表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/8

第5話 ◼️◼️◼️

 月曜日、私は学校を休んだ。極度の睡眠不足と食欲不振で起き上がれなかったのだ。


 母には頭痛がするとだけ伝えると、「無理しなくていいわよ」と言ってあっさり仕事へ行った。


 午後になってスマホが震える。一瞬ビクリとするが、相手は美咲だった。


『大丈夫?』

『頭いたいって聞いた』


 私は返信しようとして、やめた。大丈夫ではないし、嘘をつく気分ではない。しばらくすると、また通知が鳴る。


『井土くん、すごく心配してたよ』


 私はスマホを伏せ、布団を被る。その名前をもう見たくなかった。


 そのままうとうとしていると、すうっと体が軽くなり、いつもとは違う夢の見方をした。


 最近ずっと箱に詰められていた私の体は自由を取り戻し、真っ白な花畑にひとりで立っている。


 とうとう解放されたんだ!


 私はその場でくるくる回り、どさりと花畑に寝転がる。自由がこんなに素晴らしいなんて。  


 手が動く、足が動く! 

 声も――「沙羅」


 ふと顔を横に向けると、すぐそばで同じように井土くんが寝転がっていた。私は顔を引きつらせる。


「好きだよ、沙羅」井土くんが囁く。


「優しくしたい」私は這いずりながら逃げる。


 頭を掴まれて、そのまま花畑に押し付けられる。


「いやだ! いやだいやだいやだ!」


 井土くんが私に覆い被さる。もはや自由などない。揺さぶられるその最中、フォーレの鼻歌が耳元で鳴り続けていた。

 


 翌日学校へ行くと、担任が私を見るなり心配そうな顔をする。


「佐藤、顔色が悪すぎるな。まだ治ってないだろ」

「実は、ちょっとまだ」

「無理はするなよ。昨日井土が家にプリント届けようかって言ってくれてたから」


 私はピタリと足を止める。担任は「あっ」と口を開いて、焦ったように続けた。


「いや、断ったから安心しろ。お前らまだ喧嘩してるんったな。家も近いし、助かると思ったんだが」


 私は無表情で首を振る。断ってくれたことだけが救いだった。


 ――昼休み。私は決めていた。

 井土くんと話す。逃げても何も変わらない。

 中庭で待っていると、井土くんはすぐに来た。


「沙羅さん、具合はどう? 心配し――」

「もう私に構わないで」


 井土くんの言葉を遮って、私は自分の意思を示した。


「嫌なの、もう、井土くんといるのが。怖くて、つらい」

「沙羅さん」


 こぶしで顔を覆う私に井土くんが静かに言う。


「最近、眠れてないよね」


 どうして知っているんだろう。


「顔色悪いし。疲れてるんだ」


 不気味なほどに優しい声だった。


「少し休んだほうがいい。僕がいない方がいいならそれでいいから」


 その時は私の言うことを受け入れてくれたのだと思っていた。


 その日の放課後。


 美咲が私を追いかけて来るまでは。


「沙羅!」


 美咲の表情がやけにこわばっていて、私は立ち止まる。


「何?」

「最近どうしたの? 井土くんのこと避けてるでしょ」

「うん」

「なんで?」


 私は本当のことを言うか逡巡した。でも、もう隠しても仕方がない。


「怖いの」


 美咲は目を丸くする。


「井土くんが?」

「そう」

「どうして……」

「一緒に勉強するとか言ったり」

「約束してたじゃん」

「してない」

「帰りもいつも一緒じゃん」

「勝手にね」


 美咲は反応に困ったような顔で、私の肩に手を置いて言った。


「沙羅」

「うん」

「それ、ちょっと失礼だよ」


 期待していたわけではなかった。それでもやっぱり信じてもらえないのはつらい。


「井土くん、みんなの前で一回も沙羅の悪口言わないし」

「沙羅が困ってるって聞けば助けるし」

「先生にも相談してたよ。沙羅が最近、様子がおかしいから心配ですって」


 世界が少しだけ遠くなった。私は誰に相談しても、「被害者」として扱われない。いつだって井土くんが先回りしている。


 私より先に。

 私より丁寧に。

 私より自然に。


 いつの間にか私の言葉が全部響かないようにされていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ