第四十話 災いをもたらす者
「じゃあ生きているのか?」
「それは分からんね。だが、殺さなかったのは事実だよ」
……なんでそんなことを知っているんだ?
こうやって給仕として動かしているあたり、オスクリタから信頼はされているとは思うが。
「そりゃオーロの血を持っていたものだったからねぇ。殺したくはなかったんでしょう。処刑される前にその子の母親の話を聞いてね、『あぁ、なんて慈悲深いお方なんだ』と思いましたよ。『必ずや、この子を立派な魔術師にする』って仰ったようですから」
「……その両親は誰なんだ? オーロと何の混血だ?」
「ほっほっほ。それは秘密じゃ。陛下に聞いてみたらどうだい?」
そこを教えてくれなかったら意味がないじゃないか。
あの言いぶりじゃ元になった子供の名も誰だか知ってるよな。
境遇的に僕でもおかしくなさそうだが、まさかそんなわざとらしい話はしないだろう。
「……陛下はひどくその子を気に入っていてねぇ、今でも監視を付けて見守っているんだよ。心配しているだろう」
「……と、いうことは生きているのか。しかし、病的なストーカーだな」
「あらら、私としたことがうっかり口を滑らせてしまいました。年を取るとやらかすことも多いもので。けど、今のは独り言ですから何も悪いことは言ってないですね」
「ストーカー野郎はそこまでして何がしたいんだ?」
「さぁ……? 私の管轄外なので分かりませんよ」
「……知ってるくせに」
不貞腐れてそっぽを向くと、ツボに入ったのか高らかに笑いだした。
「あっははははっ。陛下は意味のない行為は一切しませんから。案外合理的な人間ですよ。その子はこの世界を変容させるほどの力を持っている、ということだけは言っておきましょうか。デリットはそういう意味では罪深いのかもしれない」
「デリット……発音的にはオーロかアルジェントだな。オーロの方が父親なんだろうけど」
「読みはいいと思いますよ。合っているとは言いませんが」
「つまんないやつだな。どうせ死ぬんだからストーカー野郎の秘密の一つや二つ教えてくれよ」
ペルマはその言葉を待っていたかのように飛びついてきた。
「陛下は生まれた時からいわくつきでしたからたくさんありますよ」
こんなに食いつかれるとは思わなかったので少々たじろぐ。
女というものはよく分からない生物だ。神性の異常なる高さゆえか、愚痴るために生きているのか? 下手に近づきたくないね。
「陛下は言葉をもって生まれてきたんですよ。これから起きる良からぬことを喋りだして、その通りのことが実際に起きるのです」
「……つまり?」
「『災いをもたらす子』として煙たがられていました。陛下は次男でしたから本来国王になる予定ではなかったのですが、2歳の時に『お兄ちゃんが死ぬ』なんてことを言ってしまいましてね。――あとは、お察しの通りです」
……何だよそれ、初めて聞いたぞ。
下手な予言者なんかよりずっと怖いじゃないか。
それとも、影武者的なものがいて殺しているのか?
「そういった歴史は闇に葬られるものです。歴史書にも載っておりませんから。この事件がなければ陛下は本来3歳で殺される予定でした」
「へぇ……強運な野郎だ」
「5歳頃からそう言ったことを言わなくなって平穏が訪れたのですが、国王として君臨する際に一つ我々に忠告したんですよ。『このままでは国が亡びる』と」
……現に亡びそうではある。あの異常性癖を放っておいてはいけない。
それともやらなきゃいけない理由があるのか?
あぁ、全然理解できない。常人には無理だ。
「彼がやる政策は常に先手を打っているような感じがします。もしかしたら、先天的に未来予知ができるような能力を持っているのかもしれませんね」
「そんなの寓話の中だけだ。馬鹿馬鹿しい。もし、アイツにその能力があったらペルマはここに来てないと思うぞ」
「……それもそうですね。夢を見すぎました」
ペルマは壁に手を付きながら重い腰を上げると、去り際にこんなことを言った。
「――夢は見れるうちに見た方がいいですね」




