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「部屋が……散らかっている」


 何だ、それだけか。と思う。もっととんでもない事実が明らかになるのかと覚悟したのに。


「なら、お昼まで掃除でもする?」

「え……いいの?」

「きっと私の方が掃除は得意だと思う」


 私の言葉を聞いたヒューイは大げさなぐらい、ほっとした様子を見せた。


「命拾いしましたネー」


 ツェツィーリアさんのからかいを背に『現場』へ向かう。


 ヒューイ曰く共用部分はきれいに使うが、自分のスペースなら別にいいかな、だそうだ。散らかっているのと不潔なのはまた違う話だ、と力説するのを聞きながら廊下を進む。

 

「でも、そう言う人ってどこに何があるかわかっているから、ごちゃごちゃしていても大丈夫って言うよね」


「……そうでもないかな」


 ヒューイは研究室のドアを開けた。


 中は予想の5割増しほど物が散乱していた。何しろ、床があまり見えていない。


「……」


 おおっと、これは。と口に出しそうになったが、こらえる。


「掃除しなければと感じてはいるんだ」

「考える事が多くて……見せなければいいやと思っていたのに。リオが……あの裏切り者」


 ヒューイはうめきながら言い訳をした。しかし私はメイドなので、掃除には慣れている。


「これも何かのきっかけ。やるしかないよ」


 私たちは掃除をすることにした。共同作業……と言うやつだ。



「まず床に落ちてるものを集めよう」


 書類や実験器具に触れるのはまずいので、私は床を片付ける事にする。


「洗濯物はどこに?」

「ええと、一階に洗濯の受付があるから、この大袋に洗濯物を入れて……」


 カーテンを取り外し、窓を開ける。ひとまず本を一カ所に集める。


 落ちていた箱を拾い上げ、捨てても良い書類、とりあえず取っておく書類に仕分けてもらう。裏が白いものはメモにするのでまた別の箱。


「私が大まかにやるから、ヒューイは大事な物を片付けてね」

「了解」


 私も別段綺麗好きと言う訳ではないが、それでもこれは「自分の領域」だ。しっかりした所をここで見せつけてやる、とやる気が湧いてくる。

 

「ねえ」


 振り向くと、ヒューイは真剣な顔で万年筆の試し書きに勤しんでいた。

 

「……」

「……ごめん」


 気持ちはわかる。それをなんとかしたい気持ちはわかるけれど、今すべきはそこではない。


「やってるかー?」


 沈黙を遮るように、リオがひょいっと顔を出した。活動的な人である。


「すみません、もし下に行くことがあれば、このカップ類を流しに運んでいただきたいのですが……」

「いいぜー」


 部屋には飲みかけのコーヒーがこびりついたカップがいくつもあった。大量のハサミ。封が開いて何も入っていない封筒。ペンのキャップ。何かの蓋。本。本。本。


「おい、多分それ悪手だぞ」


 リオが私の肩越しに、ヒューイに向かって声をかけた。嫌な予感に振り向くと、ヒューイは本棚に本を並べようとしている……が、丁寧に分類していたのだった。掃除が苦手な人によくある現象と言える。


「とりあえず全部入れちゃって」

「はい」


 ヒューイを責め立てながら、戦いは続く。ここが私の戦場だ。



「やっと床が見えてきた……」


 タイルは灰色にくすんでいる。


 一旦、床掃除の道具を借りるため階下に降りる。外の倉庫に行かなければいけないらしい。


 ぐるりと建物を回っていくと、裏庭に研究所の制服を着た白髪の男性が立っていた。


「おや。あなたが例のお嬢さんですか」


 振り向いた男性の目は赤だった。


 自分がされて散々嫌だったこと──「ちょっと変わった箇所」に注目されるのは望ましくないと分かっているのに、私はその男性をまじまじと見つめてしまった。


「先ほどはお出迎えできず申し訳ない。私はここの副所長をしております、ムスタートです。よろしくお願いします」


「ミ、ミルカと申します。失礼しました」


 遠目で見るよりは若いけれど、歳の頃は30代の中盤だろうか。足元で黒いウサギが草を食んでいる。


「ところで、こんな所でどうかなさいましたか」

「掃除用具を借りに……」


 ムスタートさんは「ああ……」とため息をついた。


「彼は真面目なんですが、どうにもあれだけは。きちんと対価はもらってくださいね」


「いえ、普段からお世話になっていますので」


 そう返事をすると、ムスタートさんはふっと微笑んだ。ウサギはまだ彼の足元にいる。ふと気になって、尋ねてみる。


「この子は本物のウサギですか?」

「黒い方はそうですよ。白い方は精霊ですね」


 私は首を捻った。どうやら、黒いウサギの周辺に何匹かいるらしい。研究所の人が嘘を言うとは思えないので、やっぱり私は基本視えない部類の人なのだな、と改めて感じた。


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