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「……よし」


 今日は休みだが、一人で出かける。私はこれから精霊学の勉強に行くつもりだ。


 市民講座、つまりは趣味で勉強する人たちの集まり。


 知識格差に悶々としていて、しかしあまりにも初歩的な質問をする気にもなれず。たまたま城内の広報に載っていたのを見つけ、ちょうどいい具合に一回の体験コースがあったので、衝動的に申し込む事にしたのだった。


「ミルカ、今日はデートか?」

「違う。勉強しに行くの」

「なんのだ?」

「精霊学……」


 キュピはマジかよ、とでも言いたげに後ろにゴロリ、と倒れ込んだ。


「意味がわからん。どうして質問しない? なぜヒューイに聞かないんだ」


 喜んで何でも教えてくれるぞ──キュピの言動はごもっともなのだが、私にもちょっとした意地はある。


 教科書がわりの『13歳からの精霊学』を抱え、城下町へ向かう。座席は自由なのだが、手前の方には家族連れが多くいたので、最後列に陣取る。後ろから見渡すと大人も沢山参加していてほっとする。


 開始前に予習をしていると、ふいに声をかけられた。


「ミルカさん??」


 隣にやってきたのは、なんと研究所で知り合った女性、ツェツィーリアさんであった。


「どうしてここに?」

「それはこちらのセリフですネー」


「ちょっと、勉強しようと思いまして……」

「ナルホド?」


 講座が始まる時間が来たので私語をやめる。入室してきた講師に見覚えが……あれはムスタートさんではないか?


「……んんっ?」


 隣のツェツィーリアさんはニコニコしながら話を聞いている。これはいささか、世間が狭すぎるのではないか……。


 人間が集中できる時間はそんなに長くはない──と言うことで、間に休憩が入る。


「人に教えるのって難しいんですよネ! まあワタシはムスタートさんが見られればそれでいいのですが。この場合は聴くですかネ?」


 ツェツィーリアさんはけたけたと笑った。彼女はムスタートさんの事が好きで、こっそり講座に潜り込んだのだそうだ。


 なんと、そもそもからして、留学先で家庭教師をしていたムスタートさんと大人になってから再会して、異国まで追いかけてきたのだと言う。


 おととしこちらに移住して、読み書きは母国語と遜色ないが喋るのは若干訛りが残っているらしい。


 休憩時間にも関わらず、熱心な人は質問を続けている。あの人はとても面倒見がいい人なので、とことん付き合ってくれますよ。あんまり熱が入って、質問しに来た人が逃げてしまうくらい──と説明するツェツィーリアさんは、どこか遠い過去の事を考えているようだった。


「とは言っても、子供たちをかき分けて質問するのも若干恥ずかしいですネ。何かわからない所ありマシタ?」

「えーと、今日の分は……大丈夫、です」


 パラパラとノートをめくって考える。完全に理解したかと言うともちろん否だが、世間話のタネにする分には困らない、と思いたい。


「ヒューイには秘密にしておきますネ」


 自分に教わらないでムスタートさんの方に行ったと分かったら、きっと落ち込んでしまいますから──と異国の女性は悪そうな顔をした。


「そ、そんなつもりじゃなかったんですけど……」


「広報に載っていたから知らずに申し込んだんでしょう? わかってますヨ」

「はい……」


 ところで頼みがあるのですが……とツェツィーリアさんは真面目な顔になった。


「ワタシの代わりに質問して欲しいのデス」


「現状、素人すぎてなんの疑問も出てこないのですが……」

「ワタシだと当ててもらえないので」


 断る理由も特にないので、後半は頼みを聞く事にした。メモで指示を出すツェツィーリアさんはカタコトではないのでむしろそちらの方が私にとっては興味深かった。



 去り際、彼女はお礼として「ヒューイも今日休みらしい」と教えてくれた。研究所内の出勤表を見ればわかるのだそうだ。



「んで? この世界の真理には到達できたのか?」

「そんな内容じゃないよ」


 キュピはずっと昼寝中だった。遠回りして帰ることにする。何となく。話を聞いたからではないけれど。


 花祭りの第三会場が見える、植物の多い家。なんとなく、ヒューイの家を探してみたけれど、一軒一軒表札を確認していたら危ない人だし……。


 昼の時間はとうに過ぎてしまって、空腹を感じ始めたのでどこか適当な店にでも入ろうか……と考えたとき、キュピが鞄から這いずり出てきた。


「お前、ヒューイの家に行くのか? ならあっちだぞ」


 突然キュピは飛んでいってしまった……飛べたんだ、とちょっと驚きである。


 後ろをついていくと、一軒の白い壁の家が目に止まった。あざやかな緑のツタが絡まって垂れ下がっている。


 屋根は平らで、屋上があるようだ。洗濯物がはためいている。黄色いドアの前には、大小様々な植木鉢が所狭しと並んでいる。


 もしかしてここかな? と思い、表札に近寄ってみる。キュピが勝手に呼び鈴を引っ張った。


「こら!」


 もし違ったらどうするのだ。完全に不審者である。そもそも、ここがヒューイの実家だとしても、在宅かどうかなんて、わからない。


「ミルカ!?」


 聞き慣れた声に顔を上げると、ヒューイが屋上からこちらを見下ろしていた。やっぱりキュピは本物の恋の精霊なのだろう。


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