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「ミルカ!ミルカ・クロッカス!」
よく通る凛々しげな声に私は振り向いた。この声はエレナ様だ。こちらに手を振っていたので、話をするために駆け寄る。
「お久しぶりでございます!」
「ああ。久しぶり。とは言っても一月ぐらいか?」
最上級の礼をする。この方は伯爵家の三女で、本物の貴族だ。いや、私が偽物と言う訳ではないのだが。
「堅苦しいことはよせと言っただろう」
「そんな訳にはいきません」
エレナ様は肩をすくめた。
「私とお前の仲……と言いたい所だが、ミルカが怒られるのは本望ではないな」
「お仕事から戻られたのですね」
エレナ様は騎士をしている。女性は力で男性に劣るが、高貴な女性を護衛する都合上、女騎士は絶対に必要なのだ。
「ほんの少し目を離した隙に随分変わったな。どうやら面白い話がありそうだ」
エレナ様は背が高く、溌剌として美しい方だ。学生時代、絶大な人気を誇っていた先輩は、今でも後輩の私を気にかけてくれている。
「面白いことと申しますか……」
私の言葉は途中で遮られた。
「あーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
こちらを見て絶叫しながら近づいてきたのはリオだった。数日の間に髪の毛はピンクとオレンジのグラデーションに変化していた。
「そちらにいらっしゃるのは、エレナ・シーヴェスト様ではないですか!?」
「あ、ああ、いかにも……」
エレナ様はリオの様子に若干引いていた。
「あなたは……もしかして、リオネル・ゼーゼマン殿か? 精霊研究所の所長の……」
「わ……わたくしめの事をご存知なのですか!? このど田舎生まれ、トカゲ育ちのわたくしめの名前を?」
リオはエレナ様が自分を知っていたことにいたく感激しているようだ……と言うより、今さらりと、とんでもない言葉が聞こえた気がするのだが。
「我が国が誇る稀代の天才の名前を知らない者は城内にいないと思うが……」
「そ、そんなぁ。天才だなんて、いや、それほどでも」
二人の会話を聞いていて、その場でひっくり返りそうになった。ヒューイはあの時「僕の上司と先輩」と言っていた。「副所長」はいたけれど「所長」はいなかった。立派な、分厚い、高級そうな本……。
私の困惑をよそに、二人は会話を続ける。
「エレナ様、貴女はミルカとお知り合いだったのですか?」
「それは私の方が聞きたいぐらいだ……細かい事を言うつもりはないが、彼女はれっきとした男爵家の令嬢だぞ?」
リオは私をチラッと見てから、満面の笑みをエレナ様に向けた。
「彼女は、私の部下の交際相手なんですよ!! いやあこんなご縁があるなんて驚きだな!!」
「ちょ、ちょっと、リオ……ゼーゼマン……所、長……?」
もうどこから突っ込みを入れ、誰に何を説明をすればいいのかわからなくなってきた。
「なんだって!? ミルカ、私たちの『恋人いない同盟』はどうなったのだ!?」
今度はエレナ様のテンションがおかしくなった。大変申し訳ないが、そのような約束をした覚えはない。
「エレナ様、特定の恋人はいらっしゃらないので!?」
リオはエレナ様の発言にしか興味がないらしく、私のフォローをしてくれる様子は皆無だ。
「え、え、え、あ、あああああああえっと」
「ミルカ!」
「エレナ様ーーー!!」
「騒がしい奴らだな」
キュピがエプロンのポケットから這い出てきた。
「あわわわわわわ、すみませんすみませんすみません」
「謝らなくてもいいが、連れてこい! 私が見極めてやる!」
「わかりました。それでは上司のわたくしめが、本人を連れて説明に伺います」
リオはいきなり真面目な口調になった。エレナ様は深く頷く。
「ああ。そうだな。どこの誰かは存じ上げないが、突然知らぬ女の前に連れてこられても困惑するだろう。ここは潔く二対二で面談と行こうじゃないか」
「ええ、ええ、もちろん! 職権濫用してでも引きずって参りますとも!」
私がぼやぼやしている間に、二人は約束を取り付けてしまった。
「大変な事になってしまった……」
「恋の予感か?」
「胃痛の予感しかしないよ」
夕方、大急ぎでヒューイに手紙を書いた。リオが上司ならちゃんと説明してほしかった。説明は省くが、何故かエレナ様の家に集合する事になってしまった、としたためる。
「まあ、すでに話はリオから聞いているだろうけれど……」
以前、ヒューイがエレナ様のファンなのではないかと疑ったことがある。しかし、この状況から察するに、エレナ様に興味があるのはリオの方だったらしい。なんだか騒がしい事になりそうだ……。




