美鈴が家に来た
三日後。
美鈴がテレビから消えた。
正確には、出演予定だった生放送を突然欠席した。
所属事務所は「体調不良」とだけ発表した。
ネットは騒然。
そもそも休んだことなど一度もない人だった。
そして、その日の夜。
僕のスマホに非通知の電話がかかってきた。
「もしもし」
沈黙。
「……誰ですか」
『悠真』
スマホを落としかけた。
声だけで分かる。
三年間、何百回聞いたと思っている。
「美鈴……?」
『玄関、開けて』
「は?」
『寒い』
僕は走った。
階段を降りる。
玄関を開ける。
そこに。
美鈴がいた。
黒いパーカー。
ジーンズ。
キャップ。
テレビの中とは違う、あまりにも普通の格好。
でも間違いない。
「……」
何も言えなかった。
美鈴が僕を見た。
そして。
「久しぶり」
そう言って笑った。
僕は人生で一番間抜けな声を出した。
「は?」
その後の十分間はほとんど記憶にない。
加奈が絶叫。
美鈴が加奈の口をふさぐ。
母は買い物中。
僕の部屋に日本で最も有名なアイドルの一人が座っている。
状況が理解できない。
「えっと」
僕は正座していた。
なぜか。
「本物?」
美鈴が少し眉を寄せた。
「失礼」
「いやだって」
近くで見ると、テレビ以上に綺麗だった。
ただ。
意外なこともあった。
目の下に薄いクマがある。
指先のネイルが少し剥げている。
唇が乾燥している。
完璧じゃない。
「見すぎ」
「ご、ごめん」
美鈴が笑った。
テレビの笑顔と違った。
口角が少し歪んでいる。
「そっちのほうがいい」
僕は無意識に言った。
「何が?」
「いや」
顔が熱くなる。
「テレビより」
美鈴が黙った。
なぜか寂しそうだった。
「悠真」
「はい」
「私のこと、どこまで思い出した?」
空気が変わった。
「……何を?」
「夢、見たでしょ」
「なんで知ってるんだよ」
「私が見せたから」
「は?」
美鈴は窓の外を見る。
「ちゃんと思い出してほしいから」
「昔、会ったことある?」
答えは分かっている気がした。
美鈴は静かに頷いた。
「あるよ」
「いつ」
「十二年前」
「じゃあ俺が六歳のとき」
「うん」
「君は?」
美鈴は笑った。
「今と同じ」
背中が冷えた。
「……何歳なんだよ」
「分からない」
「分からない?」
「少なくとも」
美鈴は窓ガラスに映る自分を見る。
「百年くらいは、この姿」
僕は笑えなかった。




