークテルンが望んだのは『癒し』だった。
それが何を意味するのか俺には分かる気がした。この男は傷ついた兵士を見て悔しかったんだ。計算が得意なこの男が、計算では解決できない問題の前に立って、初めて己の無力さを本当の意味で悔しいと思ったんだ。
◇
【ヴェークテルン・シュミート視点】
ヴェークテルンの中で何かが動いていた。
──人さえ生きていれば、どうにでもなる。
立ち上がれる。また戦える。『国のために死ね』と命じても、極限まで追い詰められた人間の足は動かない。だが、もしも傷を癒してもらえるのなら、もしもどれだけ追い詰められても上官は自分を見捨てないと信じられるのなら、その『もしかしたら、まだ生きられるかもしれない』という砂粒ほどの希望があって初めて、人は立ち上がれるんだ。
それと比べて俺はどうだ? この場に居る希望は間違いなくペネロペ・コスタだった、だから彼女が傷つきながら転がり込んできたあの瞬間、空気が絶望に変わってしまった。俺が居るだけでは誰も前を向けられない、そんな指揮官は無能な無能力者と同じじゃないか。
なんのための能力なんだ。
なんのための俺なんだ。
俺は何をしてきた? ああ、部下を使い捨ての駒として扱ってきた。全ては国のため、誰かのため、隣に立つ隣人のためにッ!
……あ。そうだった。俺は誰かの、誰かの。俺は。おれは。
──誰かのために、誰かが少しでも幸福であれるように、魂かけて尽くせるヒトになりたかったんだ。
ああ、神よ。もし居られるのなら。
「叶うなら……癒しの力が欲しかった」
その瞬間、俺の内側で何かが割れた。
かつての世界の記憶がフラッシュバックし脳に直接流れ込んでくる。なんだこれは、俺の記憶か? ああそうだ、そうだったんだ。俺は人間とは違う存在だったんだ。
【人を癒し、人を導き、人を支える神の使い】
その存在の名は『天使』。
背中が熱くなった。
俺は反射的に自分の背中へ手をやった。何かが内側から押し広げられてくる感触がある。服の生地が限界まで引き伸ばされ、やがて音を立てて破れた。
白が、広がった。
クレーターの中の全員が息を飲む。
俺の背中から翼が開いていた。雷の黄金でも竜の黒でもない、純粋な白き翼。雪より白く光に近い色の翼が、狭いクレーターの中で静かに広がっている。俺は翼を閉じようとしなかった。閉じる必要がない、となぜかわかった。
ゆっくりと“ペネロペ”の側に膝をつく。
「今からお前に俺の『力』を流させてほしい」
脂汗をかいた彼女は、ゆっくりと頷いた。俺は彼女の布を外し、露になった胸の皮膚へ両手を重ねる。心臓マッサージのポーズだ。
「耐えてくれ」
それだけ言って流し込んでやる。
ドン! と、ペネロペの心臓の奥から電気が走った。
ペネロペの体が跳ねた。叫びそうになるのを歯を食いしばって堪えている。切断面から真っ白な光の帯がしゅるしゅると伸び始めた。帯は失われた足の輪郭を辿るように動き、形を作り、その上から黒い鱗が一枚ずつ丁寧に埋まっていく。
わずか数秒で。
右足が戻っていた。
ペネロペは自分の右足を見た。黒竜の鱗で覆われた右足がそこにある。動く。体重を乗せられる。あるべきものが、ある。彼女はぺたぺたと自分の足に触れて足の感触を確かめて、徐々に頬が上がっていった。
ああよかった。
ああ。ほんとうに、よかった。
ペネロペは両手を広げふざけはじめる。
「ハグでもします?」
「しない、立て。状況は何一つ変わっていない」
再生したところで現状の最悪さは一ミリも変化していない。なのになんだ急に救われた顔しやがって、これからだろうがお前は。
俺はゆっくりと翼を閉じた。背中の熱が引いていくと、代わりに全身がドッと重くなった。鉛を注がれたような疲労感が一気に広がる。これを使うとかなりの力を消費するんだな、そう体が直感で告げていた。
俺はペネロペと目を合わせる。
「もう一度、暴れる力はあるか」
少し間を置いてから付け足した。
「黒竜の姫よ」
ペネロペは治ったばかりの右足を地面に押しつけ、ゆっくりと立ち上がる。鱗に覆われた足で一度しっかりと踏みしめ、体重を確かめるように左右に重心を移すと。
「はい、天使様」
口の端に、いつもの自信たっぷりな笑みが戻っていた。
冗談めかした声だったが、目は笑っていなかった。その目に宿っているのは覚悟だろう。
「命を救っていただいた恩は、必ず返します」
俺は静かに頷いた。
「頼む。ベヒモスを一体だけ引き付けておいてくれ。支援砲撃が来るまで持てばいい」
「一体、ですか」
「残りの四体は砲撃の射線上にいる。動かなければいい、お前がやるのは一体だけだ」
ふふ、と彼女は竜の尻尾を揺らす。
「ニーズヘッグに一体だけ相手しろと」
「問題でも?」
ペネロペは胸に手を添え、芝居じみた仕草で軽く頭を下げる。
「天使様のお言葉ですもの、従いましょう」
◇
ペネロペが出ていく直後、ついにブジョワ中尉の腕が崩れた。
最初に気づいたのは音だった。
それまで圧縮された空気の壁として機能していた何かが、一瞬だけ耳の奥でぼっ、と低く響いた。炎の弾ける音でも吹雪の音でもない。念力が——意志が、折れる音だ。
念力の壁が揺れ瓦解していく。中尉が膝から崩れ落ち地面に倒れた。ああっ、意識が途絶えたんだ。
俺は一瞬、目が離せなかった。
一時間半。あいつは一時間半もの間、意志だけで百二十人分の命を支え続けた。俺だって知っているさ能力の使用時間の短さ、質をあげるほど苦しくなる感覚を。しかも、あの人はそれをしながら酒を飲み、飯を食い、心配させないよう笑みを作り続け、最後の最後まで悲鳴のかけらひとつ出さず、静かに倒れた。
そういう方なんだな、一人で背負って踏ん張れてしまうタイプか。
俺達を守り続けた壁が消えた。
天井の布が支えを失って落ちてくる。
次の一秒で複数のことが同時に起きた。
クレーターの中の空気が一気に動く。吹雪が上から入り込み人々が顔を伏せた。誰かが「壁が!」と叫んだ。“ヨハネ”の元へ駆け寄ろうとする者、倒れ込む者。百二十人という人数は、一つの小さな穴の中で、たった一枚の布が落ちてきただけで混乱に変わった。
ザウェク少尉が立ち上がる。
俺はその動きを目で追っていた。彼女は真っ先に天井を見て、落ちてくる布の速度とクレーターの縁までの距離をおそらく一秒以下で計算。能力使用。固定していた金属ピンをクレーターの壁に打ち込んだ。一本、五本、十本、テントの布の端を掴んでピンで留めていく。念力の代わりに物理的にテントを壁に張り付け、吹雪が吹き込んだが布は剥がれなかった。
ここまでで約一秒か、ながくて三秒かな。
俺は最も適切に動いたザウェク少尉に指示を飛ばす。
「ザウェク少尉!!」
彼女は幼い顔を俺へ向けた。
「俺も加勢する。微々たる力かもしれないがひるませるくらいはできるだろう。指揮を頼む!」
「はい!」
俺はザウェク少尉が返事を返す前に動き出す。彼女もほとんど振り向かず次の行動に移っていた。
◇
シェルピェンは立ち止まる。
(……といっても、やれることなんてあるのでしょうか)
辺りを見渡す。
テントのピン——回収した分厚い金属のピンが、まだ残っている。
一二〇人が持っている手榴弾。対戦車地雷。銃剣。よし決めた。
「外へ通信機を運んでください」
シェルピェンが言うと全員が振り向く。
「このクレーターに光がある以上、相手は踏み潰します。手持ちの爆薬を全部中央へ」
シェルピェンは能力者のイタリア人と無能力者のフランス人の二人を見た。彼らが食事を運んでくれた二人だ。
「一等兵のお二人、ブジョワ中尉を運んでください」
「了解!」
「了解」
混乱していた兵士たちが指示の方向へ動き始める。
私にあるのは金属を動かす能力だけだ。シュミート少佐のように戦局を計算することも、ヨハネのように空間ごと圧し潰すこともできない。できることを数えれば数えるほど、できないことの方が多くなっていく。それでもやれることはいくらでもあった。
私は爆薬の配置を頭の中で整える。ベヒモスはまっすぐ来るんです、目が焼けているなら熱と光を追う。ならば光を作ればいい。そこに誘い込めばいい。私なら『同時に爆発』させられる。
手は自分の小さな手のひらを握った。
◇
ヴェークテルンは振り向いた。
クレーターを空にして通信機を外へ出す姿が見える。大きなものが光っている空洞を囮にし、クレーターへベヒモスが踏み込んだ瞬間、中央に積み上げた爆薬ごと起爆させるつもりだ。
銀色の短い髪が動くたびに兵士が動く。誰かが爆薬を手に立ち上がり、誰かが通信機を引きずり出し、兵士二人がヨハネの腕をそれぞれ一本ずつ担いで歩き出す。混乱が方向を持ち規律を持って動き出していた。俺が指示を出したわけではない。あの小さな体から出た声が、この穴の中の百二十人を動かしたんだ。
そうか巨大なデコイにするんだな。あのロリ。いや……“シェルピェン”はやはり意外と使える。テントを持っていこうと指示だしたのは彼女だし、デコイについても俺はなにも伝えていない。
俺は意識を自分へ戻す。
背中の翼がまだ重いし上手く扱えない気がする。治癒を使った後の疲弊は思ったよりあるんだな、もしくは初めて使ったから加減を知らなかったか。今はまだ精密な放電はまだ難しい。粗く大きく放つ、この程度ならいくらでもできる。
ベヒモスの足音が、また一歩近づいた。




