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「言ってなかった……っけ。あれ……」
ヒューイはぺったりとなってしまったキュピの毛を、必死に逆立ててふわふわにしようとしている。
「聞いてないよ?」
「俺様も初耳だな」
私の発言にキュピも同意した。つまりヒューイは有罪確定と言うことだ。
「……」
「……ごめん。伝えるのを忘れていた」
「なるほど」
エレナ様は何かを悟ったようで、ごほんと咳をした。
「ヒューイ君はまだミルカを怒らせた事がなかったとみえる」
エレナ様曰く、私は一度怒らせると結構あとに響く性質らしい。
「ヒューイの参加が決まったのは3ヶ月前だから、ミルカと出会う前かな。浮かれちまってそれとこれとが完全に分離していたんだな……」
リオが助け舟を出してきた。この場で怒り続けるのは流石に子供っぽすぎるので、丸く収める事にする。
「大丈夫。……ただ、びっくりしただけ」
二人の手前、攻め立てるわけにもいかない。と言うより、自分にこれほどの衝動があることが意外だった。
リリはとうとうリオの頭の上に到達した。どうやら、見えない敵との戦いに勝利したようである。
若干気まずい空気を打ち消そうとリオが動いてくれた。
「ところで、遅れましたがこれは私の出版物です。どうぞ、書斎の片隅にでも……」
朝から大きな荷物を抱えているかと思えば、リオは自身の著作物を全て用意して来たらしい。
「あ、ああ、悪いな」
エレナ様はばあやに言って、一冊の本を持ってこさせた。
「それでは、これは我が家の歴史を綴った本になる。こちらも余っているので、是非とも一読していただきたい……」
「えっ……わたくしめに、そのような素敵なものを?」
「まったく面白くない内容だが、交換ということで……」
「さ、サインをいただけますか?」
「む、なら私も貰うとするか」
私とヒューイは、二人がそれぞれの本にサインを書くのを黙って見つめていた。
「これがいわゆるお見合いってやつか?」
キュピはちょっとふわふわ感を取り戻していた。このまま萎んで消えてしまうのかと思われたので、キュピを励ますために頷いておく。
エレナ様から前の住人が置いて行った本が書斎に放置されていると話を聞き、開かずの書斎に向かう。
何か価値のある本でもあれば寄贈するつもりらしく、わかるところだけでもリオに鑑定してほしいとの話だった。
書斎は、埃っぽくてあまり出入りされていない様子だった。エレナ様は活動的な方で、机に向かって人生について考えたりしないのだ。
私はモヤモヤを取り払うために一心不乱に掃除に勤しんだ。
「本当にごめん」
ヒューイは先ほどから謝り通しだった。
学会が近づいていることはもちろん覚えていたのだけれど、私のこと、花祭りのこと、仕事、実家のこと。スケジュール自体はぴったり合わさっているので、そこで私に伝えるのを失念していたらしい。
「花祭りに間に合うなら、大丈夫だよ」
私も少し怒りすぎたのはある。エレナ様とリオに気を使わせてしまった。もっとも、私はダシにされただけでリオは生き生きとしているように見えるが、まあ私たちもキュピを散々矢面に立たせているので似たようなものだろう……。
「ところで、キュピの大きさが戻らない気がするんだけれど……」
「ミルカの機嫌が悪くなったので若干減ってしまった。でもそれはヒューイのせいだ」
「うう……申し訳ない」
「ヒューイはもうちょっと雄としてしっかりすべきだな」
「ぐっ」
「雄として……」
「まず色が地味だ。ピンクにしてやろうか?」
見た目が派手ならいいと言うものでもないので、今回も丁重にお断りしておく。
「大体、ヒューイはいまいちシャッキリしない。巣を作るのも下手だしな」
キュピはここぞとばかりに口撃を始めた。私のいないところで、二人の戦いがあったりするのかもしれない。
「あ、でも、ほら、精霊に詳しいよ」
なんとかフォローをしてみようとするが、これは全くの逆効果だった。『俺様の方がずっと物知りだぞ』とキュピに言われてしまったのだ。
「……それを言われてしまうともう何も言えない……」
ヒューイはうなだれた。
「今から新しい雄を探すか?」
キュピは意地悪そうな顔で私を見つめた。生まれたばかりとは本人談だけれども、どことなく言動がおじさんぽいのは気のせいなのだろうか……。
「そんなことはしないよ」
「ミルカ……」
ヒューイは感謝感激、とでも表現しておこうか。そのような雰囲気であった。
私は「お土産をたくさん買ってきてもらう」事で手打ちにする事にした。……だけれど、ほんのわずかな『もやもや』は私の中にまだ残っていた。




