酸っぱい怒りの葡萄 W【防御する】→【選択肢1】→【選択肢2】
ヘンペルのカラスの更なる分岐。田中が戻ったら、のお話です。
【2人が着いてこない。まだあの場に居るのか? それならば戻らなくてはならない】
『神経質』
「……神経質で悪かったな」
田中は独り言をつぶやくと、思い直したように踵を返す。戻ってみると、茶雀とカルマはまだ鳩羽の部屋の前に立っていた。
2人は何事か会話していた様子だが、こちらに気が付くと茶雀が露骨に顔を歪めてくる。
「……また来たんですかあ? どうしてそう、人の安眠妨害をしたがるのか……」
茶雀はぶつくさ言う。その時だった。ぐらり、と茶雀の身体がふらつく。
「っ、平気か!?」
咄嗟に田中が身体を支えたが、茶雀の応答はない。田中が腕を回す。
「寝ぼけているんじゃないだろうな……? 取り敢えず、部屋まで送るから歩け」
答えは返ってこない。田中は軽い溜息を押し殺し、カルマと一緒に茶雀を部屋まで送り届ける事にした。
「はあ……ったく、意識が朦朧とでもしているのか? ミステリーには都合が好い身体だな」
「人体とはそういうものですから、茶雀さんもそうなんでしょう」
達観したカルマの言葉に田中が眉間に皺を寄せるが、カルマが申し訳なさそうに眉間に眉を寄せて謝ってくるので、平静を取り戻す。
結局、カルマが茶雀の懐から鍵を取り出し、部屋を開け、田中が彼の身体をベッドまで運び入れた。
ベッドに寝かされた茶雀は意識があるのかないのか、傍から見ると分からない状態だ。目を開けてはいるが、ぴくりとも動かない。
「……それにしても、意外だな。部屋の内装を気にするようなタイプだったとは」
部屋の中は赤と黒を基調としたロック系のテイストを呈したインテリアになっている。
「田中さんは、手を加えていないんですか?」
「寝るだけで事足りる。あんな部屋、長く居座る者の気が知れるな」
「……この画だけは異質ですね」
カルマが一枚の画の前に立ち、画を見上げている。田中もそちらの方を注視した。
其の画は黒味を帯びた錆色の額縁に彩られていたが、田中には画とは不似合な飾りだと感じられた。
画には湖で水浴びをする青年の姿が中央に描かれている。皮の衣を身に纏い、鳶色の髪を持つ青年は着衣の侭で後姿を晒しており、湖の中独り立ち尽くしていた。
湖は彼の存在に心を揺らし、波紋している。水面に映り込む彼の髪は鮮血に濡れており、ゆらゆらと揺れるシルエットは人の形を保たない。その揺れ動くさまはまるで血液が舞い踊るようだ。
【独りの兄弟】
「……サインは無いようだな。誰の画だ?」
「額縁を見た印象ですが、個人が趣味で描いた物だと思います。パッと見たところ、ダブルミーニングみたいですね」
「ああ。作家の背景でも知れば3つも4つも見てとれるかもしれないが、僕の不得手とするところだな。
茶雀がこの部屋をコーディネートしたとするならば、この画は趣味なのか、元から部屋にあったのか……微妙なところだ」
田中はふとテーブルの上に置かれた赤みがかったオレンジ色のスケッチブックに目が行く。
好奇心は猫をも殺すという諺が頭の片隅を過ぎるが、厭な予感を抱いたからこそ田中は遠慮なく手に取った。
「……想定内ではあるが……見て正解と言うべきか……」
「あの、田中さん?」
「見ないほうがいい」
田中はテーブルの上に戻すが、カルマが奪い取るように掴みとって頁をめくり、すぐにテーブルの上に戻した。
「早く出ましょう」
カルマは足早に部屋を出て行き、田中も続く。扉を閉めた2人は、書庫に戻る気になれず、娯楽室へ赴いた。
「……ふう」
動揺から無意識に甘いココアを淹れてしまった田中だが、カルマの方を見ると彼は気にした様子もなく珈琲を啜っている。砂糖もミルクも入れていないようだ。
「どうかしましたか」
「あ……いや、ブラック飲むんだな。子供だと、苦くないか」
「野菜の甘さは苦手ですよ。それに、たまにはこういう物も飲みたくなる」
田中が無言でカルマを見下ろしていると、珈琲に目を遣っていたカルマはにこっと笑い返して言葉を続けた。
「――眠気覚ましにはピッタリですから。田中さんのは、カフェオレですか?」
「あ、ああ! そうだ。普段はブラックを飲むんだが、近ごろカフェインの摂り過ぎは控えるべきだと思ってな」
うっかり油断して口に入れていたココアを慌てて飲み込み、田中は緩みかけた頬を引き締めて何て事のないように答える。
「ふふ、飲み過ぎると気になりますよね。俺も普段はかなり薄めて飲むんですけど、兄上からは『貧乏くさい』と窘められてしまって……だから、こういう時ぐらいなんです、好きな物を好きな時に呑めるのは」
カルマは左手に手にしたカップに目線を落とす。マグカップの中はたっぷりとなみなみに注がれた珈琲が表面張力で保っている。確かに、行儀はよろしくないなと田中は心中で呟いた。
「それにしても、随分と黒々しいな」
「こんな時に健康を気にしたって、死ぬときは死ぬだけでしょう?」
カルマは力のない微笑を口端に浮かべ、吊り上げる。自嘲めいた眼差しは相変わらず、光の射さない暗闇を見下ろしていた。
(幼いのではなく、若い。それでいて老熟した諦観さを兼ね合わせている。不思議な少年だな。上流階級だと、拗れに拗れた人間関係を幼少期から体験するのだろうか。僕は“普通”で良かった)
「……気を付けるのは、愛すべき凡人だけで良い」
「何か言ったか?」
「独り言です。そういえば、此処に来てからは本当に太陽の光や星々の光、月の光の恩恵がどれほど素晴らしいものだったか、心から実感しますよ」
カルマは堅苦しいネクタイの結び目を指に引っ掛け、緩めながら自虐的なトーンを続けながらも話題を転換する。田中は人生の先輩として大人しく乗った。
「本当にな。僕もこれほど、箱庭とコンクリートを忌々しく思った事は無いよ。帰ったら上弦の月や川のせせらぎ、梟や蟋蟀の鳴き声など風流を楽しもうと思う」
「きっと、昨年の十倍は楽しめますよ。今まで、どれほど月明かりに助けられていたのか……失くしてから、解るものなんですね」
(眠れなければライトスタンドの光を点ければいい。そう言いかけて、口を噤んだ。彼女に空気が読めないと棘を刺されそうで。……莫迦だな、僕も)
「……アレックスさんはどうだったんでしょうね」
カルマは瞼を閉じて、顔を上げる。向いた先は天井の照明。だが、瞼を開かなければ感じるのは目映い光だけだ。
「アレックス?」
「ただの勘で、憶測ですよ。現時点では絵空事です」
何を知っているのか――問いかける前に水をかけられたような思いになって、田中は黙り込む。
そんな田中の微妙な心境を知っているかのように、カルマは申し訳なさそうに苦笑した。
「すみません、田中さんを目の前にすると俺は口が過ぎるようでして」
「いや。僕自身、話す方はあまり得意ではないからそう言ってもらえると嬉しい。聞き役にしかなれないが、何時でも話に乗るよ」
「俺も普段は聞き役なんです。俺は口下手な方ですから、お蔭で親には多大な迷惑を蒙ってもらっています。友人は社交的で物を知っていて、俺と違って何でも出来るんですが」
カルマは普段と比べ、幾分か弾ませた声と朗らかな顔で語っている。彼の少年らしい一面を垣間見た田中は、先程の印象を取り消した。
「君だって物知りじゃないか」
「いいえ。俺は厚顔無恥な人間です。近くに聡明で慧眼な親友を持ちながらにして、精進を怠り続けた。
俺は言い訳の得意な狐と同じだ。だから、天罰が当たったのでしょう」
カルマはまた天井を見上げ、けれど今度は目蓋を開いて、ただ光を見つめている。
「酸っぱい葡萄だと決めつけた狐は、自覚すらもしなかった。その時点で、君と狐は異なる視点を持った生物だよ。
そう己を卑下する事は無い。これからの君は後悔や嫌悪よりも、前向きな逃避と努力をすべきだ」
「まだまだ君は若いのだから、ですか?」
カルマは悪戯っぽい光を眸に宿し、口角を上げながら意地悪く眸を窄めて尋ねた。
それでも彼の表情や仕草には気品と優雅さが自然と佇んでいて、それが只者ではない気配を強く胸に刻ませる。
「……すまない。説教臭かったな。これでも気を付けているつもりなんだが……」
それまで両腕を組んでいた田中が後頭部に手を遣って目を伏せると、カルマは笑いながら珈琲を飲み干す。
「――ふぅ……。御馳走様でした」
淹れてくれた田中にお礼を言ったカルマは席から立ち上がり、洗い場へ向かう。
田中はそこで思い出したようにカップを持ち上げ、ココアを口に含む。彼のココアは冷めかけていた。
(思ったより、僕は熱中していたのか。好奇か? 警戒か? 好意か? 敵意か? ……あるいはそれら全てだとでもか?)
「……あのスケッチブックには、【キリスト磔刑図のための3つの習作】が37枚も模写されていた」
カルマはネクタイを何時ものように締め直すと、戻ってくる。田中は訴えかけるように手の平を広げ、カルマに語りかけた。
「其れ以外の絵はすべて、フランシス・ベーコンに影響された創作だ。スケッチブック63枚もの画用紙が、だ!」
「…………」
カルマは田中の言葉を待っている。そこに、田中に対する言葉のリアクションは一切無い。見られないという眼前の現実に、田中の肌がぴしゃりと冷えた。
肝がぞくぞくと震えると同時に胸奥から熱い闘争心が湧き起こってくる。愉悦が首をもたげ、こちらに手招きしている。
彼らはこの世界において求められるものを察し、理解している。心の栓が打ち震えるような、魂の戦いが鼓動するのだ。
疑い、騙し、信じ、選び、潰し、最後には誰かが笑う。疑われ、騙され、信じられ、選ばされ、潰され、最後には誰かが死ぬ。
今まで眠っていた本能が抉じ開けられるような、独特の不快感と血液が沸騰するような熱エネルギー。嫌いじゃない、と田中は心の奥底で笑った。
「例え――何かが起こったとして。その時、君は彼が殺したのだと“信じる”か?」
カルマは田中の言葉を聞き終えた途端、くるりと踵を返して背中を向け、扉へと歩き出す。後姿のせいで、表情は読み取れない。
「焼き鳥か焼き肉か焼き豚か――」
平坦な声色からは、脚本の台詞を読み上げているような無機質さばかりが感じ取れる。
「――彼の好きな物って何だと思います?」
「……食い物なら、何でも好きだろうな。それが君の答えだというなら、僕にももっと解釈できる言い方をしてもらいたいのだが」
「信じません」
それより、とカルマは言葉を続ける。腕や肩の筋肉が強張り、田中の脚は後ずさりかけるが、意識が踏ん張ろうとした。
「俺も甘い物は嫌いじゃないんです」
扉に手をかけたカルマはそう言って、静かに振り向き、柔和に微笑む。
「今度はアレックスさんに洋菓子を作ってもらって、一緒に摘まみましょう。きっと、アレックスさんも鶸柚さんもお喜びになられますよ」
「……どうせなら、心の中に仕舞っておいてくれよ」
非難がましく言う彼は顔の半分を右手で覆い隠し、うらみがましそうに扉をにらんだ。
(――……まったく、恥ずかしい……)
爺さんと若者を足して2で割ったような性格の持ち主に対し、次はこうはいかないぞと田中は密かに誓ってやるのだった。
夕食の時間。鳩羽は姿を現さなかった。それまで悠長にしていた面々も「寝坊助もそろそろ起こしに行かないと」と言いだす。
「だいじょうぶですよぉ。おれが食堂は使えないって言っておきましたからぁ」
「食事摂らなかったらまた倒れちゃうじゃんかー」
「ハトさん、食料はたんと自室に持ち込んでるんですう。だから、それで凌ぐって言ってましたよぉ? まだ、あまり体調が良くないようで……心配でしたら、明日の朝にでも訪ねて行ったらどうでしょう?」
「それもそーね。病み上がりだし、そっとしとこうか。そうと決まれば、酒だ酒ー!」
「海松、未成年者の前だよ。日本は飲酒の法律が二十歳からなんだろう? ところで、どうして20歳をハタチと呼ぶんだい?」
「そいつぁね、むかしむかし、ハタチザエモンと言う男がおったのじゃ、その男は……」
「こーら、ウソは教えないの! まったく、ブレーキ役はハトに任せられると思ってたのに。明日はうーんとショッピングして、ハトを元気にさせてやる!」
「かえって疲れないのか?」
「何言ってるの、女の子は買い物好きでしょ! あんな独房みたいな部屋の中に籠もりっきりじゃ身体に悪いし!」
「部屋のインテリアはどうなってるんですかぁ?」
「俺はなにも弄ってねーぞ」
「うえっ!? ホントに独房じゃん!? 信じらんなーい! あんなので暮らせる神経疑うよ!」
「あいつはずっとそん中に居たんだぜ?」
「…………」
菜種は無言で眸を伏せ、右手を胸に当ててぎゅっと握りしめる。彼女なりに後悔しているのだろう、と山鳩にも読み取れて、やっべと山鳩の顔が焦燥感に滲んだ。
「アレックス! 今日は何作ったんだ? オジサンにも食えるようなモンにしてくれただろ~な~?」
その時、場違いに大きな声を上げた海松がアレックスの肩に腕を回し、体重をかけてくる。プレートを持ったアレックスの両手が揺さぶられ、慌てて茶雀が端を持って支えた。
「茶雀、ありがとう。茶雀はいつも気が利くんだね。ところで海松、息が酒くさいよ」
酔っ払いに絡まれたアレックスは、至近距離から吐き出されるくさい息に困ったように笑っている。菜種が「聖人だ……」と茫然としていた。菜種には我慢ならない臭いらしい。
「おっさん! 紅茶持ってたらあぶねーだろ!」
「紅茶持ってたらオッサンやらなかったも~ん」
「オメー確信犯かよっ!!」
「キモイからやめてよー永遠にだまっててよー」
うーうー言いながら菜種は今日も海松に毒を吐く。毒を吐かれて耐性のついた海松はガハハと腰に両手をあげて笑い出す。よっぱらいめ、と茶雀は海松を睨む。
「ほらほら、茶雀にはそんな顔似合わないよ。さあ、笑ってくれ」
アレックスがにっこりと笑うと、え、え? と困惑したような表情の茶雀は、焦りながらも頑張って笑おうとする。こわっと菜種がぽろっと漏らし、茶雀のぎこちない笑顔は涙目になった。
「す、すみませぇん……!!」
「ううん、茶雀は笑うとステキだよ」
ぼっと頭から湯気が出ていそうな茶雀は俯き込んで、肩も縮こまらせてすっかり萎縮している。
「あはは、茶雀は照れ屋なんだ」
アレックスがにこやかに笑いかけている傍で、ソファーに座った3人はアレックス手製のブラウニーを摘まみながら、紅茶の香を楽しんでいる。海松だけは矢張り、紅茶にも酒を垂らしていた。
正確には菜種と海松だけで、山鳩は「菓子じゃ物足りねえっつか食べた気しねえよ」と言ってカップラーメンを食べていたが。
「男でも女でも同じ態度とってそう、アレックスって」
「人タラシだよな。あいつなら自然だなって感じちまってるあっしが恐いぜ……」
「ハグが得意そうな外国人だよな」
カルマは左耳の黒いピアスを弄るように左手で耳たぶを撫でている。田中と目が合うと、ニコリと微笑んだ。やはり、何時もと変わった様子はない。
「オメーのポンポンさわらせろよ。むっちゃフワフワしてそうじゃねーか」
「やだ」
菜種はキッパリと言い、頭に伸びた山鳩の手を無下に払う。ちぇーっと山鳩が払われた手を重ねながら唇を尖らせた。
夕食も終わり、娯楽室で暇を潰す者達は残り、それ以外の者は私室に戻っていく。
「アレックス。今日は海松たちに付き合わないのか」
「うん。少し、お腹の具合が悪いみたいで」
「菓子だけで済ませるからだ。鶸柚と言い、テグスと言い、海松と言い、カップ麺の方がまだマシだ」
田中は山鳩と茶雀を思い描きながら言う。アレックスは腹を摩りながら無理したように笑う。
「胃腸薬は飲んだか? 持ってないなら――」
「大丈夫。早く休みたいんだ」
「――すまない」
アレックスは静かに首を左右に振ると、部屋に戻って行く。カルマが嘆息するように溜息を吐き、田中を見た。
「……何か?」
「何も」
短く切り返すと、カルマは部屋へ戻って行く。彼の横顔は白んでいて、まだあまり体調は良くないように見えた。
(そういえば……カルマもそうだったな。珍しく、彼らに参加しない。……気にかかる)
それでいてボタンを掛け違えたような違和感がしこりのように残り続けている。ソレの正体は知らなかったが、予感として判っている気がした。
【パタン】
田中は部屋に戻る。そのままベッドに向かおうとして、菜種の言葉を振り返った。
「独房みたい、か……」
部屋の内装を弄る必要性は感じない、だから田中は部屋を放置していた。だが、思い直してみれば、それは自分らしくないと感じる。
「……板についてきたと言う事だな」
彼は自嘲するように笑い、ベッドに飛び込む。ごろりと寝返りを打ち、仰向けになると両手を広げてコンクリートの無機質な天井を見詰めた。
翌朝の6時50分。田中は早めに食堂を訪れ、まだ近寄るだけで目が煙に沁みる。田中は入り口から食堂を一瞥すると、目尻を押さえながら早々に立ち去った。
トリロボスと入れ違いで娯楽室に入室する。何時も食堂で珈琲を飲む姿しか見掛けなかったが、自分達より早くに訪ねて食事を摂っているのだろうと田中は推測した。
娯楽室には貯蔵庫から運び出された食料と物置から持って来た電化製品が置かれている。
昨日、田中達が協力して運んだ物と娯楽室を溜まり場にする菜種たちが運んだ物が大半だ。
食事当番が関係ないせいか、娯楽室にはまだ誰も居ない。田中が誰も居ない娯楽室で寛いでいると、やがてアレックスが現れた。
「おはよう。今日は早いね」
言われてから、自分の行動は他者から見れば不自然だな、と気が付き田中は「食堂の様子を見に行っていた」と説明する。
「そっか、まだ食堂は駄目なのか。残念だな」
「昨日のブラウニーやフルーツ類は何処から持って来たんだ?」
「自室だよ。冷蔵庫、取り付けてないんだ?」
「……知らなかった」
「はは、物置にあるんだよ。大抵の電化製品はあるだろうね。鶸柚の手伝いで海松と一緒に探したから、大体の物の位置は分かるようになったかな」
「それは凄いな。僕は何処に何があるのか、さっぱりだ」
「探し物ならボクに任せて」
アレックスはウィンクを決める。そうやって取り留めのない話を続けていると、茶雀、オシロサマ、菜種、山鳩、テグスの順に娯楽室へ集まって来た。
「ねー、ハトの部屋行ってみたんだけどさ、何の応答もなかったんだ。まだ寝てるのかな?」
「心配だな。抉じ開けるか?」
「アハハー犯罪者的思考だね田中クン!」
「それはちょっと。あれ元はと言えば山鳩の部屋でしょ」
「だな。これ以上は換える部屋もねーよ」
「田中は心配性だね。ハトは生活が元に戻せなくて、苦労してるだけじゃないかな」
「だけど、またなにかあったんじゃないかって、心配になるね……」
「そんなに気にしたってなんにもなんねーって。気にしすぎなんだよ、オメーらはよォ」
「気にしすぎたらアタマハゲるよねぇ」
「……茶雀はどう思う?」
「おれも反対ですけどぉ、鍵を開けるくらいなら出来ますよ?」
『ええっ!?』
「今さらっと犯罪的ワード口にしたよね!? 反対だよ! てかこわっ!! やめてよ! 夜部屋来ないでよねヘンタイ!!」
「興味ありませんよぅ……」
「ピッキング出来るやつは総じて変態って相場が決まってるのー」
菜種はぷっくりと右の頬をふくらませ、両手の拳を握って反感を示す。
「ピッキングはヤベーだろ。あいつ仮にも女だぜ。この場に海松のヤローがいなくてよかった、あいつなら賛成しかね――」
「あっしを呼んだかね、オニーチャン!」
「――おっわあっ!?」
バッシーンと背中を叩かれ山鳩は跳ね上がるように立ち上がる。海松は山鳩の頭に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。山鳩は手を振り払い、逆に海松の頭をクシャクシャにしてやった。
「ぬおーっ! セットがぁー!!」
「人にやっておいて言うなよ、ターコッ!!」
「自業自得。鍵開けはすこしワクワクするけど、やっぱりよくないよ。ねえ、山鳩?」
「おう。そーだそーだ」
「……それなら、僕達2人で行って来よう。茶雀、頼む」
「いいですけどぉ、みなさんの承諾なしでいいんですかぁ?」
「田中……ガチで引くんだけど」
「常識を弁えない変態は犯罪者だってあたしは言ったぞ」
「強行する、と言ったならどうする? 僕を拘束でもするか? 彼女が今も無事だとは殺人者を除いて誰も知らないと言うのに」
「さ、殺人者……!?」
「終わった話とでも思っていたのか。僕は真っ先にその可能性を疑ったぞ」
「そ、そんな! だって、一緒に暮らして来て、仲良くなってきたのに! 今更どうして!?」
「……わりぃ。オッサン、平和ボケしてたわ。ノックして反応がなかったら――やるぞ」
「お、女の子の部屋なのに、勝手にいいのかな……」
「人命救助が第一だろう」
「……今更、そんな事するヤツなんていねぇよ。何週間経ったと思ってやがる? 殺す気なら、最初の1週間で殺してただろ。今になってんな覚悟が出来るようなヤツなんて……」
「僕達はそこまで人を知らない。それだけでは、不足か?」
『…………』
「俺は田中さんを監視したいです」
「え? カンシ?」
「ええ。彼の言動は不審です。彼なら本当に強行策だってとりかねない。どうでしょう?
ここは、全員で部屋に行って彼を見張っておいた方が彼女の為になると思います」
暫く口を開く者は居なかったが、海松が賛同した事を契機に、全員で鳩羽の部屋へ行く事となった。
「開けますよぉ」
鍵開けを終えた茶雀はドアノブに手をかけ、中へ入る。心の準備が出来ていなかった者は茶雀の行動に心臓を跳ね上がらせた。
茶雀は躊躇う事無く中へ進んで行くが――田中が部屋の中へ入り見回してみると、彼女の姿は無い。シャワーやトイレも見てみたが、跡形もなかった。
「……もしかして、行方不明?」
「茶雀の次はお嬢ちゃんかい……本気で捜すっきゃねぇな」
海松が低い声で唸るように言い、アレックスが額の汗を拭いながら頷く。テグスの顔は青白く、ふらりと眩暈を起こして倒れかけるほどだった。
「テグス、無理すんな」
「ううん、心配だよ……ハトちゃん……」
今にも消え入りそうな声で懇願するテグスこそ、何時居なくなってしまっておかしくない儚さとか弱げな生に包まれている。
「なんでこんだけ探し回ってるのに、見付からねえんだよ、あいつはっ!!」
「ああもう、どこに消えたの? 捜せるところはぜんぶ捜したよね!?」
「盲点になりそうな食堂も厨房も覗いた。全員の個室だって見て回ったよ。それでも居ないんだ。みんな、他に何か心当たりはあるかい?」
「解らない……僕達は、何かを見落としているのか?」
「外だって見ましたよぉ」
「あっ、あああのっ、一旦、食事を摂ったほうが……ずっと、飲まず食わずで捜してるから、焦って何か見落としてるのかもしれないです」
「今はそんなのしてるヒマは――!!」
「山鳩。みんなで動き回った結果がコレなんだ。方法を変えてみよう」
「気分転換、ね。オジサン賛成。走り回って疲れたし、リセットするのもええんじゃない?」
「――……食えばいいんだろ、食えば」
「わあ、ごはんですう……!!」
「茶雀、テメーッ……!!」
「ひうっ!? す、すみません、すみません……」
「アハハハッ! 人の心配を真剣でしてる彼の目の前でご飯に飛び付くのはさっすが茶雀クン! 天然ブリは今日も100%天然ものだねぇ! 養殖の付け入る隙がないよ!」
「ボクもおなかが空いたよ。山鳩、なにか作ってくれないかい?」
「はあ? そんなの提案者が作れよ」
「山鳩の料理が食べたいな」
「ごめんなさい、りょっくん、俺あんまり上手くないから、手伝って……」
「……わーったよ。ただしテグス、オメーだとまだあの空気はキツイだろ。アレックスが来い」
「山鳩料理長の御伴ならよろこんで! 茶雀も来るかい?」
「えっ!? い、いいんですか……?」
「わっ、ホントに手伝ってくれるの? 優しいなあ」
アレックスはニコニコと笑っているが、山鳩は茶雀を睨み付けている。茶雀は山鳩の圧力に屈し、頭をぺこぺこと下げた。
「りっくん! よくないよ」
「だってあいつ、空気も読まずにメシメシうるせぇし……」
山鳩はぶつぶつテグスに文句を言うが、テグスはめっと人差し指でぺしーんとかるーいデコピンをする。ちっとも痛くないが、サービス旺盛な山鳩はやられたふりをした。
「……同じ心境のクセによォ」
形だけのデコピンから察した山鳩は余計な一言を呟き、テグスはわーわーと言いながらあわてて両手を振り、山鳩の発言を本人に聞かれないようにする。
そんな傍から見ても逆効果な図星っぷりに山鳩はぷっと吹き出し、右手で腹を抱え笑い出した。
「まーったく、アレックスは場の空気を鎮火させたいのか、燃やしたいのか……あっしにはわからんね」
「海松の料理は味付けが大雑把なんだよ。山鳩と茶雀の料理は当たり外れがなく美味しいんだ」
「あたしんのはザ・オトコの料理だからな。山鳩はテコ入れしないと病院食だし、茶雀はメシについちゃあ自分の味付け最優先だからなぁ」
「すみません、癖で……」
「俺は濃い味付けの方が好きなんだっつの。ただ、テグスのヤツが婆ちゃんみてぇな味付けが好きなせいで……」
「びょ、病院食……? ……病院食って、美味しくないものなの……?」
テグスはズガガーンとショックを受けた表情だ。腰に手を当てた菜種が不可思議そうに片目を細めて大きく首を傾ぐと、テグスは「病院食、美味しいと思ってました……」と沈んだ表情で語る。
「ぼく、入院したことないからわかんないなぁ。でもドンマイ?」
「そりゃ病院食で育ちゃあな……オメー俺が引き摺らねえと動かねえし」
「うう……いつもごめいわくおかけしてます」
「わははっ! 俺様に平伏せ愚民よ!」
「ははー……って、みんなの前でなにさせるの! はずかしいよ~!」
うぅっとテグスは頬を赤らめて身長差から上目遣いで山鳩を睨む。後頭部に組んだ両腕を当てた山鳩はにっと笑いながら「よきかなよきかな!」と意味も分からずにテキトーな言葉を用いていた。
「へー。考えてみたら、きみが料理を作るのってテグスのためなんだ」
「俺のついでだよ、ついで。テグスのヤツ、オヤジさん忙しいからな。家すぐ隣だし、幼馴染のよしみだよ。俺らの分は後で味付け濃くすりゃいいしな」
「えらいなあ! ぼくもみなら――めんどいからいいや」
「舌の根が乾くヒマもねーのなオイ」
「言い切るコトすらしないのは、とても鶸柚らしいね」
「ちょっと、それどういう意味アレックス?」
「ボクは他人に流されないキチンとした自我を持ってるひとだなって思ってるよ」
「……へんなの」
握り拳を作った菜種は眉を顰めてぷいっとそっぽを向く。海松が「ありゃぜってー照れてるぜ」とアレックスの隣に行って囁く。アレックスはにっこり笑った。海松は蹴られた。
食事も片付け、一行は再び失踪した鳩羽を捜索するが、やはり見付からない。何の解決策も見付からないまま、夜時間が近付く。
「オジサン、このままだと毎夜オッパイ大きい水着美女の夢見そうだわ……」
「もう毎日見てるじゃないか。昨日言ってたコトも忘れてたのかい? 海松は『修行僧の気分。敵はサキュバス』だって言ってたよ」
「へっ、お蔭で不眠症にはならずに済んでるんだろ? 夢のお相手がインキュバスじゃなくてよかったじゃねーか」
「間違いなくおじさんはリアルでも接触する機会ないね。ぼくには断言出来るよ」
「何をぉ!? グラビアやちょっとアダルトなアレやソレがあるわぃいっ!!」
「ハンパすぎるだろ、その隠し方。誰が聞いてもAVかサイトだって丸わかりだっつの」
「ギクギクウっ!!」
「……おっさんさ、リアクションがマンガだよな。昭和くせえんだけど」
「ウサギ跳びやギブスのドコが悪いのよ!」
「スポーツ科学的にアウトだろーが」
「きりがない。今日は終わりにして、また明日捜してみよう」
「みつからなかったら?」
「その時はその時だよ。明日考えられるコトは明日考えよう」
「あはっ……もう、アレックスってば。つい笑っちゃったじゃん」
「I'm sorry beard sorry」
「アイムソーリーヒゲソーリー……なっつかしいわぁ~。鼻から牛乳思い出すねえ」
「アレックスの情報網ホントナゾだよね!?」
「ふっふっふ、ボクの日本知識はどうだい?」
「うん、そのポーズとドヤ顔は残念なハンサムだね。イケメンも台無しだよ」
「イヤ~、ギャップ萌えに入るんじゃないの? ただイケよただイケ」
「海松おじさん、だから結婚できないんだよ」
「ぶごほおっ!!」
真顔に戻った菜種から痛烈なクリーンヒットをもらったところで、夕食の準備を始め、夕食を終えると一同は解散した。
翌日。食堂の空気も大分落ち着いてきたと言う事で、全員は数日ぶりに食堂へ集まる。
「……あれ? 暖炉の中になにか……ひっ!?」
テグスが暖炉の中を覗き込んで、浅い悲鳴を上げて仰け反り、尻餅をつく。傍に居たオシロサマが無警戒に覗き込むと、顔を顰めた。
食堂の1番奥、暖炉の中に彼女は膝を九の字に曲げ、罅割れた陶器の人形を抱えて座り込んでいた。濁った眼球は瞳孔が見えないほど混濁し在らぬ物を見つめ、細長い指は病的に白い。
それは暖炉の壁に立てかけるようにして置いたと表現するに相応しいほど、躍動を感じさせなかった。
ウエディングドレスを着て頭にはベールを覆った黒髪の人形は、ベールが半分剥がれ落ちている。枯れ果てた彼岸花の花飾りは見当たらない。
ダリアのブーケは誰かが受け取ってしまったのだろう、何処にも見当たらなかった。
「クッサ~。まだ大して進行してないけど、腐敗し始めてるねコリャ。24時間は過ぎてるでしょ」
「えっ……う、うそ、だよね……? そんな……ハト……」
「おいっ、退けッ!! …………まじ、なのか……ほんとに……しんで……」
「どうする? だれも御遺体にさわりたくないのでしたら、オレサマがやってあげてもいいけど?」
オシロサマは茫然と立ち尽くす彼らを見ながらニヤニヤと笑う。衝撃は未だ抜け切れていなかったが、田中は山鳩からオシロサマが見えないような位置を陣取る。
「いいや……僕が運ぼう。貴様に触れさせるのは、彼女に失礼だ」
「あっそう。点滴やったのオレだけどねぇ?」
「取り敢えず、調べましょう。犯人を見付け出さなければなりません」
カルマの言葉に田中は重々しく頷いた。誰かがやらなければならない事だが、やはり、気は重かった。
田中は山鳩と協力して遺体を暖炉から出し、食堂の絨毯の上に敷いたタオルに載せる。食事をする場なだけに、此処での食事は最早考えられなかった。
「この人形……俺が、ハトに頼まれて捨てろって言われて、ベッドの下に置いておいたやつだ……」
「りっくん? それってどういうこと?」
「最初、あの人形はあいつの部屋にあったんだ。だけど、不気味だからって俺に押し付けてきやがって、それで俺はベッドの下に放り込んでおいたんだよ。上手い処分方法も見付からなかった……だが、何の因果だよ、こいつは……」
「……どうして」
絨毯に膝をつけ、屈み込んだカルマはベールに記された赤いメッセージを読み上げる。
「【神は何故私を見捨てたのですか】……キリストが処刑される時の言葉だと伝えられています」
「クソッ!! テメーが人を殺した分際でッ!! 何言ってやがるッ……!!」
「彼女が生きていた事を確認出来るのは、食堂を封鎖した日の朝。それ以後は……茶雀だけの証言が頼りだ」
「ケッ、茶雀の証言しかねーってワケかよ……」
「りっくん、証言を信じてみないことには始まらないよ」
「……チッ」
「す、すみません、すみません……」
「すまないが鶸柚に海松、手袋やカメラ、マスクなどを倉庫から持って来てくれるか」
「いいけど、どうしてぼくら? コンビにされるのはくつじょくだなー」
「この中で1番疑わしくない者達だからだ」
「ええっ? それなら海松おじさんよりカルマのほうが……ま、いいよ。ほら、行くよおっさん」
「あいあいさー。そんじゃちょっくら行ってくんべな」
バチコーンと華麗なウィンクを決めた海松は蔑みの視線を忘れない菜種と共に食堂を去る。
「何で俺らが疑われなくちゃならねーんだよ、おかしいだろうがよ……」
山鳩はぶつぶつ文句を呟き、テグスはその隣で「まあまあ」と苦笑いで宥めている。そんな2人を横目に田中は遺体の観察にとりかかった。
「綺麗な遺体だな……」
「脱がせば死斑やら隠れた皮下出血が出てくるだろうねぇ? どうする、乙女のヒミツを覗く?」
「……不安ではあるが、彼女に一任する」
「はっはー、唯一の生きた女性だもんねえ」
「オシロサマ、人の身体を玩ぶな」
「お人形さんみたいだなあって思ってたトコロヨ」
オシロサマは彼女の手足を無造作に掴んで伸ばしたり曲げたりとパペットのようにして遊んでいる。田中は眉を顰め、腕を掴んで止めさせた。
「現場保存の法則が第一だ」
「ハイハイ、現場ねぇ……」
(手足は冷え切っており、死後硬直は解かれている。唇や眼は乾燥しているな。索状痕はなく防御創もない。見える範囲での外傷はないな。
奥行きのある食堂は、厨房の騒ぎで最低1日は誰も立ち入らない保障があった。万一、食料を取りに来られても厨房への扉は入ってすぐ右手にある。
それに対し暖炉の位置は食堂の奥。目立つ頭髪は暖炉外側の耐火煉瓦に隠れていた。
テーブルの上に置かれた花瓶の遮りや目的の方向の違いから、遺体に気付かない可能性はあるな。特に昨日までの食堂は通路でしかない、数週間も共同生活をして屋敷に慣れた今なら見逃してしまうだろう)
【遺体を隠したのは時間稼ぎ?】
【遺体を隠したのは他に隠す場所がなかったから?】
【犯人は遺体を隠そうとしたのではなく、一時的な置き場所と使っていた時に発見されてしまった?】
「もってきたよー」
「鶸柚。僕達は退出するから、君は彼女の遺体を全身隈なく調べてくれないか」
「はあっ!? ムリムリっ!! そんなカワイソーなことできないよ!」
「同性同士だろう。彼女を殺した犯人を見付ける為にも、遺体を調べてくれ」
「ほ、他のことから探せばいいじゃん。むりして遺体を調べることなんてないよ! とにかく、ぼくはいやだよ、彼女のためにもぜったいだめ!!」
「……わかった」
田中は機嫌を損ねたが、出来得る限り平静を繕った声で承知する。胸中では、こっそりと溜息を吐いていたが。
「死因は特定できないし、死亡推定時刻も割り出せない。絶望的だねぇ、ホームズクン?」
「戯言を言う暇があるなら、助言でも頂きたいところだな教授。ふ、シャーロキアンとモリアーティー教授のファンにタコ殴りにされかねないな」
「ホームズは今でもモテモテだもんねえ。オレもいっぺんそんなところまでモテてみたいものだよ、アハハは!」
(なにがおもしろいんだ……?)
「鍵開けが出来るならさぁ、茶雀クンは犯人候補第一位だよねえ? 真夜中、彼女の就寝中に鍵開けで忍び込んで毒でも嗅がせれば一発KO! やったね田中クン、これで事件は解決だよ!」
「おいやめろ。君の勝手な憶測で事件を解決されても困る」
「それって茶雀の証言がアテにならないってことだよね。まぁ、うん、知ってた」
「口に出せるってのがオシロサマらしーわな。オッサンらには言えん言えん」
「お、おれ、どうして犯人扱いされてるんですかぁ……?」
「ふぅん……暖炉は食堂の1番奥にあった。換気はまだ途中だったし、あの時の捜索では食堂と厨房はちらっと覗いただけで、見逃す可能性はあったよねぇ。真夜中に茶雀クンが運び込んだんじゃないのー?」
「で、でも、そんなの……」
「茶雀、君のように高身長な人間なら見えていた筈だ」
「食堂を覗いたのは、おれじゃなくて背の低い方々だったと思いますけどぉ……」
「そうですね。低い姿勢をとれる者の方が楽だろうと言う事で、俺とテグスさんが見に行ったんでした。その時は暖炉の方も見たと思いますが、何も無かったように思いますよ」
「俺は一直線に厨房へ行ったので、そっちは見てませんでした。本当にごめんなさい」
「カルマの証言だけが頼り、ね。こういうのばっかだなぁ。天は敵に味方してるのか」
「鶸柚、落ち込むコトないよ。ボクは、茶雀とテグスと山鳩にラインがあると思うんだ」
「3人が共犯だってこと? 茶雀と山鳩が手を組むのは想像できないけど……」
「この前オシロサマが提案したゲームであっただろう。身内切りやライン切り。
最終日まで生き残るために、それぞれが役割を全うして犠牲になっていく。
真犯人さえ見付からなければ、最終的に勝利出来れば、彼らはそれでいいんだ」
「そっ、そんなのありませんよぉ! アレックスさん、何をおっしゃるんですかぁ!?」
「ふざけんな! 何言ってんだ、血迷ったか!」
「根拠はカードだよ。初日に山鳩とテグスはカードの役割を言えなかった。それは、真犯人を守る役目だったからなんじゃないかな」
「アレックスさん!! おれは違いますよぉ!!」
「ボクは茶雀が犯人じゃないと思ってる。だから、どちらかが犯人なんじゃないかな」
「アレックスさん……」
茶雀は歓喜と悲嘆、不安などが複雑怪奇に入り混じった名状しがたい表情を浮かべている。
「肉を斬って骨を断つ。敵がそうした戦法を取って来ている以上、ボクらも一致団結して挑むべきだ。みんな、真犯人を見付けるために協力してくれないか!」
「おうもちろんよ、あたしも茶雀は怪しいと踏んでたしな。アレックス、頼りにしてるぜ」
「うん、テグスと茶雀は怪しいと思ってたんだよね。わざとボヤ騒ぎを起こして関心を集めた隙に茶雀が彼女を攫って、それで茶雀がハトを殺したんじゃないかって。
だけど、真犯人さえ逃げられればいいんだったら、茶雀が吊られに来た狂人で、本当はテグスか山鳩が殺したのかもしれない。2人が共通の目的を持っているなら、アリバイ作りだって簡単だしね」
「……!? そういう事か……」
「おっ、おおお俺はちがうっ!! 犯人じゃない!」
「俺だってそうだ! つか、テグスとは何でもねーよ!!」
「アレックスの話じゃ初日にソックリそのまんまなリアクションしてたらしいじゃない。オジサン、そんなの聞いて暢気に信じるほど浮かれた頭は持っちゃいないぜ?」
「ぼくも初日のことなんてもう覚えてないけど、この中の面子で1番信用出来るのってアレックスだしね」
「こういうの言いたくないけど、そうやって人心掌握するのが目的、かもしれないよ……」
「やれやれ。追い詰められたからってその切り返しはスマートじゃないね、坊ちゃんよォ?」
「あのね、そこまで裏がある人についていくほどお馬鹿じゃありませんっ。アレックスはホントのバカだってぼく、信じてるもん」
「鶸柚? ボクってそんなに頭が悪いと思われてたのかい?」
「そーゆー意味じゃないってば!」
「??? ば、バカは罵倒の意味で、頭が悪いって意味だろう? わけがわからないよ」
「なんていうかその、ファッキンみたいな感じ!」
「ああなるほど!」
「それで通じちゃうのかよおまえさんんんっ!?」
「自分で言っといて何だけど、通じたー!?」
「鶸柚の話はとても分かりやすいね」
アレックスはにっこり笑う。菜種は両手を腰に当て複雑な顔でアレックスの顔を見つめていたが、やがて首を左右にふった。
「……やっぱり、2人とアレックスどっちを信じるって言ったらアレックスだよ。ま、消去法みたいなものだけどね」
「嬉しいよ、菜種」
「消去法って言ったし!! カンチガイするなよばーかばーか!!」
菜種は気恥ずかしそうに頬を桃色に染めて、人差し指をアレックスの顔に突き付ける。アレックスは困ったように笑った。
「やはり、この手の話し合いではああいう人が強いですね。探偵キャラは良くも悪くもワンマンですから」
「君は暢気に試合観戦か? 少しは緊張感を持ちたまえ!」
「貴方は何かお心当たりがあるようで」
「…………確証は持てない」
「幾つか引っかかっている事があるみたいですね。ですが、奥の手は取っておくものです。
推理や真実よりも、生きた流れを掌握する事こそが大事な時もあるでしょう。どうか、発言は思慮か直感の末にどうぞ」
「余裕綽々だな。君は解っているのか?」
「俺が興味を持っているのは、自己保身だけですよ」
「……誰の味方でもないと言う訳か」
「分の悪い賭け事は嫌いな癖に、その保身に走った選択が後々に響いてくる。似ていると思いませんか?」
「あの木の上に実った葡萄は酸っぱい物だと決め付けず、挑戦すればよかったと?」
「今はもう、その答えも観えませんよ」
「時には霊騙りも必要かもしれないな」
「現実での霊能ローラーコースはお断りしたいですね」
カルマは自嘲するように笑い、さあどうぞと促さんばかりに議論の渦へ目を遣る。田中は歯噛みしながらも向き直り、議論の方向をどう修正するかについて考えを纏め始めた。
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