百年前の約束
加奈が古い資料を見つけた。
大正十五年。
とある新聞。
《奇跡の歌姫》
写真に美鈴がいる。
その記事の隣に、小さな文章。
《少女、神隠しより帰還》
十六歳の少年が、一週間の失踪後に帰宅。
少年は意味不明な証言を繰り返した。
《歌う少女を忘れてはいけない》
その少年が残した日記が、県立資料館に保存されていた。
僕たちは会いに――いや、見に行った。
百年前の日記。
黄ばんだ紙。
最後のページ。
震える字で書かれていた。
『彼女は人ではないのではない。
彼女は、人から生まれたものなのだ。
忘れたくない。
失いたくない。
もう一度会いたい。
その願いが積み重なって彼女を作った。
だから人に忘れられるたび、彼女は消える。
そしてまた、誰かの願いから生まれる。』
僕は何度も読み返した。
「どういうこと」
加奈が聞く。
美鈴は真っ青だった。
「知らない」
「自分のことなのに?」
「知らないよ」
日記には続きがあった。
『彼女を人にする方法があるとすれば、ただひとつ。
誰か一人が彼女を理想ではなく、一人の人間として愛し、
そして彼女自身がその者と生きることを望むこと。
ただしその時、彼女は永遠を失う。
歳を取り、病み、いつか死ぬ。』
僕は美鈴を見る。
美鈴は震えていた。
「そんなの」
「美鈴」
「嘘だよ」
「試してみよう」
「嫌」
「なんで」
美鈴が僕を睨んだ。
「死ぬんだよ?」
「人間はみんな死ぬ」
「悠真も?」
「そうだよ」
「嫌だ」
美鈴が泣いた。
初めて。
僕の前で。
「私は何百年も生きるかもしれない。でも人間になったら、悠真も私も死ぬんでしょ」
「うん」
「怖い」
僕は何も言えなかった。
死ぬこと。
老いること。
失うこと。
それが人間になるということなら。
永遠に生きている彼女にとっては、僕らよりずっと恐ろしいことなのかもしれない。
「じゃあ、やめる?」
僕が聞いた。
美鈴は泣きながら黙った。
そして。
「……嫌」
「どっちだよ」
「悠真を忘れるのも嫌」
「俺が忘れる側な」
「同じだよ」
美鈴は僕の服を掴んだ。
「どっちも嫌」
「わがままだな」
「知ってる」
僕は笑った。
「そういうとこも好き」
美鈴が泣きながら笑った。




