【第十三話 人工能力者】
【ヴェークテルン・シュミート視点】
冷たいコンクリートに囲まれた地下実験室には、薬品と血の錆びた匂いが充満していた。
壁際に並べられた鉄格子の向こう。幾人もの被験体がひしめき合い、絶望に満ちた目でこちらを覗き込んでいる。
俺は中佐に昇進し、国家の最重要機密である『人工能力者の量産計画』の責任者を任された。
劣等民族の無能力者はまさに無能だ。ただでさえ血統が劣っているというのに、国家のために働く知能すらなく、おまけに能力すら持っていない。そんなゴミ屑が我々と同じく「人類」を名乗るなど反吐が出る。
人類の中でも選ばれし真に進化を遂げた存在、それこそが『能力者』だ。
仮に劣等民族であろうともそいつが能力者として発現するのであれば、俺は兵器として無条件で存在を許してやろう。
しかし、なかなかどうして。
俺は手術台から転げ落ち床を這いつくばる被験体を見下ろした。その劣等民族は目や鼻から血を流して狂乱し「助けてくれ」と意味不明な言語で喚きながら、泥に塗れた汚い手で俺の軍服の裾にしがみついてきたので──。
ガッ!
俺は磨き上げられた革靴で顔面を容赦なく蹴り飛ばしてあげた。ゴキリと嫌な音が響き、被験体は壁際まで吹き飛んで痙攣を始める。身の程を知らない猿には、己の立ち位置を物理的に教え込んでやらなければならない。
しかし、なかなかどうして……?
俺は軍服についた血の飛沫をハンカチで拭いながら、大きくため息をついた。
「俺の優秀な血液を与えてあげたのに……どうして一向に能力者が誕生しないのか」
記録用ボードの『適合者ゼロ』という文字を万年筆でなぞる。実験体どもは俺の血を注入された途端、全員が急激な拒絶反応を起こしてショック死してしまうのだ。不思議だな。俺の気高き純血があいつらの汚れた体に馴染まないということだろうか。
俺はため息をつき、背後に静かに控えていた人物へ振り向く。
「何故でしょうね? 《ヨハネ・ド・ブジョワ》大尉」
あぁっ! 何度見ても顔がいい!
薄暗い地下室には一切似合わない、まるで美術館から抜け出してきた彫刻のような美しすぎるフランス人。おまけに能力階級は最高クラスの『VI(九)』を誇る『念力』の能力者だ。空を飛び、非接触で物を浮かし、その気になれば敵の戦車すら捻り潰して金属の塊に変えられる。
顔良し! 家柄良し! 能力も良し! 控えめに言って最高すぎる俺の部下!!
「貴方の血液であれば能力者が増やせる。それも四割という高い成功率で。しかし、俺の血液ではご覧の有り様。……一体、我々の何が違うのでしょう」
この方こそ、人工能力者の量産に成功した唯一の『オリジナルの供給源』だ。フランス人でありながらドイツ軍で大尉の位を与えられたのは、偏にその圧倒的な希少性と能力故である。
最初は捕虜上がりだと思ってこき使ってやろうかと考えていたが……こんなにも完璧で美しい人は是非とも俺の下で安全に、存分に、それなりの暮らしをして働いていてほしい。優秀な能力者は国家の宝として守り抜くべきだ。前線で泥に塗れさせ使い捨ての駒にするなんて狂っているだろ頭おかしいのか?
ヨハネ・ド・ブジョワは深海のように静かで青い瞳で、俺を真っ直ぐに貫いた。ああ、本当になんらかの軍事プロパガンダ雑誌のモデルをやってくれないだろうか?
「シュミート中佐」
「ヴェークって呼んでください」
「シュミート中佐と私の違いは」
「ヴェークって呼んでください」
食い下がる俺に対し、彼は「アイギス殺しの英雄である貴方様だからこそ、最低限の敬意を払わせてください」と、完璧な発音のドイツ語で断りを入れてくれる。そこが良い。礼儀正しいのは大歓迎だ。
ヨハネは話を続ける。
「私との違いはあまりに多すぎます。人種、血液型、能力の質、髪の色から目の色まで、なにもかもが違います」
「つまり、自分は能力者のなかでも特別に秀でていると?」
「いいえ」
彼は血塗れの実験室の中で背筋を伸ばしたまま、一ミリのズレもなく不動の姿勢で告げた。
「私は呪われし《悪魔》なのではないかと考えております」
ああ、何を話しても響きが綺麗だな。
「ご存知でしょうが、あえて言わせてください。歴史上、どの国であろうと王族や貴族の純血から『能力者』は生まれ堕ちなかった。しかし、私だけが『能力者』として生まれた」
声のトーンすら完璧だ。どういうことだろうな? いっそこの演説をレコードに録音して残してくれないだろうか? いつかなんか歌ってよ。
「能力者はかつて『魔女』や『悪魔』として迫害されていた時代があります。我々能力者は生まれながらの兵器だと提唱した軍学者も居られましたが……私の考えでは異なります」
あ~~~博識~~~ッ!
「私以外の能力者は全員、この狂った世界を平和へ導くための『天使』なのではないかと。そして、血による契約、今回は輸血で強制的に他者へ力を与えることができる私こそが、本当の『悪魔』なのではないかと。そう考えております」
自らをひどく卑下するその言葉に、俺は呆れたように首を振る。
「一点だけ明確に否定させて貰いましょう。『悪魔』というのは、いま貴方の足元に転がっているような劣等民族のことです。だから何の力も持たずゴミのように生まれ落ちた。ブジョワ大尉、私を『天使』だと言うのであれば、貴方は『大天使』です。その違いがあるというのであれば納得しましょう」
やはりヨハネは他の能力者とは『格』が違うのだろう。
だとしたらその決定的な違いの正体って一体なんなんだ? 何が違うのだろう、俺とヨハネは。
彼は目を伏せ、声を低く落としてもう一度同じ言葉を繰り返した。
「……悪魔ですよ、私は」
「それ以上自分を貶める発言を続けるのであれば、なんらかの罰を与えます」
俺が少しだけ声を尖らせると、ヨハネはすっと唇を閉ざした。うん、綺麗!
貴方が悪魔なわけないだろうが。悪魔がいるとしたら、そこの劣等民族のご先祖だ。
経歴書によればヨハネは能力者として生まれたせいで家族からかなり冷遇されていたらしい。だから思考が自己犠牲的に歪むのも仕方ないが、それにしても歪みすぎている。どうかもう少し自分に自信をもってほしいものだ。
──コンコン!
ふいに、重厚な鉄の扉がノックされた。
返事をする間もなく、扉は勝手に勢いよく開け放たれる。血と絶望が支配するこの実験室において、そんな無作法を働く人間はただ一人しかいない。
案の定、現れたのはひどく慌てた様子の《日向月彦》だった。軍規などどこ吹く風といった態度の彼は真っ赤な目を俺へ向ける。上官に対する報告ではなく『友人』としての報告を開始した。
「ヴェークどないしよ! 俺の部屋に不審な侵入者がおってな! なんかな、とにかくな、コレ見てみぃ!」
月彦は俺の目の前に何かを突きつけた。
それは今まで見たこともない奇妙な装飾が施された、禍々しいほどに“赤い”《鍵》だった。
「《扉》使っててん! その侵入者!」
その単語を聞いた瞬間、俺の脳裏に電流が走る。
かつて対峙した最強の《アイギス、アーサー・E・テイラー》彼が空間に鉄の扉を作り出す際に使っていた《銀の鍵》の光景がフラッシュバックする。まさか、あのアイギスが使っていた異常な道具か? それがなぜこんな地下施設に現れた侵入者の手に?
様々な推測が頭を駆け巡る中、俺は差し出された《赤の鍵》を慎重に受け取りながら、月彦の拙い報告の続きを待った。
「とにかく部屋に来てほしい! 見たらわかる!」
「……お前はいい加減、状況説明というものをもっと上手くなれ」
相変わらずの語彙力のなさに俺は深くため息をついた。けどこいつの勘と実力だけは本物だからなぁ、無視するわけにはいかないよなぁ。
俺は血で汚れた白衣を脱ぎ捨てると、背後のヨハネに短く同行を命じ、ドタバタと走り出した月彦の背中を追いかけた。




