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アーク・ノヴァ――天球の音楽――  作者: 道詠
鹿砦の罠
12/19

ヘンペルのカラス W【選択肢1】

田中が戻らなかったら、の選択肢。

「穏便な方法で彼女の安否を確認出来る方法、ありませんか?」

「…………」

「そうですか。失礼しました」

「ピッキングはどうですか」

「……お願いします」

「……本当に?」

「ええ」

 緊張した面持ちでヘアピンを数本手に取り、カチャカチャと鍵穴に差し込んで弄り出す。

 3分後、施錠が解かれる。だが、ドアにはまだチェーンロックとU字ロックがかかっていた。

 チェーンに髪ゴムを結んでドアノブの端に引っ掛け、ドアを軽く閉じる。続いて工具を物置から持ち出して来てドアの隙間に入れる。多少手古摺ったが、ドアの金具が外れた。

 彼がドアノブを握って捻ると、カチャ――とドアが開く。彼はどうぞ、とドアを開けて彼を歓待する。彼は後ずさる。

「その前に田中さんを――」

 言い切る前に、彼は背中を突き飛ばされ、部屋の中に入れられた。



 夕食を食堂の中で摂れないアレックスたちは今、娯楽室の中で食事を摂っている。

 つい習慣で食堂の前まで集まってしまった彼らの中の1人、菜種がボードゲームついでに夕食を摂ろう、と言う優雅なプランを持ち出して来たからだ。

「カップ麺ウメー。シーフードって何でこんなにウマイんだろうなぁ」

 今日の食事当番である山鳩は、食事係を逃れた事に喜び、カップラーメンの味を噛み締めている。

「ブラウニーを作ってみたんだ。どうぞ」

「わ~、さっすがアレックス! 紅茶と洋菓子に懸ける情熱はスゴイ!」

「ブラウニーなんて混ぜりゃいいだけだろ」

「りょっくん、対抗心めらめら?」

「るっせーテグス!」

「あははっ。……んっ。これ、ラム酒きいてる」

「テグスみてーなお子さま舌には無理だな!」

「どっちが? アレックスさん、甘さが控えめで美味しいです。お前も食べたら?」

「俺にはカップ麺があっからな~」

「ふふ、美味しいんだから食べろよなあ」

 テグスは楽しげに山鳩の口へブラウニーをぐいぐいと押し付け、山鳩はイヤそうに口の中に入れる。

「……にげえ」

「え? え? なんだって? アレックスさんが作ってくれたおいしいおいしいブラウニーが?」

「俺はレーズンもオレンジジャムも好きじゃねーもん……」

「俺は大好きだよ」

 山鳩が顔を顰めて答えると、テグスはにっこりと答えながら嬉しそうにブラウニーを摘まむ。菜種はその何倍もの速度でひょいひょいぱくっとブラウニーを胃袋に仕舞っていく。

 頬をほころばせ、ブラウニーを楽しむテグスは愛らしいが、ブラウニーの後のカップラーメンは山鳩にとって非常に微妙な味となった。

「こっちのレーズンとクルミが海松用で、こっちのアーモンドとオレンジピールがお酒控えめだよ。他にも溶かしたホワイトチョコレートに生クリームやカットフルーツを持って来たから、好きなだけ添えてくれ」

「きゃー! おいしそ~! ホワイトチョコフォンデュ~!」

 海松用のブラウニーを食べていた菜種は、トッピングの数々の目を輝かせる。恍惚とした目付きにさくらんぼ色に染めた頬は火照っていて、何故か妙な色っぽさが薫っていた。

「給湯器設置しといて正解だったわ、ガッハッハッハ!」

「海松のおじさんがめんどくさがり屋の酒呑みでよかったで~す」

「空きっ腹に酒をかっくらう不健康家じゃなくて助かったな」

「昔はそうしてたんだけどねえ、オジサンも健康を気にしないといけないお年頃に……うっ、うっ……」

「飲んでるよこのひとー……」

 菜種はがっくりと肩を落とし、海松から距離を置く。と、そこで田中が娯楽室に入って来た。早速酔っ払いの海松は何も知らない田中の肩に絡み、田中は海松の酒臭さに顔を顰める。

 テグスはこれから遊ぶボードゲームを吟味しており、オシロサマはコレがいいよとオススメを持って来ていた。

「君達、カルマと茶雀は知らないか?」

「ん? おお、そういやいねーじゃん。ハトを起こすついでに呼んで来てくれよ」

「りょっくん、相手は女の子なんだから、同じ女子の方がいいよ」

「ああ、そうだな。じゃ、鶸柚頼む」

 ずずっと麺を啜りながら、山鳩は菜種に頼む。菜種は「はいはーい」と軽快なスキップでお使いに出た。アレックスが「心配だからボクも行くよ」と名乗り出て、田中も後に続く。


「よーっ! ハト! あっそびましょー!」

「……まさか、呼気だけで酔ったのか?」

「やっぱり。様子がヘンだなと思ったんだ。ごめん、鶸柚」

 アレックスも苦笑いだ。真実を知らない田中は、酒に弱いにも程があるだろうと戦慄している。

「ん~? お~い、はとー!!」

 ガンガンっとドアを打ち鳴らす菜種に田中は腕を掴んで制止する。迷惑だろ、と言いかけたその時、キィイッと僅かにドアが開かれた。

「はとー? かくれんぼなのー? きゃはは、ぼくが勝っちゃうよぉ~?」

「待て。誰も居ないのは不自然だろう!」

 ドアノブを握って躊躇なくドアを開く菜種に対し、田中は抑え込んで前に出る。むーっとぷっくり頬をふくらませた菜種は、田中に抱き付いた。

「やっ、やめろ! 胸が当たってる!」

「ふにゃーあははー! はやくあそぼーよ~!」

 田中は菜種を押し退け、外へ追い出すとドアを閉めて鍵をかける。ドンドンっとドアを叩く音は止みそうにない。

『ふー! うーっ! にゃー! ふぎゃー!!』

「猫か君は!」

「田中。酔った彼女を1人にはしておけないし、部屋の中に入るのは淑女に失礼だよ」

 田中はアレックスに答えず、部屋の中へ踏み入ろうとするが、アレックスが前に立ち塞がる。紳士を前にどう言いくるめようかと悩んでいると――中から、声が聞こえた。

「カルマ? 退けっ!」

 田中はアレックスを押し退け、部屋の中へ入る。室内には2人の人間が居た。1人は田中の予想通り、カルマだ。彼は部屋の隅に立っていた。

 もう1人は、茶雀だ。彼は彼女の頬を優しく撫で上げ、ブラシで髪を梳いている。ブラシは女性物だと一目で判る事から、この部屋に置いてあったものなのだろう。

「……茶雀。君は一体、何をしている……?」

 全身に鳥肌が立つ。田中もアレックスもそれは同じだ。2人は一様に顔を青く染め、後ずさりたい気持ちを堪え、2本足で床を踏みしめる。

 茶雀が顔を上げた。こちらの方を振り向いて、彼は柔らかに微笑む。誰も見た事のない表情カオだった。


「――いらっしゃい」

 彼が笑いながら言った言葉は、その挨拶だけ。後はもう、何事も無かったかのように彼はまた、彼女の髪を指で弄んだ。



「……ここが、審判の間……」

 『殺人事件が起こる事を前提に計画されていたのならば、屋敷の何処かが変わっていると見るべきだ』と言う田中の提案で屋敷中を探索してみた彼らが見つけたのは、今まで開かれる事の無かった部屋だった。

 4階へ続く階段には全てシャッターが下りていたが、実はエレベーターだけは4階へ行く事が出来たのだ。

 しかし、4階は通路の両脇にシャッターが下りているせいで、審判の間、書庫の2部屋以外に移動は出来ない。

「言われた通り、犯人を持って来たぜ。まさか、全員の投票が不可欠だとはな」

 山鳩が台車で引き連れて来たのは、両手両足を縄で縛られ、口にはガムテープを貼り付けられた茶雀だ。

 拘束されているからか、茶雀は苦悶の表情を浮かべていた。解かれた長髪は肌に張り付き、汗ばんだ肌はしっとりと濡れていて蒸気している。

「テメエが犯人か」

 トリボロスの鋭い一瞥に茶雀の鎖骨から一筋の汗が雫のように伝い落ちる。彼は力なく首を左右に振るが、そんな力では揺るがないほど猜疑の眼差しは凝り固まっていた。

 8人の糸に絡め取られた餌のように、蜘蛛の巣に縛られた茶雀は諦めて捕食される時を待つのみ。

「……審判の間へ行きましょう」

 カルマが促すと、全員は部屋の中へ入って行く。そこは――裁判所にも似た何かだった。

 白で塗り潰された壁と床。椅子や机は全て木製だ。他にも部屋の手前には謎の石碑が設置されている。

 裁判官と書記官が座るような場所は用意されているが、被告人席らしき物はは何と13人分もある。

 被告人席だけがぐるりと円を囲むように用意され、更に中心部には1人だけの被告人席が用意されている。その席だけは何本もの鎖が張り巡らされ、床に這っている。

 検察官や弁護士の居る席、傍聴席などは特に見当たらない。入口の真上の壁には真っ赤に輝く太陽の絵が描かれている。

「誰も見ていなくたっておてんとさまは見ていますってか」

 海松が煙草を口に銜えると、横から素早く菜種が煙草を抜き取って海松のジーパンの尻ポケットに突っ込んだ。


【ようこそ、審判の間へ。此処は仮初の冥界、罪を暴き裁き立てる神域。

汝ら容疑者は真なる殺人者を見付け出すか、哀れなる役を引き出し、審判官に差し出せ。

自死であれ事故死であれ病死であれ殺人者以外の者であれ――その罪からは逃れられません。

その罪を赦されたくば、浄化されたくば、他者の血によって贖え】


「はっ、ドコぞの原罪じゃあるまいし、御都合な贖罪だな。……そんなののために、あいつは……クソッ!!」

 ドンッと山鳩は壁に拳を叩き付け、歯を食い縛る。テグスは入り口で立ち止まる山鳩の背中を越し、通り際に背中を鼓舞するように【バシッ】強く叩いた。

「――果たすぞ、リョク

「……おう」

 項垂れるように山鳩は答え、表を上げて奥へ歩んで行く。彼の悄然とした背中を見ながら、列最終尾の田中は静かに後を追った。

「まーそれが社会の責任ってモンだけど、誰だって巻き込まれんのは御免よな。オッサンは平穏に生きたかったよ……」

「丁寧なのか偉そうなのかよくわかんない文体……じゃなくて、差し出せってどういう意味? どうすればいいのか、手段や方法を教えてほしいんだけど……」

 机の上にはパネルが載っている。パネルの上には全員分の顔写真が載っており、タッチ形式になっているようだ。メッセージには【人殺しをクリックしてください】と記載されている。

「あの、これって殺人者以外の役の人でも殺人を犯してるって意味なんですか……?」

 一瞬どよめきが起こるが、すぐに落ち着く。殺人者はもう決まっている。その事に代わりはない。

「茶雀がどんな役だろうと、茶雀が人殺しだってことには変わりないんだし、さっさと決めちゃおうよ」

「うん。ボクの準備は出来ているよ。亡くなった彼女の為にも、一矢報いてみせる」

「あっしも同じよ。若いお嬢さんを狙うようなゲス野郎には天誅じゃあ!!」

「少し待ってくれないか。僕はまだ解せない点がある」

「それで心変わりされたら、たまんないよ! ねえ、山鳩?」

「……そうだな。俺も田中に賛成だ」

「うん……そうだね。俺も賛成だよ」

「えっ、ふたりまで!?」

「ワリィな。ちょっと待ってくれよ」

「お願いします。俺も解らない事ばかりで、困惑していました」

「カルマまで言うってこたぁ、なんかあるってワケかい。いいよ、好きにしろ」

「海松おじさんまで……しょうがないなぁ、多数決の原理なら折れるしかないか」

「分かった。それなら、疑問点から挙げるべきなのかな? みんなはどう思う?」

「時系列順に並べるって手もあるよね」

「いっそ全員で名探偵やっちまおうぜ。なあ、海松さん?」

「何言ってんだい。情報不足だってのにだーれが名探偵になれるって?」

「そりゃあ……わかんねーな!」

「アホか! まったく、情報持ってるのはカルマぐらいなんだから、カルマから事情聴取しないと」

 菜種が腰に両手をついて怒りだすが、顔を俯かせて謝罪の代わりに後頭部を掻く山鳩には聞こえていないようだ。

「その前にこの石碑についてお聞きしたいのですが、3番目の文章の意味についてです」

「あっ、ぼくもわからないんだよね。テグスは分かってるっぽいけど……だれか、教えてくれない?」


【例え村人でも殺してしまったら、殺人者と同類って意味なんだろう】

【自殺も事故も加害者がいて、その加害者が人殺しなんだと思うよ】

【うーん、まるで分からないな】



ここまで読んでくださってありがとうございました!

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