6. 事情聴取
話を聞く場所として、俺は物置の一角を使った。人目がなく、声が漏れにくい。椅子を二脚向かい合わせに置いた。カルド・ヴェイスは素直に従った。
俺は椅子に座り、しばらくカルドを見た。カルドも俺を見た。先に目を逸らしたのは、カルドだった。
「昨夜のことを、もう一度話してもらえますか」俺は言った。「最初から、あなたが覚えている順番で」
カルドは少し息を整えてから、話しはじめた。
昨夜の非常鐘が鳴ったとき、彼は西の詰所にいた。当直の同僚と二人で夕食をとっていた。鐘の音で飛び出すと、西門の方角から騒ぎが起きていた。西門が内側から開いていて、武装した兵が流れ込んでくるのが見えた。同僚と共に応戦しようとしたが、数が多かった。物陰に隠れ、王太子の脱出を助けたあと、こちらに流れてきた。
話し方は淀みなかった。順序立っていた。
「西門が開いたとき、誰が開けたか見ましたか」
「見ていません。気づいたときにはもう開いていました」
「内側から開いた、と確信しているのはなぜですか」
「扉の開き方です。外から破ったなら、蝶番が歪む。あの扉は綺麗に開いていました」
俺は頷いた。それは筋の通った観察だった。
「一つ確認させてください」俺は言った。「あなたが西の詰所にいたなら、東門の様子は見えませんね」
「見えません」
「他の者から、東門の話を聞きましたか。昨夜のうちに」
カルドは少し間を置いた。
「……聞きました」
「いつ」
「こちらに来る途中で、一人と合流しました。その者が東門が開いたと言っていました」
「その者の名前は」
「ドルグ・ハンといいます。一緒にここへ来た者です」
俺は頭の中で名前を確認した。六人のうちの一人だ。イリアに確認させる必要がある。
「最後にもう一つだけ」俺は言った。「魔法具を使います。構いませんか」
カルドの目が少し動いた。
「……何をする魔法具ですか」
「嘘の有無を確かめるものです。あなたが嘘をついていないなら、何も問題はない」
カルドはしばらく黙っていた。拒否する権利がある、と俺は思っていた。しかし、カルドは頷いた。
「構いません」
俺は上着の内側から、小さな石を取り出した。掌に乗るほどの大きさで、表面に細かい紋様が刻まれている。傭兵団の判事に貸与される魔法具だ。
俺はその石を手に持ち、カルドに向けた。石が淡く光った。
「先ほどの話は、全て本当のことですか」
「はい」
石の光は変わらなかった。嘘ではない。
俺は石を仕舞った。
「ありがとうございます。もう少し大使館にいてください」
「……はい」
カルドが物置を出た後、俺はしばらくそこに残った。
嘘ではなかった。カルドは見たものを正直に話した。東門と西門、どちらも開いていた可能性がある。二箇所から同時に侵入させたなら、それは相当周到な準備だ。
あるいは、もう一つの可能性がある。
六人の中に、カルドとは別の目的で東門の話をしている者がいる。東門だけに目を向けさせるために。
俺は立ち上がり、中庭に戻った。イリアがすぐに近づいてきた。
「どうでしたか」
「嘘はなかった。ただ、ドルグ・ハンという者ともう一度話したい。今度は、東門の話をいつ、誰に聞いたか、そこを中心に聞く」
イリアは頷き、中庭に目を向けた。
「あの方です」
俺はイリアが示した方向を見た。四十代の男が壁に背を預けて座っていた。腕を組み、目を閉じている。眠っているのか、考えているのか。
俺はその男に向かって歩きはじめた。
足音を聞いたのか、男は目を開けた。俺を見た。その目に、一瞬だけ何かが走った。
驚きではなかった。
警戒だった。
「ドルグ・ハンさんですか」
男は立ち上がった。俺より頭一つ分背が高い。肩幅が広く、腕が太い。近衛騎士として長く鍛えてきた体だとわかる。しかし今は剣を持っていない。
「そうですが」
「少し話を聞かせてください」
ドルグは俺をしばらく見た。断る理由を探しているような間だった。しかし、見つからなかったのだろう。小さく頷いた。
物置に戻り、向かい合って座った。ドルグは背筋を伸ばし、腕を膝の上に置いた。整然とした座り方だった。
「昨夜のことを教えてください」俺は言った。「あなたが東門のことに気づいたのは、いつですか」
「非常鐘が鳴ってから、しばらくしてからです。東の廊下を走っていたとき、門が開いているのが見えました」
「どこから見えましたか」
「二階の窓からです」
「窓から門まで、どれくらいの距離がありますか」
ドルグは少し考えた。
「三十歩ほどかと」
「夜でしたね。明かりはありましたか」
「松明が焚かれていました。騒ぎが起きていたので、誰かが灯したのだと思います」
俺は頷いた。
「カルド・ヴェイスさんとは、昨夜いつ合流しましたか」
ドルグの目が、わずかに動いた。
「王都を出る前に、路地で会いました」
「そのとき、東門の話をしましたか」
「……しました。城の中で見たことを話しました」
「カルドさんから、西門の話は聞きましたか」
「聞きました」
「どう思いましたか」
ドルグは少し間を置いた。
「西門は私には見えていませんでした。だから、そういうこともあったかもしれない、と思いました」
俺はその答えを聞きながら、石を取り出した。
「魔法具を使ってもかまいませんか?」
ドルグの顔が、一瞬だけ固くなった。しかしすぐに元に戻った。
「構いません」
俺は石をドルグに向けた。淡く光った。
「昨夜、東門が内側から開いているのを見ましたか」
「見ました」
石の光が、揺れた。
微かな揺れだった。消えたわけではない。しかし、カルドのときとは違った。
俺は表情を変えなかった。
「ありがとうございます。もう少しこちらにいてください」
ドルグが物置を出た。
俺はしばらくそこに座ったままでいた。
石の揺れは、完全な嘘を示すものではない。信じ込んでいれば、嘘をついているつもりがなくても石は反応しないことがある。逆に、本当のことを話していても、後ろめたい記憶が混じれば揺れることがある。
判事の仕事は、石の結果だけで判断しないことだ。石はあくまで補助だ。
俺が確認したいのは別のことだった。
ドルグは「二階の窓から、三十歩先の東門が見えた」と言った。夜、松明の明かりで。
王城の東側の構造を、俺はおおよそ把握していた。王太子から地図を見せてもらっていた。東廊下の二階から東門までは、三十歩どころではない。少なくとも百歩以上ある。
夜の松明の明かりで、百歩先の門の開閉を確認できるか。
できなくはない。しかし、確信を持って「東門が内側から開いた」と断言できるほど明確には見えないはずだ。
俺は立ち上がった。
中庭に戻ると、イリアが待っていた。
「どうでしたか」
「石が揺れた」俺は言った。「ただ、それだけでは判断できない。一つ確かめたいことがある。王城の東廊下の二階から東門までの距離を、正確に知りたい」
イリアは少し考えた。
「王太子殿下に確認を取りますか」
「それが早い。ヴェラ・ドルスに伝言を頼めるか。王太子殿下に、東廊下二階の窓から東門までの距離を教えてほしいと」
「承知しました」イリアは手帳に書き込みながら言った。「それと、一つ報告があります。ガルフさんが言っていたヴァルク・コーレンについて、大使館の記録を調べました」
「何かわかったか」
「三年前、帝国との交易協定の交渉に、サーキニア側の補佐として名前が出ています。当時は王弟殿下の私設秘書という肩書きでした」
「交易協定の内容は」
「鉄製品の関税引き下げです。帝国側が難色を示して、交渉は不調に終わっています」
俺は少し考えた。
三年前から、リアフォードの側近が帝国との交易に関与していた。交渉が不調に終わった。その三年後に、鉄を密かに買い集めてクーデターを起こした。
線が繋がりはじめていた。
「よく調べてくれた」俺は言った。「続けてくれ。ヴァルク・コーレンが他にどんな動きをしていたか、記録に残っているものを全部拾ってくれ」
「はい」
イリアが書記官室に戻っていった。
俺は中庭の隅に立ち、王城の方角を見た。昼の空は晴れていた。雲一つない。城の石壁が白く光っている。
あの中に、リアフォード・サーキニアがいる。
俺はまだ、彼と直接会っていない。王太子の話と、ガルフの話と、近衛騎士たちの話から、輪郭だけが見えている。
人間は、会って話してみるまでわからない。
それは、これまでの経験で知っていた。




