第二十九話 キャンドルマジック
集中しているうちに光の筋が交わり、一つの線になる。
その光をそっと無意識の中に飛ばすと、次第に自分の身体に熱を帯びていくのを感じ取れた。
これで精神の調和を図れたことになる。
「……さてと」
ゆっくりと目を開き、ベットに座っているアンヴィの方を見た。
……彼女はすやすやと寝息を立てていて完全に寝落ちしている。まぁ、子どもにとっては退屈なものだから仕方ないか。
魔術はここからが本番なんだが、起こすのも可哀想だしこのまま続けよう。
徐に懐から魔術用のナイフを取り出す。
柄にはアイオライトがはめ込まれており、銀色に鈍く光るブレードにはヘブライ語で「秘儀を我が手に修めよ」と書かれているらしい。ランポが書いたから読めないのだが。
ちなみに、普段使っている短剣は戦闘用の物で、あくまでも非常時に使うものである。
そっとナイフを煙にくぐらせ、すぐに十字を切った。
問題なのはこの後だ。魔術師兼魔法使いとして何十年もやってきたが、いまだに慣れないことの一つである。
深呼吸をした後左の袖をまくり、腕の内側に刃を当てる。
魔術のために使用する血を採取しなければならないのだ。鶏で代用は出来るとはいえ、効力で言ったらやはり人間の血を使った方が幾分も違う。
他人の血を見るのは慣れたものだが、自分の血は何か忌避感のようなものを覚える。
大丈夫だ、死にはしない。何百回とやっているのだから――
――すうっと一直線に刃を下ろす。
浅くやったつもりであったが、傷口から滴れるほどの血が出てきてしまった。
い……痛い。紙で手を切るより5倍は痛い。
だが、悶絶している暇はない。ナイフで血を掬って蝋燭に願い事を刻み込まねばならないのだ。
願い事……それは「アンヴィに害を為す魔術を撥ね退ける」こと――
多少簡略化して刻むが、効力はさほど変わらないはず。
「……んぅ? ……ディマ?」
このタイミングでアンヴィが起きてしまった。
まずい……ということはないが、勘違いされかねない。
「ア、アンヴィ、今プロテクションの魔術をかけているんだ」
「……ぷろてくしょん? あれぇ、ディマ血が」
「これは必要経費だ。気にしなくていいよ」
「いたい?」
「痛い……けど、治るから」
アンヴィは不思議そうな顔をしてこちらを見つめる。
「とりあえず、座って魔術を見ていようか、ね?」
「……うん」
……騒ぎ立てられなくて良かった。泣き出したりしたら一連の作業が無駄になる。
出血も止まったので、再び魔方陣の中に入り目を瞑る。
今度は瞑想ではなく、ひたすらに願いを心の中で唱え続ける。
これは気が済んだらいつでもやめていい。いつも体感20分くらい行っている。
そういえば、月が欠けている時期に増幅の魔術をやってしまっているが……緊急性があるからいいよね? ボイドタイムとも重なってなかったはずだ。
*
「……よし、終わり。どうだいアンヴィ、これがキャンドルマジックというものだ」
「うーん、つまんない。もっとじゅもんとなえてー」
「そういうのは深夜にやるものだからね。五芒星儀式をして部屋の聖別をした後に魔術を行うんだ」
「……よくわかんないけど、たのしそうだね!」
アンヴィは立ち上がると、ベットの上でぴょんぴょんと跳ねだした。
ほんと、子供はよく分からないな……。可愛いから許すけど。
「ねぇねぇ、きょうやってー!」
「今日? で、出来たら……やってみるか。ただ、黒の方だけど」
「やったやったー!」
そのまま勢いで僕にぎゅっと抱きついてくる。
子供の独特な甘い匂いが包み込む。
あぁ、このまま時が流れなければいいのに――




