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八百万荘の神様候補  作者: 脇汗ベリッシマ
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澄んだ世界の濁り

井戸へ向かう背に、軽い足音が追いついた。


「ワン」


振り向く。


昨日助けた白黒の犬が、尻尾を振って立っている。


勇者は眉をひそめる。


「お前は連れていけないからな」


しゃがみ、指で鼻先を軽く押す。


「ここで食さんの美味い飯でも食って待ってろ」


魔王は何も言わず、犬の頭を撫でた。


その手つきは静かだった。


ほんの一瞬、名残惜しそうに。


やがて二人は井戸の縁に立つ。


暗闇が口を開けている。


勇者が息を吐く。


「行くぞ」


飛び込む。


落下。


重力が消え、視界が白く弾け――


次の瞬間、石畳に足がついた。


神界。


澄んだ空気。

整えられた街並み。


だが、視線は変わらない。


「……候補生か」

「下界の匂いがするな」


塵を見る目。


勇者が舌打ちする。


「なぁ、来たはいいが誰に聞くんだ?」


魔王は周囲を見回し、すっと指を差した。


豪華絢爛な建物。

金と白で飾られた巨大な宮殿。


「上に立つ者は、ああいう場所にいるものだ」


勇者がにやりと笑う。


「分かりやすくて助かるな」


二人は堂々と歩き出した。


門前で、銀鎧の門番が槍を突き出す。


「止まれ」


勇者は一歩も引かない。


「俺たちは神候補 上のやつに会わせろ」


門番の眉がぴくりと動く。


空気が張り詰める。


そのとき。


奥から一人の男が歩いてきた。


黒衣。

無駄のない所作。

目が、凍っている。


「……通せ」


低い声。


門番が即座に退く。


勇者は小さく舌打ちし、魔王はその男を一瞥する。


――本物だ。


殺気ではない。


圧。


存在そのものが重い。


通された先は、大広間だった。


広い空間の中央に、椅子が一脚。


そこに、男が一人。


脚を組み、肘を肘掛けに乗せ、ふんぞり返っている。


視線が降りてきた。


上から。


値踏みする目。


勇者が小声で囁く。


「なんか王様みたいな雰囲気だな」


魔王は無言。


視線を逸らさない。


椅子の男が口を開く。


「候補生というのは、お前たちか」


鼻で笑う。


「何故お前たちのような野蛮なものが選ばれたのか、正直理解に苦しむな」


あからさまな嘲り。


勇者の拳が、わずかに握られる。


魔王が一歩前に出た。


「初対面の相手にそのような態度。貴様のような者が最上位とは、心底笑えぬ」


空気が凍る。


勇者が続く。


「同意だ。で、こいつが記憶奪ってんのか?」


椅子の男の眉がぴくりと動いた。


次の瞬間、空気が震える。


「……最上位たる我に向かって」


声が低く沈む。


「礼節も弁えぬ下界の塵が」


怒気が滲む。


魔王が静かに言う。


「最上位たるもの、この程度で怒るのか。随分と余裕がないらしい」


その言葉が、引き金になった。


空気が、裂けた。


次の瞬間。


床に叩きつけられていた。


勇者の顔が石に押しつけられる。


勇者と魔王の腕が背後に捻り上げられる。


いつの間にか、あの黒衣の男が背後に立っていた。


動きが見えなかった。


「……静かに」


低い声。


冷たい。


感情が、ない。


勇者が歯を食いしばる。


「てめぇ……!」


押さえつける力が強まる。


骨が軋む。


魔王が唸る。


「……貴様」


黒衣の男の瞳がわずかに細まる。


「騒ぐな」


それだけで、空気が凍る。


椅子の男が立ち上がる。


ゆっくりと、二人を見下ろす。


「不敬。暴言。反抗」


薄く笑う。


「投獄だ」


あっさり。


まるで塵を掃くように。


「下界の蛮族に、神界の秩序は早すぎる」


指が鳴る。


視界が歪む。


次の瞬間、鉄格子の向こうにいた。


薄暗い石牢。


冷たい床。


勇者がゆっくりと起き上がる。


「……胸糞悪ぃな」


魔王も立ち上がる。


目は静かに燃えていた。


「最上位があれか」


静寂。


外から足音が遠ざかる。


神界は、澄んでいる。


だが――


濁っているのは、誰だ。


鉄格子の向こうで、二人は黙って立っていた。


怒りは、まだ消えていない。

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