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「よろしくお願いします」


 そう返事をするだけで精一杯であった。裏表のなさそうな人だ。呼び捨てでいいと言うなら、そうした方が良いのだろう。ちらりとヒューイに確認すると、彼は静かに頷いた。


「まだですか? ヒヨコちゃん見たいデス!」


 後ろからさらに女の人が現れた。こちらも、あまり見かけない褐色の肌に濃い紫のロングヘア。背が高くて、とても色っぽい感じの人だ……。


「ワタシも恋の御利益にあやかりたいデス!」

「わかるわかる」


 二人ははしゃいでいる。多分……キュピが来るのをものすごく楽しみにしていたのかな。


「僕の上司や先輩にあたる人たち。普段からこんな感じだから、あまり深く考えなくていいと思う」


 なるほど、こんな感じの人たちに囲まれているのならば私の瞳の色なんて「些細なこと」になってしまうに違いない。


「俺たちの説明はしなくていいから! 早く!」


 建物に入り、会議室のような大部屋に通される。すでに何人かがそこに待機していた。


「それでは、皆様を代表して俺が」


 リオがぺろり、と籠にかけられたナプキンをめくると、キュピはむっつりした顔でハンカチの中にくるまっていた。毛がぶわりと逆立っている。


「うわ、怒ってる」

「罠にはめられた!」


 ヒューイが言うには、貸してくれたナプキンには「精霊が心地よくなって離れ難くなる効果」があるらしい。


「ワタシの入れた紋章がこんなに効果あるなんて驚きデース」


 女性はツェツィーリアさんと言うらしい。とても異国的な雰囲気の方である。


「人さまのお菓子を勝手に食べたのはそちらでは?」

「供え物だと思った」


 リオはかごの中のキュピをつまみ上げた。


「お前らにモテない呪いをかけてやる」

「ざーんねん。俺は元からモテてませーん」


 リオはキュピの脅しに全く動じていない様子だ。見た目より肝が据わっているらしい。


「はいキュピ様。精霊樹の花の蜜あげマス。なのでワタシは呪わないでくださーい」

「むっ……」


 キュピは甘いものの誘惑には勝てなかったようで、大人しく蜜を舐めはじめた。


「すべての精霊は精霊樹の花からこぼれ落ちるといわれている。赤ちゃんが飲むミルクのようなものだね。人間が舐めてもただの蜜にしか感じないそうだけれど……」


「へえ……」


 世の中には自分の知らない事も色々あるのだ、と一人納得する。


 研究所の人々はキュピの体重を量ったりスケッチを始めた。


 キュピはチヤホヤされてまんざらでもない様子だったので、すこし遠巻きに見守る。


「……盛り上がっているね」

「ああ」


 私たちにとってのキュピはもはやあまり珍しくない存在なのだが、出るところに出ればそうではないらしい。


 そっとその場を離れる事にして、建物内を案内してもらう。もちろん、部外者が入っていい所までだけれど。


「あっちが僕の研究室……」

「個室があるの?」


 まあ……とヒューイは言葉を濁した。


「どんな感じ? 壁が全部本棚で、その前にも本が積まれてて、書類でぐしゃぐしゃな感じ?」


 ヒューイは私のありきたりな妄想に、ほっとした様子を見せた。


「あ、ミルカから見た研究者の印象ってそんな感じなんだ」

「ヒューイについてそう思っている訳ではないけれど……」


 字もきれいだし身なりもきちんとしているし、部屋を散らかしそうな人にはとても見えない。


「……」

「どうしたの?」


 ヒューイは笑顔を顔に貼り付けている。


「……何でもないよ」


「おーい! ヒューイ、どこ行った~!? 飯の出前するから早く戻ってこーい!!」


 リオの叫びが聞こえた。食事に行く暇がないので全員で出前を取ろう、と言う話になったらしい。


「そういや、例の事バレたのか?」


 何気なく呟かれた言葉。


「……例の事?」


 ヒューイを見上げると、彼は「あちゃー」とでも言いたげな顔をしていた。


「多分、リオが言わなければバレてなかったデスねー」


「な……何? 例の事って……」


 ヒューイは一体、私に何を隠していると言うのか。詰め寄ると、観念したように口を開いた。


「……部屋が汚い」


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