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「いやー、今日はうちのヒューイが申し訳ないっ! これはお礼の品。遠慮なく、売るほどあるから!」
午後も掃除をして、ようやく一段落ついたので本日は解散となった。
リオが渡してきたのは一冊の本だった。著者は……リオネル・ゼーゼマン。リオというのは愛称だったらしい。
「本を出しているんですか」
「そう! そして専門書だから売れない」
「本当に読むなら、副所長の本がおすすめデス! 布教しマス!」
ツェツィーリアさんがリオの本の上に重ねたのはムスタートさんが書いた本。
「13歳からの精霊学」と表紙に記されてあり、可愛い絵がついている。
「じゅうさんさい……」
「バカにしてる訳じゃないデスよ! この本には基本の全てが詰まっているんデス!」
リオの本よりとってもとってもすっごく売れていて翻訳だってされているんですから──とツェツィーリアさんは力説する。
「ヒューイの本はないの?」
「そんな本を出せるほどの実績があるわけでもなし……」
ヒューイは肩身が狭そうに笑った。二年目なので、人に自慢できるような実績は特にない……まあ、それが当たり前、だとは思うのだけれど。
リオは何かを思い出したようだった。
「前回の発表会の冊子が残っているだろう。それも足しとけ! どうせ余ってるんだから」
「いやー……面白くないし」
「せっかくだからヒューイの書いたやつも読みたいな」
そう告げると、彼は渋々一冊の冊子を持ってきた。論文らしい。
本とお土産のお菓子をまとめてもらう。ヒューイが送ってくれると言うので、並んで歩きながら寮まで戻る。
「今日は申し訳ない。掃除を手伝ってもらった上に、身内で盛り上がってしまって」
「部屋が汚いのはびっくりしたけど、一度片付けてしまえばあとはそれを維持するだけだし、途中でやめちゃうのも落ちつかないから」
「今日は楽しかったよ」
嘘ではない。変わった人が多い所だったけれど、皆親切だし、知らない世界を垣間見る事ができた気がしてなかなかに面白い体験だった。
それに、少しはテキパキしているところを見せられた気がするので、私としてはこのような過ごし方もアリだったなと思う。
「冊子、後で読むね」
ヒューイは無理せず、と言いつつも嬉しそうな顔をした。やっぱり、だんだん私たちは相互理解を深めつつある……と実感している。
「さて」
夕食と入浴を済ませて自室に戻り、さっそく件の冊子を手に取ってみる。
「……」
パラパラとめくってみる。前の方から、後ろの方から。挿絵? 図解? をじっと眺めてみる。
読めない。読めるけれど書いてある事が頭に入ってこない。知らない単語が出てきた。もうダメだ。
「……ごめん、ヒューイ」
ヒューイの論文を閉じて、リオの本に手をつける。表紙が布張りで、ものすごく高級感のある鈍器の様な本だ。
「……」
こちらも同じくらいわからない。あの黄緑の髪の毛をした人が書いた本とはとても思えない。そもそも何についての本なのかもいまいち不明だ。
キュピが近寄ってきて、器用に足でページをめくり始めた。
「なかなか情熱的な本じゃないか」
精霊の感性はよくわからない。しかしキュピが言うのだから多分それが正しいのだろう。
「うう……13歳……」
最後に『13歳からの精霊学』を手に取る。これで理解できなかったら結構恥ずかしいのではないかと不安になる。
わかっている。素人に10歳も13歳も18歳も関係ない。向こうは本職なのだ。馬鹿にしているつもりなんて、あの人たちにはかけらもないだろう。しかし、どことなく不貞腐れた気持ちになってしまうのは致し方ないことだと思う。
「……これでも結構難しいような気がする……」
「特別に俺様が質問に答えてやろうか」
キュピは最初に出会った時より一回りほど大きくなっている。体が態度の大きさに近づきつつあるのかもしれない。
「わからない所がわからない」
キュピのありがたーい提案を袖にして、本を机の上に置く。
エラがお風呂から戻ってきたので、彼女にも読ませてみる。
「うん、さっぱりわからない」
「だよね!?」
エラは裏表紙に書いてある『定価』を見て顔をしかめた。その件については、私も見てびっくりした。専門書というのはとても高いらしい。
私の友人は物言いの割には律儀な性格なので、一応全ての本に目を通してくれる。
「かー。これ本当にあの人が書いたの。やっぱりああ言う人たちって見えてる世界が違うんだろうね」
見えてる世界が違う。ちくりと、その言葉が胸に刺さる。
エラには悪気がないのだろうが、ほんの少し、近づいたはずのヒューイが遠くなった気がした。




