忘れていること
次の日。
僕は学校を休んだ。
仮病ではない。
本当に気分が悪かった。
「顔色やばいよ」
加奈が言った。
「誰のせいだ」
「加奈のせいじゃないし」
ごもっともである。
昨夜の映像は何度再生しても残っていた。
音声も。
美鈴は確かに僕の名前を呼んでいた。
一度も公表したことのない本名。
SNSだって僕は見る専門だ。
本人が知るはずがない。
動画をネットに上げることも考えた。
だが加奈が止めた。
「やめたほうがいい」
「なんで」
「消されるかもしれないじゃん」
「誰に」
「知らないけど」
そういうところだけ妙にオカルト脳である。
結局、僕たちは都市伝説をさらに調べることにした。
古い掲示板。
閉鎖された個人サイトのキャッシュ。
まとめブログ。
断片ばかりだった。
ただ、共通点がひとつあった。
彼女に名前を呼ばれた人間は、昔の記憶を夢に見る。
そんな書き込み。
《最初は懐かしい夢だった》
《子供のころの景色》
《でも途中から思い出せない女の子が出てくる》
《顔が見えない》
《あれが誰なのか思い出したら――》
そこから先は削除されていた。
その夜。
僕は夢を見た。
夏だった。
蝉の声。
古い公園。
僕は小さかった。
たぶん六歳か七歳。
隣に女の子がいる。
黒く長い髪。
白いワンピース。
顔だけが、どうしても見えない。
「また明日ね」
女の子が言う。
「うん」
幼い僕が答える。
「絶対だよ」
「絶対」
彼女が小指を差し出した。
僕も指を絡める。
そして場面が変わった。
雨。
駅。
ホーム。
女の子が泣いている。
「悠真くん」
顔が見えない。
「忘れないで」
そこで目が覚めた。
全身が汗で濡れていた。
僕は飛び起きた。
胸が痛い。
なぜか泣いていた。
「……誰だよ」
僕は呟いた。
知っている。
絶対に知っている。
なのに思い出せない。
翌朝、母に聞いた。
「俺、子供の頃に仲良かった女の子いた?」
母はコーヒーを飲む手を止めた。
ほんの一瞬だった。
でも僕は見逃さなかった。
「どうして?」
「夢に出てきた」
「幼稚園のお友達じゃない?」
「黒髪の女の子」
母の顔が強張った。
「母さん」
「知らないわ」
「今、知ってる顔しただろ」
「悠真」
声が変わった。
「その話はやめなさい」
「なんで」
「いいから」
母が立ち上がる。
逃げるみたいだった。
その日の夕方。
僕は押し入れから昔のアルバムを引っ張り出した。
六歳。
七歳。
幼稚園。
旅行。
運動会。
そして。
一冊だけ、不自然にページが抜けていた。




