美鈴を忘れる日
変化に気づいたきっかけは
父だった。
単身赴任中の父が久しぶりに帰ってきた日。
「この子、誰だ?」
美鈴を見て言った。
母の顔が青ざめた。
父は昔、美鈴に会っていた。
僕が六歳の頃。
何度も。
なのに完全に忘れていた。
その夜。
母が教えてくれた。
「始まってるのかもしれない」
「何が」
「美鈴ちゃんが消える前兆」
美鈴は数十年に一度、世界から完全に忘れられる。
写真。
映像。
記録。
人の記憶。
すべてから。
その後、別の場所でまた現れる。
「どのくらいで?」
「分からない」
美鈴自身も知らない。
しかし兆候はすでに出ていた。
所属事務所のスタッフが、美鈴の過去を曖昧にしか思い出せなくなっている。
昔の出演映像がデータベースから消えている。
ネットの記事も減っている。
そして。
僕にも起きた。
ある朝。
スマホの待ち受けを見て、一瞬思った。
誰だ、この子。
ほんの一秒。
でも。
美鈴だった。
僕は吐きそうになった。
その日の夕方、美鈴に言った。
「俺、忘れかけた」
美鈴は驚かなかった。
「そっか」
「そっかじゃない」
「いつか来ると思ってた」
「なんで平気なんだよ」
「慣れてるから」
その言葉に腹が立った。
「慣れてるわけないだろ」
美鈴が黙る。
「何回繰り返したんだよ」
「分かんない」
「好きな人に忘れられたことは?」
その瞬間。
美鈴の目が揺れた。
聞いてはいけなかったと思った。
「あるよ」
小さな声。
「何回も」
僕は何も言えなかった。
「だから誰も好きにならないようにしてた」
「……」
「でも悠真は駄目だった」
「なんで」
美鈴が僕を見る。
「最初に会ったときから、ずっと」
胸が強く鳴った。
「六歳だぞ」
「そういう意味じゃない」
美鈴は笑った。
「大切だったってこと」
そして続ける。
「十二年間、会いたかった」
僕は思った。
そんなの。
そんなこと言われて。
忘れられるわけがない。
でも世界は僕の意思なんて関係なく、美鈴を消そうとしていた。




