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「いないな……」


 森をぶらぶらとうろついていて、一つ嫌なこと──何故この地に足を踏み入れてはいけないのかを思い出す。


 資格のない者は、迷ってしまうから──と聞いた事があった。立ち止まり、後ろを振り向く。行く道も、来た道もわからない。


「……どうしよう」


 どこまで行っても城の中だから、と自分を納得させていたのも今は昔。途端に心細くなってくる。


『ここだよ、ここだよ』


 下から声が聞こえた。目線をずらすと、ネズミが話しかけてきている。普段はわからないけれど……今なら理解できる。これは森に住む精霊だ。


『違うよ、こっちだよ』

『あっちかも』

『向こうだよ』


 彼らはクスクスと笑いながら、私を惑わせようとしている。


「あー、もうっ」


 大きな声を出すと、ネズミは逃げていった。ヒューイから『もしいたずらな精霊に絡まれる事があったら、とりあえず威嚇してみるといい。力の強い存在はそう簡単に人間を揶揄ったりしないものだから』と教えてもらった事がある。


 苛立ちが募り、やたらめったらと歩く。途中でヒヨコを一羽捕まえるが、やはりキュピではない。


 ため息をつくと、背後の草むらからガサゴソと物音が聞こえた。縫い止められたように体が動かなくなる。


 野犬だったらどうしよう……と思うだけで、足がすくんで逃げ出すことができない。



「ミルカ!」

 

 背より高い草むらをかき分けて現れたのはヒューイだった。肩にキュピが乗っていて、キラキラした紐をつけられていた。あれが『本体』なのだろう。

 

「大丈夫!?」


 ヒューイだとわかった瞬間、私は飛びついていた。



 落ち着いてから、ヒューイはこの場所について説明をしてくれた。


「ここでは、視えない人も精霊が視えてしまう。簡単に言うと磁場が強いから、慣れていない人が入ると体調を崩してしまう事がある」


 禁足地とは、国民を守るための方便なのだそうだ。もちろん、珍しい動植物を保護するための意味合いもあるけれど──とヒューイは締めくくった。


「それほど危険な生き物がいるわけじゃないけれど、それにしたって女性に豚を捕まえろなんてめちゃくちゃだよ」


「それは、私もちょっと思ったけど……でも、キュピが……」


 キュピはヒューイの肩の上でぷくーっと膨れている。ご機嫌斜めのようだ。


「捕獲は諦めて、日が暮れる前に戻ろう。後日こちらでなんとかするから」


「でも、私、元々迷っていたの」


 無計画な私と違い、ヒューイにはきちんと戻る算段があるようだった。他の人も来ているから、と指し示した先の木の根元に、茶色い豚? 猪? のような生き物がいた。


「あれは……どっち? 精霊? それとも普通の?」

「カピちゃん、と呼ばれていたような」


 この謎の生き物は、ツェツィーリアさんと暮らしている精霊で、砂漠にいるネズミの一種らしい。ネズミにはまったく見えないけれど……。


  のんびり歩くネズミ? の後をついていくと、森の奥、ひだまりになっているところに、ムスタートさんと数人の研究員が居た。その周辺では豚が木の根元を掘っている。


「そちらもうまく合流できたようですね」

「はい」


 ムスタートさんはこんな状況でも落ち着き払っているが、ほかの人達は何やら茂っている草の前で騒いでいる。いかにもその辺に生えていそうな、ピンクの花だけれど……。

 

「私の専門外ではありますが、どうやら珍しい植物のようです。この騒ぎがなければここに調査に入ることもなく、発見されなかった。不幸中の幸いでしょうかね。我々精霊研究所が監督不行き届きでお叱りを受けることも……ええ、あるでしょうが。戒告処分程度で済むでしょう」

 

「よかった……」


 キュピの悪戯のせいで他の人たちが責任を取らされたらどうしようと、内心冷や冷やものだったのだ。


「これは高級で、珍しいキノコデス! 豚ちゃん、お手柄ですネー」


 豚は本物の豚らしい。後ろからこっそり近寄って、縄をかける。


「これを外せ!」

「悪戯を放っておく事はできませんね」


 どうやらキュピについているキラキラした紐は、ムスタートさんの何やらお手製の品らしかった。


 彼は悪戯の代償に『親元』に連れていかれるらしい。


「俺様はニンゲンのためを思ってー」

「はい、はい。あなたの発言は一字一句記録に残しておいてあげますから」


 ムスタートさんは懐から取り出した布でキュピを包み、森の奥に去っていってしまった。その後ろをツェツィーリアさんと『カピちゃん』と白と黒のウサギが着いていき、それを見た他の研究員の人たちも続々と追っていく。


「行かなくていいの?」


 状況はさっぱりわからないが、何やら貴重な瞬間に立ち会う機会なのではないか──と思わなくもないのだが、ヒューイは向かうそぶりを見せなかった。


「今はミルカの方が重要だから」


「あの、ごめんね、はっきりした事書かなくて……」


 例の件は断るつもだといいかけて、その話はとりあえず戻ってからにしようと言われる。その雰囲気が悪いものではなかったので少し安心する。



 歩きながら、そういえば、エレナ様の相談とはなんだったのだろう……とふと思い出す。

 

「まあいいか……」


 また落ち着いた時にでも聞かせてくれるだろう。今はとにかく、疲労感でいっぱいだ……。

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