表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八百万荘の神様候補  作者: 脇汗ベリッシマ
PR
12/16

記憶を捨てて神になるくらいなら、ここで朽ちる

「客人が来るとは……五百年ぶりか? いらっしゃい」


声は、鈴のように澄んでいた。


二人は同時に顔を上げる。


石牢の奥。

薄明かりの中に、ひとりの女が立っていた。


銀の髪が、ふわりと揺れる。

その色は月光のようで、ここが牢であることを一瞬忘れさせる。


勇者が目を瞬かせる。


「……誰だ?」


魔王は短く言う。


「知らぬ」


女は微笑んだ。


唇だけが、ゆるやかに。


「私の名はルクスリア。生前は女神と呼ばれていた」


勇者が目を見開く。


「おれ勇者で、こいつ魔王――って、待て。今、名前言ったよな?」


魔王の視線が鋭くなる。


「記憶が消えていないのか。貴様、何者だ」


女神は小さく肩をすくめた。


「神候補だったものだ」


“だった”。


勇者が魔王の袖をつつく。


「なぁ、今過去形で話したぞ」


ルクスリアは、くすりと笑う。


その笑いは、軽い。


だが目は、まるで凍った湖面のようだった。


「お前たち、記憶の神に喧嘩を売ったのか?」


勇者と魔王は顔を見合わせる。


「あぁ、あのふんぞり返ってたやつか」


二人が頷くと、ルクスリアは喉を震わせた。


笑っている。


だがそれは、楽しさではない。


「私もだ」


静かな告白。


「神になるのに記憶を消すと言われてね。拒んだ。暴れた。――そして剣の神に取り押さえられ、ここに放り込まれた」


視線が、遠くを見つめる。


「それから五百年。何も変わらない」


牢の中の空気が重くなる。


「生きてはいない。だが死んでもいない。ここは……生き地獄というやつだ」


口元は笑っている。


けれど、目は、まったく笑っていない。


魔王が問う。


「何故、そこまでして記憶に固執する」


ルクスリアはゆっくりと瞳を閉じた。


「私は、人に祈られていた。名を呼ばれていた。救われたと泣かれたこともある」


目を開く。


その奥に、かすかな熱が宿る。


「それを忘れて神になれと言われて、従えると思うか?」


静寂。


勇者が小さく呟く。


「あいつ、剣の神なのか。どうりで強いわけだ」


魔王は牢の鉄格子に触れる。


びくともしない。


「逃げ出そうとは思わなかったのか」


ルクスリアは少し笑う。


今度は、ほんの少しだけ本物の笑みだった。


「最初の二百年は、毎日試した」


手のひらを鉄格子に当てる。


その指は細く、白い。


「叫び、壊そうとし、祈り、罵り……」


声が、かすれる。


「だが神界は優しい顔で残酷だ。壊れない。忘れない。助けにも来ない」


勇者がぽつりと漏らす。


「確かに出られそうもねぇな……」


ルクスリアはゆっくりと首を振る。


「諦めたわけではない」


その目が、二人を見る。


深く、まっすぐに。


「諦めていたら、名前を名乗らない」


魔王の瞳がわずかに細まる。


「まだ、抗う気か」


「当然だろう?」


銀髪が揺れる。


五百年閉じ込められている女の目とは思えないほど、静かな炎が宿っていた。


「記憶を捨てて神になるくらいなら、私はここで朽ちる方を選ぶ」


牢の空気が、わずかに震える。


勇者が、にやりと笑った。


「気に入った」


魔王が静かに頷く。


「ならば、話は早い」


ルクスリアは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


五百年ぶりに。


心の奥に、ほんの小さな光が灯ったのを。


気づかれないように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ