第二十八話 瞑想1
「……じゃあ、そういうことなので。失礼」
アンヴィと手を繋ぎ、足早に物見やぐらから去っていった。
……長居したら、何か嫌な予感がする。僕の直感がそう言っているんだ。
「全く、相変わらずディマは察知する能力が高いな。新しい薬の実験体にしようと思ったのに」
「あー、あれ? 偶然できた惚れ薬のこと?」
欠伸をしながらジャーダが返答した。
「……あぁ。魔術的要素を一切使わずにできた妙々たる逸品だ。ぜひとも彼に――」
にやけながらランポは小瓶に入った白い粉を眺めている。
ラベルには『愛欲の罠』と書かれていた――
*
「ディマー、まじゅちゅおしえてー!」
部屋に戻るや否やアンヴィは元気そうにベットへ飛び乗り、毛布を被ってアピールしてきた。
遊女じゃないんだから、何もそんなことをしなくても……。
「魔術は、教えるとなると何十年とかかるものだからね。生半可な気持ちじゃできないよ?」
「うん、がんばる!」
「気力だけでは出来ないんだけどな……」
――魔術を行うにあたって一番重要なものは何か。
それは『知識』である。知識がなければ喚起することもできないどころか、自分を操ることさえできない。
そして、導入のための『道具』。究極的にはなくてもできるが、それは存在しないに等しい。相当な集中力と素質を兼ね備えていない限りは……。
「ディマはまじゅつできるの?」
「そりゃあ、もちろん。魔術ができなきゃ魔法は成り立たないからね」
「へーすごい! 見せて見せてー!」
毛布をわさわさ動かしておねだりしてくる。
……魔術は基本的に人前でやってはいけないんだけどな。まぁ、講義と思えばいいのか。
一呼吸置き、アンヴィに向かって軽く微笑んだ。
「……じゃあ、基本中の基本を見せてあげよう」
机の裏に隠してある魔方陣の描かれた1.5m程の黒い布を取り出した。
金色で様々な文言が書かれている。
「あとは……蝋燭と香炉か」
羊皮紙のような色合いの蝋燭を取り出し、さっと魔法で火をつける。
こういうときだけは自分の魔法に嫌悪感を抱くことなく放つことができる。
実際、全ての属性の魔法を扱えるのは便利だからな。
手際よく香炉を取り出し、適当に灰を敷き詰める。
そして、ジャーダから貰ったハーブを蝋燭で火をつけた。
「わぁ……いい匂い」
「コイツは『プロテクション』と呼ばれるお香だ。……僕は詳しい内容物を知らないけど」
魔術で使われるお香は派閥や嗜好によって異なる。
それに、同じ血族でも分量はおろか何が入っているかも教えてはくれない。
「アンヴィ、今から絶対に喋っちゃいけないよ。儀式にノイズが入ると集中できなくなっちゃうからね」
「わかった! おしゃべりしないね」
手で口を押えて喋らない意思を僕に見せる。
いい子だアンヴィ。今すぐ撫でてあげたいくらいだが、気が逸れてしまったら魔術が成り立たなくなってしまうから我慢我慢……。
香で聖別した魔方陣の上に胡坐をかくようにして座り込み、へその辺りで手を組む。
そっと目を瞑り外界の情報を遮断すると、静かに瞑想し始めた。
プラーナ呼吸法で呼吸を整え、身も心も空に――
雑念が入れば一瞬で崩れてしまうほど脆いものである。
だが、魔術において瞑想ができなければ事が始まらない。
僕は暗闇の中、仄かに光る光を見つめながら無に浸っていた。




