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 そろりそろりと歩みを進めていくと、やがて灰色で飾り気のない、小さめのお屋敷が現れる。どこかの貴族の隠居後の住まいを、エレナ様が購入して少しずつ手を加えているのだと言う。


 門のあたりには尾の長い鶏をかたどった風見鶏がででんと居座っており、遠くを見つめていた。


「ふむ。なかなかときめくシッポだ。実用性がまるで無い所がいい」


 キュピは鶏の上に飛び乗って、まじまじと観察を始めた。自分が成長した時のことに想いを馳せているのかもしれない。


 呼び鈴を鳴らすと、ばあやがやってくる……はずだが、玄関から顔を出したのはエレナ様であった。


「よく来たな!」

 

 今日のエレナ様は、いつもの甲冑を脱いで、白いシャツに紺のズボンというシンプルな装いだ。オレンジがかった赤の、耳の下までしかない強めの巻き毛が映えている。


「お邪魔します」


 後ろの二人は無言のままお辞儀をしたようだ。緊張しているのかもしれない。

 

「みゃーん」


 一匹の白猫が、するりとエレナ様の足元から顔をのぞかせた。


「リリ、元気だった?」


 リリは件の私が拾った子猫のうちの一匹だ。しゃがみこみ、頭を撫でると目を閉じて頭を擦り付けてくる。私が遊びにくると何かおやつが貰えると認識しているフシがある。


「おお、これが例のネコチャン……」


 リオが奇妙な手の動きをしながら近寄ると、リリは台所の方へ逃げてしまった。


 挨拶もそこそこに、親睦会の準備が始まった。とは言っても、買ってきた食べ物をひたすら並べるだけなのだが。


 キュピの定位置はどこにお邪魔してもテーブルの上だ。包装紙をビリビリに破く悪戯をしている。文句を言おうとすると、その背後にリリが音もなく忍びよってくるのが見えた。


「……」

「なかなか破きがいのある紙だ……」


 私の向かいにいるヒューイは、横目で一匹と一羽の動向を見守っている。私も固唾を飲んでどちらが上手なのか見届ける事にした。


 リリはさらに一歩近づき、ご機嫌でビスケットの箱に穴を開けているキュピに魔の手を伸ばした。


「ぎゃっ!!」


 リリの攻撃を喰らったキュピは叫び声と共に飛び上がり、火の入っていない暖炉の上に避難した。猫には精霊が見えているのだ。


「な、なんだ、どうした? 虫でもいたか?」

「いえ、なんでもありません……」


 エレナ様が「リリ、悪戯をするな」と話しかけ、リリはいかにもわかった、とでも言いたげに一声鳴いて他の部屋に消えていった。


 リオが真剣な顔で「リリとリオって似てないか?」と囁きかけてきたのだが、ヒューイが「無視してよい」と言ったので曖昧に笑うだけにとどめた。



「そういえば、おととい人事発表があったな。私も護衛として同行する事が決まっている」


 食事の最中、ハムを薄く切り取りながらエレナ様が呟いた。

 

「はい、存じ上げております」


 ヒューイとエレナ様は馴染んだようで、一安心。両方真面目な人なのでさほど心配はしていなかったのだけれど。


「所長、今日はその打ち合わせも兼ねていたのではなかったでしょうか」


 ヒューイが気を遣ってリオに話を振った。先程までの勢いはどこへやら、リオは借りてきた猫の様におとなしい。今更すぎる気もするのだが。


 いつの間にか戻ってきたリリはリオの首のあたりで見えない敵と戦っているようだった。

 

「どこかへ行くの?」

 

「もうすぐ東方の国で学会がある。二週間ぐらいはかかるかな」


 二年に一度、飛行船に乗って、砂と太陽の国へ行くらしい。こちらとは全く違う気候、文化、人、そして精霊。

 

 国の税金によって運営されている研究所から、選抜された何人かが向かう。三人は仕事でそれに参加するらしかった。


 なるほど、研究者ともなると他の国と一緒に仕事をすることもある。私には考え付かない世界だ。


 一昨年も行ったけれど、その時は散々な事があって、それ以外で一体何をしていたのか全く記憶にない──とヒューイはこぼした。どうやら、前回は何かトラブルがあったらしいので今回は何事もなく済んでほしいと願っているらしい。


 それはさておき、脳裏に一つの疑問が浮かぶ。

 

「もうすぐって、私、ヒューイからその事を全く聞いていないよ……?」


 思わず口から出た言葉に、室内の空気が重くなる。


「え、あ、そう……だっけ?」


 ヒューイの膝の上に乗っていたキュピの毛が、私の感情を表すかのように、シュッと縮こまった。


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