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【第十六話 海上の地獄】




【とある水兵視点】



 一九四三年、夏。真夜中のソロモン海は、燃え盛る鉄の墓場と化していた。


 ──ヒュルルルルルッ!!


 鼓膜を劈(つんざ)くような不気味な風切り音が夜空を切り裂いた直後、我々の乗る駆逐艦のすぐ左舷で、巨大な海水の柱が爆発するように立ち上がった。降り注ぐ塩水が甲板を叩く。

 私は思わず頭を抱えて甲板に這いつくばった。


「左舷に水柱ッ! 敵弾接近!!」

「駄目です、敵の姿が全く見えません! 探照灯(サーチライト)も届かない距離です!!」

「馬鹿な、新月のこの暗闇だぞ!? なぜ米軍は正確に我々を狙えるんだ!!」


 水兵たちの悲壮な叫び声が爆発音にかき消されていく。


 我々はパニックに陥っていた。

 無理もない。日本の海軍が誇る『夜戦』は暗闇に紛れて敵に接近してこそ威力を発揮する。だが今、我々を襲っているのは『圧倒的な数の暴力』と『理不尽』だった。こちらの姿など見えていないはずの何キロも先の暗闇から、まるで見透かされているかのように正確な砲弾の雨が降り注いでくるのだ。


 ──ズドォォンッ!!!


 ひときわ巨大な轟音が響き、夜の海がオレンジ色に閃光。

 我々の少し前を走っていた味方の駆逐艦のど真ん中に、敵の砲弾が直撃したのだ。分厚い鉄板が飴細工のようにへし折れる不快な金属音。吹き上がる紅蓮の炎。

 そして鼻を突くのは、焦げた硝煙と、海へ流れ出した重油の強烈な悪臭。

 火だるまになった味方の兵士たちが「熱い!」「助けてくれ!」と叫びながら、次々とサメの泳ぐ真っ暗な海へと飛び込んでいく凄惨な光景だった。


「っ……く……そッ!」


 もはやこれは戦いではない。一方的な処刑だ。島に取り残された味方を救出するための撤退戦(ネズミ輸送)のはずが、我々自身が海の底へ引きずり込まれようとしている。


「もうおしまいだ……大尉殿! どうか早く退艦命令を!」


 誰かが半狂乱になって叫ぶ。この船が沈むのも時間の問題、誰もが死を覚悟していた。



 ──だが。



 そんな地獄絵図のような甲板の片隅に、我々の部隊に新しく配属された武器部門のトップ《日向月彦(ひなた つきひこ)》大尉が立っていた。


 彼は血と重油で汚れきったこの船の上で、目を焼くような真っ白な夏服を少しも汚さず、手すりに寄りかかって、まるで休日の観光客のように呑気に夜の海を眺めていた。


「夜の海風ええねぇ……。冬の陸戦とやっぱちゃうねんな」


 頭上を死神の砲弾が飛び交っているというのに、全く気にする素振りも見せない大尉。その背中に、副官である《小野優明(おの まさあき)》中尉が呆れたような声をかけた。


「日向大尉、現実から逃げないでください。俺が徹夜で用意した『海軍で覚えるべきことリスト』はどこやりました?」

「燃やしてんな……」

「ねぇ、溺死ってすっごく辛いんだよ知ってる?」

「ええねん。難しい計算とか海図とか俺にはわからん。船に敵が乗り込んできたら俺はアホみたいに刀振り回して勝てばええねんから」


 小野中尉殿は盛大なる拍手で日向大尉を讃えた。


「傑作だね! 大砲も魚雷も撃たずに白兵戦する水雷長!! こうならねぇように準備してきたのに自ら燃やして灰にする勇気! さすがだよ!」


 ドンッ! と近くの海面に砲弾が落ち、巨大な水柱が上がった。

 水兵たちがパニックを起こして逃げ惑う中、優明は深大なため息をつき、頭をガシガシと掻き毟った。


「くそっ、適切な指示飛ばせねぇからって逃げやがって。仕方ねぇな、俺が伝令兵してくるから給料の三割寄越せ」

「たッッか!?」

「沈むよりマシだろうがよ!」


 優明は月彦を甲板に放置したまま、弾雨の中をスルスルと駆け抜け、水兵たちが混乱する砲塔(たいほう)の指揮所へと飛び込んだ。彼は懐から方位盤のメモを取り出すと、驚くべき速度で風向きと敵艦の速度を暗算。大声で怒鳴りつける。


「日向大尉からの命令だ!! 右舷方向、距離八千、敵駆逐艦! 風力三、角度二五度で撃て!!」


 いきなり現れた中尉の具体的な指示に、砲術員たちが慌てて大砲の角度を合わせ、引き金を引く。


 ズドン!


 という轟音と共に放たれた砲弾。暗闇の奥に潜んでいたアメリカ軍の駆逐艦に見事命中し、真っ赤な炎を上げさせた。


「め、命中! 敵艦炎上!!」

「すごッ?! あんな後方の甲板からどうやって割り出してん!?」

「天才やんけ……お天道様二物与えたもうたやん……」


 水兵たちの士気が爆発的に上がり歓声が湧き起こる。小野中尉は「俺がやったんだけどね~ぇ……」とぼやきながら、休む間もなく次の計算式を頭の中で弾き出していた。


 一方、そんなことになっているとは露知らず。


 月彦大尉は甲板で一人、遠くの戦闘の音を聞きながら、腰に提げた軍刀の柄に手をかけていた。

 彼の勘が告げている。

 大砲の撃ち合いなんてただの前座。もうすぐ本当に俺の『刀』が必要になる理不尽な化け物が、暗闇の海を越えてやってくると。



 ──数分後。

 アメリカの能力者たちが空から日本の船に降りてくる。

 それは兵士たちがこれまで経験したどんな海戦とも異なる、理不尽な殺戮の始まりだった。


 暗闇の空を引き裂くように複数の影が浮かび上がる。

 先頭を滑空してきたのは、背中から巨大な鳥の翼を生やした能力者だった。獲物を狙う猛禽類のように音もなく降下してくるその姿に、甲板の日本兵たちが慌てて高角砲や機銃の銃口を上空へ向ける。


「撃て! 空から来るぞ、撃ち落とせッ!!」


 絶叫と共に無数の火線が夜空へ放たれる。だが、引き金を引くよりも早く、翼を持つ者の背後に浮かんでいた別の影が、ふわりと片手をかざした。直後、空中に見えない分厚い壁が現れたかのように、放たれた無数の銃弾が『念力』によって空中でピタリと静止させられる。


「クソ……!」


 金属の弾頭が勢いを失い、パラパラと無害な雨のように甲板へ降り注ぐ。その絶望的な光景に、銃座の兵士たちの顔から血の気が引いた。


「アメ公の化け物がァ!」

「対空射撃効かんぞッ! 退避、退避ィ!」


 退避を叫んだ下士官の体は、次の瞬間、胴体と下半身が分かれて崩れる。空から叩きつけられた凄まじい『風の刃』によって真横に吹き飛ばされた、風を操る能力者による斬撃だ。能力者が甲板に着地すると同時に目に見えない暴風の渦が巻き起こる。手すりにしがみつこうとした兵士たちは木の葉のように容易く空へ巻き上げられ、冷たい夜の海へと次々に叩き落とされていった。海面から上がる水柱と悲鳴が夜の波音にかき消されていく。

 狭い船の上での異能と通常兵器による、非対称な戦いが始まった。

 飛行能力を持つ者たちが次々と船へ降り立つ。連れてきた仲間たちと共に船の内側へと侵入。装甲で守られた軍艦も、内部に入り込まれてしまえばただの巨大な鉄の棺桶でしかない。


「撃て! 一歩も通すな、撃ち殺せェ!」


 艦内の細い通路へなだれ込んできたアメリカ兵に対し、決死の覚悟で小銃を構える日本の水兵たち。弾幕が通路を埋め尽くすが、敵の先頭に立つ炎の能力者が不敵に笑いながら指を鳴らすと、狭い通路は一瞬にして灼熱の煉獄と化した。



 ゴオオォォッ!



「ぎゃああああああっ!!」

「熱いッ、熱い熱いィッ! 目が、目がぁッ!」


 圧倒的な火力が兵士たちを包み込み、髪を焦がし、肌を焼き尽くす。鋼鉄の壁や床すらもドロドロに赤熱して溶け落ち、照明が次々と弾け飛んで火花を散らした。逃げ場のない密閉された艦内で、炎が、風が、念力が、容赦なく兵士たちの命を散らしていく。

 爆破能力を持つ者が船体の一部を吹き飛ばし、配管が破裂。鼓膜を破るような異音と共に高温の蒸気が噴き出す。硝煙と血の匂い、そして肉の焼ける異臭。かつて誇り高かった日本の軍艦は、またたく間に阿鼻叫喚の地獄へと変貌していった。

 通信管からは各所の悲痛な報告が途切れ途切れに響きく。

 艦橋の将校たちも為す術なく混乱の渦に飲み込まれていく。


 ──だが、この惨劇の真っ只中において、日向月彦の思考は信じられないほどに冷え切っていた。


 月彦は甲板の影に身を潜めながら、空から降下してくるアメリカの異能者たちを一瞥した。

 確かに脅威だ。放っておけばこの船は沈められるだろう。多数の兵士たちが目の前で虫けらのように殺されている。

 彼の『勘』はまったく別の方向、はるか遠くの暗闇の海に浮かぶアメリカの母艦へと向いていた。


 ──あかん。目の前で暴れとるのはただの囮や。一番ヤバい『大将』は向こうの船でデカい一撃を準備しとる、遠距離でなんかこうなんかこうドガーン! やるヤツは決まって強いで。俺が向かわな沈んで水死体や。


 月彦には視えていた。感じ取っていた。この日本艦を沈めるためにやってきた者たちは、ただの目眩ましに過ぎない。敵の本当の殺意は、あの暗闇の奥に潜む母艦から放たれている。

 直感した月彦は甲板で怯える水兵たちの防衛戦には一切加わらなかった。目の前の命を救うことよりも、大元を絶つこと。それが己の役目だと理解していたからだ。

 彼は背後の暗闇へ向かって、短く鋭く声を張り上げた。


「小野中尉! 同行願う!」

「は~いッ」


 いつの間にか月彦の背後に立っていた優明が薄暗い甲板の上で『待ってました!』と長い尻尾を揺らしていた。

 月彦が顎で敵艦の方向を見ると優明は一つ頷く。彼の体は黒い帯に包まれ繭となり、ミチミチと骨と肉を軋ませ巨大化。


 ほどけた繭から現れたのは、巨大な黒山羊の悪魔。


 背中から禍々しい蝙蝠の翼を開いた優明の背中に、月彦は身軽に跳躍して乗り込む。水兵たちが空から降ってくる敵に気を取られ阿鼻叫喚の悲鳴を上げているため、誰もこの恐ろしい黒山羊の出現に気づいていない。

 月彦は軍刀の柄を固く握り締め、前方だけを睨みつけた。


「向こうさんがこっちの船で油断して暴れとる隙に片づけるぞ」

「了解」


 優明の低く濁った声が響いた直後。

 巨大な黒山羊の悪魔は強靭な脚力で甲板を蹴り飛ばす。まっすぐ雲を目指して急上昇、二人は夜の闇に溶けながら日本の軍艦で繰り広げられる惨劇を眼下に見下ろし、一直線にアメリカの母艦を目指して飛んでいく。



◇



【月彦視点】



 冷たい夜風が頬を叩きつける。

 俺は巨大な黒山羊の背中から、暗闇の海に浮かぶアメリカの母艦を冷ややかに見下ろしていた。


 優明が変化した蝙蝠の翼はバッサバッサしよって、不気味な羽音を夜空に響かせている。ええなぁ空飛べるの、飛んでみたいわ俺も。


 俺は下を見た。豆粒のようなアメリカ兵たちが甲板を走り回り、対空砲の銃口をウロウロと夜空へ向けている。俺達の乗っていた日本の軍艦にアホほど能力者を送り込んでおきながら、自分たちの本陣の守りはこんなもんか。平和ボケしとんな~?

 俺の下で風を裂く黒山羊──優明が、低く濁った声で俺に言った。


「急降下開始! 掴まれ!」


 その言葉と同時。黒山羊は巨大な翼をピタリと畳み、頭を下にしてまっ逆さまに降下を始めた。


「うおぉッ!?」


 内臓が浮き上がるような強烈な重力に襲われた。俺は吹き飛ばされないように山羊の分厚い毛皮を必死に掴む。眼下に広がるアメリカの軍艦が凄まじい速度で拡大していく、風が強すぎてなにも聞こえない。

 向こうのレーダー員も、さすがに空から降ってくる巨大な質量に気づいたのだろう。甲板の上で将校らしき男が必死に指をさして叫んでいるのが見えた。だが、彼らが対空機銃の引き金に指をかけるよりも早く、俺達の降下速度の方が勝っていた。


 一拍、絶望的な間が生まれる。


 ズドォォォンッッ!


 耳を劈く轟音と共に、優明の巨体がアメリカ艦の前甲板へ激突した。

 鋼鉄の分厚い装甲板がまるで薄いアルミホイルのようにひしゃげ、凄まじい衝撃波が周囲の兵士たちを海へと吹き飛ばす。


「グォォォォォォォォッ!!」


 着地と同時に黒山羊が空へ向かって咆哮を上げた。その姿は、アメリカの連中からすればまさに地獄から這い出てきた『悪魔』そのものだろう。


「あ、悪魔だァァァッ!」

「撃て! 撃ち殺せェェェッ!!」


 パニックに陥ったアメリカ兵たち。悲鳴のような雄叫びを上げながら、一斉に黒山羊へと銃口を向ける。無数の火線が優明の巨体に突き刺さるが、ヤツは痛がるそぶりすら見せずに巨大な腕で機銃座ごと兵士たちを薙ぎ払っていく。


 派手やなぁ。いい囮や。


 その混乱のどさくさに紛れ、俺は着地の瞬間に黒山羊の背中から音もなく飛び降りていた。

 俺の存在に気づいているアメ公は一人もいない。全員のヘイトがデッケェ悪魔に向いている間に、俺は開いたハッチから滑るように船の内部へと潜入を開始した。



 艦内は赤色の非常灯が点滅。けたたましい警報のサイレンが鳴り響いていた。

 俺は息を殺し、軍刀の柄に右手を添えたまま迷路のような通路を走る。


「おい! 甲板で何が起きてる!? 化け物ってなんだ!」


 角を曲がった瞬間、武装した五人のアメリカ兵と鉢合わせた。

 連中は突然現れた日本の軍服を着た俺を見て一瞬だけ目を丸くした。だが、すぐに小銃を構えようとする。遅いわ。

 俺は静かに息を吐き、足元に『赤黒い炎』を展開した。

 ぼわっ、と音を立てて、俺の足元から血のように赤い炎が通路いっぱいに燃え広がる。


「能力者か!」

「下がれ、燃やされるぞ!!」


 炎に驚いたアメ公たちは一斉に後ろへ飛び退き顔を腕で覆った。だが、数秒経っても自分たちの体が焼けていないことに気づき、怪訝な顔をする。


「……熱く、ない?」

「撃て!」


 俺の炎が熱くないと気づいた彼らは、再び俺へ銃口を向けて引き金を引こうとした。だが、その一瞬の『怯み』と『安堵』の隙こそが、命取りや。

 俺はその時にはすでに彼らの懐まで距離を縮めきっていた。

 チャキ、と音が狭い通路に響く。


「え──」


 先頭にいた兵士が声を漏らした瞬間、俺の刀がその首筋に一筋の銀光を差し込んだ。

 スパーンッ、と心地よい感触と共に首が宙を舞い、大量の鮮血が赤黒い炎の上に降り注ぐ。


「なっ!?」

「撃て撃て撃てェッ!!」


 残りの四人がパニックになりながら銃を乱射する。だが、狭い通路で恐怖に駆られた銃弾など当たるはずもない。俺は壁を蹴って跳躍し、二人の胸元を袈裟懸けに切り裂く。悲鳴を上げる間も与えず、返す刀で三人の胴を薙ぎ払い、最後の一人の心臓を真っ直ぐに貫いた。

 わずか数秒。五つの死体が床に崩れ落ち通路は血の海に変わる。

 俺は刀の血振るいをしてから、再び奥へと歩みを進めた。

 どいつもこいつも俺の炎は『熱くないから怖くない』と勘違いしよる。ちゃうねん。俺の炎はな、燃やすためやのうて『消すため』にあるんや。


 俺は次から次へと向かってくる兵士たちを、呼吸をするように殺していった。

 通路の角、階段の踊り場、倉庫の前。どこへ行っても俺の姿を見た瞬間に発砲してくるが、遅すぎる。俺は足元に赤黒い炎を展開しながら走り、怯んだ隙に首を刎ね、心臓を突き、あるいは胴体を真っ二つに切り裂いた。

 途中、能力者らしき奴らが何人か俺の前に立ち塞がった。

 ある奴は両手から何かを放とうとし、ある奴は俺に人差し指を向けた。だが、奴らの力は俺の『赤黒い炎』の領域に入った瞬間、シャボン玉が弾けるようにプツリと消滅する。


「なっ!? 俺の能力が……出ない!?」

「なんでだ!? どうして!」


 昨日まで自分を特別な存在だと思い込んでいた連中が、ただの無力な人間に成り下がった瞬間に見せる、あの絶望に満ちたマヌケな顔。何度見ても飽きないわ。

 能力が消えて動揺する連中を、俺はただの肉の塊として切り刻んでいった。

 俺の『能力解除の炎』の前ではどんな大層な能力も意味を成さん。能力者同士の戦いにおいて、俺は絶対的な天敵なんや。



 艦の最深部、どうやら士官室や指揮所が集まる区画へ足を踏み入れた時のことだ。


「そこまでよ、ジャップの野蛮人」


 凜とした、だが冷酷な女の声が通路の奥から響いた。

 血の滴る刀を下げた俺の前に立ち塞がったのは、金髪をきっちりと結い上げたアメリカ軍の女性兵士だった。襟の階級章を見るに『少佐』こんな若い女が少佐やなんて、よっぽど強大な能力を持っとるんやろうな。

 彼女の背後には十人近い護衛の兵士たちが銃を構えて控えている。

 彼女は俺の足元で揺らめく赤黒い炎を一瞥すると、ふんと鼻で笑った。


「熱くもない見掛け倒しの炎で、よくここまで入り込めたわね。でもあなたの運もここまでよ。私の本物の『炎』で、その体をステーキにしてあげるわ」


 英語や! なに言ってるかわからん日本語かドイツ語話せぇ!

 兵士たちが見守る中、彼女は得意気に両手を俺へ向け、能力を発動させようとかざした。


「消えなさいッ!」


 彼女が叫び、両手に力を込める。


 ──だが。


 何も起きなかった。


 そよ風一つ吹かず、空気の圧縮も起きない。ただ、彼女が俺に向かって無意味に両手を突き出しているだけの、ひどく滑稽な時間が流れた。


「……え?」


 彼女の顔から、余裕の笑みがスッと消え去る。

 もう一度、力強く両手を突き出す。だが結果は同じ。俺の足元で揺らめく赤黒い炎が彼女の放つ異能のエネルギーを全て根こそぎ『解除』して消し飛ばしているからだ。


「な、嘘……どうして能力が、使えないの……?!」


 能力が使えないと悟った彼女は一気に青ざめ、後ずさる。昨日まで絶対の自信を持っていた最強の牙を突然もがれたのだから、その恐怖は計り知れないだろう。


「しょう、少佐?! どうしました!」

「撃て! こいつを撃ち殺しなさいッ!!!!」


 彼女が半狂乱になって護衛の兵士たちに叫んだ瞬間、俺は床を蹴っていた。

 ドンッ! と音を立てて距離を詰め、銃口が俺を捉えるより早く、俺の刀が横に一閃。


 す──と、彼女の胴体が傾いた。


「が……っ」


 彼女はまるで上下に真っ二つに切り離され、上半身がドサリと床に落ちふ。大量の血が噴水のように通路を染め上げ、護衛の兵士たちはパニックになって逃げ惑い始めた。


 俺は血に濡れた刀をゆっくりと振り下ろし、足元で事切れている女性少佐の死体を見下ろした。

 あぁ、今倒したこの女性がこの船の最高戦力やったんやな。

 周りの兵士たちが完全に絶望しとる。階級も少佐、間違いないここの大将はもう死んだんや。


「かわいそうにな」


 俺は小さく呟いた。

 あんだけ自信満々やったのに、世界の真実を知ることもなく《覚醒》して自分の本来の姿を取り戻すこともできずに、俺の炎のせいでただの無力な人間として死んでいくなんて。

 ある意味、俺の『能力解除の炎』は、この世界で一番残酷な能力かもしれん。

 俺は逃げ惑う残りの兵士たちへ向けて、俺はゆっくりと刀を構え直した。


 なら、全員殺してさしあげな。




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