第五十八話 禁句
半角スペースは認識されないのですね……。
「まぁ、特に面白い話でもないから気にするようなことじゃないよ」
「意味ありげに言われると誰だって気になるって」
「にゃははー。でも、一つ言えるとしたら、僕がいなかったらディマ死んでたよ?」
し……死んでた?
一体何やらかしたんだアイツは。いつものことと言えばそうなのだが。
「ちょっとは感謝してよね?」
「感謝しろと言われても……覚えてないし……」
「ですよねー。覚えててもらっちゃ困るからそれでいいんだけど」
ジャーダは机に腰掛けると、子どものように足をぶらぶらさせてヒューヒューと口笛を吹いていた。
全く、相変わらず面倒な奴だな。飽きたら話を放り投げるんだから。
そんな話をしているうちに、体調が良くなっているのを実感した。先ほどより吐き気もないし、眩暈も和らいできた。
甘草は嫌いだが、確かな効果があるな。
「おや? メルクリオの髪留めだ。忘れるなんて珍しい……」
ジャーダが机に置いてあった髪留めを手に取り、くるくる回しながら眺めていた。
「これがないとまずい気がするけど……」
「まぁ、高い代物だろうしな」
「それもそうだけど、これはメルクリオがメルクリオであるための証みたいなものだからね」
あからさまに意味深長な言葉を吐く。
……そんなに僕の気を惹いてどうするつもりなんだ。
やはり、敵側に情報を提供しているのはジャーダなのか? 案外立ち回れそうだしな。
アルジェントで内部闘争でも起こして滅ぼそうとでもしているのか。
「この髪留め、大人になった時に作ってもらったものなんだよね」
「そうなのか。あまり見る機会はないが」
「これ、魔力を保管する役目も担っているんだよ。それと、彼であるユニークを付与してるんだ」
「ふーん……? 杖と似たような感じだな」
「ほんと、メルクリオの瞳のような宝石さ。ヴォートと同じくらい愛おしい――」
そう言った途端、髪留めから水銀が溢れ出し、みるみるうちにそれはメルクリオの姿へと変貌した。
だが、右腕が明らかに人のそれではない。禍々しい形をした鎌であったのだから――
明確な殺意がひしひしと伝わってくる。この張り詰めた場は、グランディの技よりずっと皮膚に刺さる感覚がある。
「その名前、聞き捨てならないな」
「えー? 何を今更」
間髪入れず首めがけ、弧を描くように鎌を振り回した。
当然のように素早いジャーダはかわしていく。的確に、軽々しく。
「鈍ったねメルちゃん? 僕はただ兄弟の名前を言っただけじゃないか」
「兄弟? 誰が兄弟だと――」
鎖鎌のように水銀をしならせ、足首を狙って裂こうとしている。
メルクリオは怒っている、というより至って冷静な様子に見える。
直感的に気味が悪いと感じた。なぜだろうか……。
この距離だと巻き込まれかねないので、いつでも逃げられるようドアの近くに退避する。
こりゃ、僕じゃあ止められないな。なぜその名前で気が触れたのか分からないし……。下手に突っ込んだら僕が死んでしまう。
「あぁ、ヴォートは死んだが、メルクリオは――」
「今回は敵か? それなら殺しておしまいだな」
「ディマにも言ったけどさ、ちょっとは僕のこと信じてよね? そうそうアルジェントを売ったりしないさ」
「……またそのパターンか」
話がまるで噛み合っていない。いや、彼らの中では噛み合っているのだろうか。
「……うーん? まぁ、信じなくてもいいけどさ。僕は尊敬しているよ」
その刹那、メルクリオの動きが止まる。意外だったのか、不思議そうな顔をしながら何やら考えているようだ。
そして、軽く口角を上げると、水銀をロープのようにジャーダの腕に絡ませ強引に引き寄せた。
「その名前、二度と口に出すな。俺も信用しているからな」
そう言うと、瞬く間にメルクリオの実体が崩れ水銀だまりになってしまった。
ジャーダは今の出来事にしばらく硬直していたが、ふと僕の顔を見やると困り果てた表情でただ笑っていた……。
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