表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/8

第6話 不眠

 その夜、私は眠れなかった。スマホの検索欄へ「不眠 悪夢 相談」と入力する。


 相談窓口のページが並ぶ画面を見つめる。一回電話をかけてみれば、事情を説明すれば、そこまで考えて指が止まる。


 電話したところで何を説明するのだろう。


「優等生の同級生が怖い」なんて、自分でも説得力がないと思ってしまう。


 結局画面を閉じて、眠れない夜を過ごした。


 ――翌朝。私は学校へ行かなかった。制服のまま家を出て、駅とは反対方向へ歩く。


 井土くんから離れたい。ひとりになりたい。ただ、それだけだった。


 公園のベンチに腰掛けて、ひと息つく。平日の午前中だから人はいない。木陰は静かだった。


 スマホが震える。母からの着信だった。出ずにいるとメッセージが送られて来る。


『学校から連絡があったけど今日学校行ってないの?』


 返信しない。続けて着信が鳴る。切れる。また鳴る。その繰り返しで私は電源を切った。


 誰とも話したくない。


 そのままフラフラと駅に向かい、何も考えずに電車に乗った。終点まで行けば、少しは気持ちが晴れるかもしれない。


 車窓を眺める。知らない町の、知らない駅。降りたこともないホーム。新鮮な風景に少しだけ頭がすっきりとする。


 私は改札を出て、適当に歩いた。


 住宅街。商店街。川沿いの遊歩道。どこまで歩いても、知らない景色だった。


 ようやく息が楽になる。ここなら井土くんもいない。そう思ったのも束の間だった。


「沙羅さん」


 不意を突かれて、全身が凍りつく。振り返るとそこには制服姿の井土くんが立っていた。


 息も切らさず、悠々とした佇まいで。ただそこにいるのが当たり前かのように。


 最初から私の逃避行の連れですとでも言うように。井土くんは片手をポケットに手を突っ込んで立っていた。


「お待たせ」


 私は思わず後退りする。


「なんで、」

「なんでって?」

「どうしてここが分かったの。」


 どうして、そう聞くと井土くんは首を傾げた。


「分からない」

「は……?」

「でも、ここで会える気がした」


 そんなはずがない。偶然で説明できる距離じゃない。電車でたまたま途中下車した知らない町なのに!


 私はあまりの恐怖に走り出した。井土くんは追いかけてこない。振り返ると井土くんは歩いていた。なんの焦りも感じさせない、一定の速さで。


 なのに、どれだけ曲がっても。どれだけ人混みに紛れても。次の角を曲がると、またそこにいる。


「なんで……!」


 走り続けて息が切れる。もう足が重い。私は商店街を抜けた小さな神社へ駆け込んだ。


 境内には老夫婦がいて、私は藁にもすがる思いで近寄った。


「あの」


 声が震える。


「助けてください」


 二人は驚いた顔をする。


「どうしました?」

「知らない人につけられて、」


 そこまで言って振り返る。井土くんが鳥居の前で立ち止まっていた。境内へは入ってこず、こちらに手を振っている。


 老夫婦は井土くんの様子を見て首を傾げた。


「あの子?」

「……はい」

「お友達じゃないの?」


 終わった。私は何も言えなくなる。井土くんは困ったように頭を下げた。


「すみません」


 人を安心させる、穏やかな声だった。


「少し喧嘩してしまって」

「そうなの」


 老夫婦は安心したように笑う。


「ちゃんと仲直りしなさいよ」


 私は首を振る。


「違、違うんです」

「ほら」


 井土くんは私を見ないまま言う。


「帰ろう」


 責める声ではなかった。命令でもない。恋人を気遣うような、静かな口調だった。老夫婦も頷く。


「彼氏さんも心配してるよ。」


 私は逃げて、また走った。もうどこを走っているのか分からなかった。


 ――夕方。家へ帰ると、母が玄関で待っていた。


「沙羅! どこ行ってたの!」


 今にも泣き出しそうな母に、私は押し黙る。


「井土くんが探してくれたのよ! 学校に来てないって聞いて。駅も探して、公園も探して」


 母は私の肩を掴んで言った。


「沙羅、ちゃんと井土くんに謝りなさい」


 私は笑いそうになった。


 その日の夜、部屋にこもってスマホの電源を入れると、通知が四十件以上並んでいた。


 母、美咲、担任、クラスメイト。全部、私を心配する内容だった。


 そして、一番下には知らない番号が表示されている。


『もう一人でどこかへ行かないで』


 その文章を見た瞬間、私は理解した。私は今日、一日中逃げていた。でも、井土くんは一度も走らなかった。


「う、あ」


 最初から、私が最後には家へ帰ることを知っていたから。


「ああああぁぁぁ!!」


 枕に顔を埋める。疲れているのに眠れるはずがなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ