41. 地上へ
伝令が出てから、二日目の朝だった。
通路の奥から、足音と灯りが近づいてきた。
救援隊だった。
青の団の兵士二十名と、サーキニア軍の兵士十名。先頭に、ソートスの姿があった。
「アモス殿」ソートスは広間に入り、球体を見て、少し目を見開いた。しかし、すぐに表情を戻した。「状況は、伝令から聞いております。交代要員と、五日分の食料・水を持参しました」
「さすがだ、ソートス」
「仕事ですから」
俺はソートスに、監視体制の構築を任せた。広間に常駐する監視班を編成し、六時間交代で通路の警戒と球体の監視を行う。カウラの助言に基づき、球体から三歩以内には近づかない、魔法具の使用は最小限にとどめる、という規則を設けた。
「師団長への申し入れは」ソートスが聞いた。
「宮廷魔導師の派遣を要請する。カウラがここを離れた後、魔導の目で監視を継続する必要がある」
「承知いたしました。師団長への書面は、私が作成します」
「頼む」
監視体制が整ったのを確認して、俺は撤収の判断を下した。
「カウラ、サーディアス。俺たちは地上に戻る。ここは、ソートスと交代班に任せる」
「ようやく外の空気が吸えるわね」カウラが立ち上がった。足元が少しふらついた。サーディアスがさりげなく手を添えた。
「大丈夫か」
「大丈夫よ。ただの魔力切れ。一晩寝れば戻るわ」
「地上に出たら、茶を淹れよう」
「三杯は飲むからね」
俺たちは来た道を登りはじめた。
通路を歩きながら、俺はロドの書き置きのことを考えていた。
「お約束の品」。ジェフールが、ロドに、魔力の増幅器を運ばせた。ロドは、台座への固定ができなかった。結合の魔法は、コーレン家の末端の者の力では、扱えないものだった。
しかし、固定されていなくても、球体は機能した。台座の上に置かれただけで、魔力の増幅が始まり、ダンジョンの深層の構造を変え、魔物を地上に押し上げた。
ジェフールは、それを意図していたのか。
あるいは、意図せずに、起きてしまったのか。
あの男の目を、思い出した。穏やかで、渇望に満ちていて、しかし悪意のない目。
判事の魔法具は揺れなかった。魔法の契約も結んだ。
しかし、ジェフールが「読みたいだけ」だったとしても、ジェフールの指示で動いた者たちが、ジェフールの想定を超えた結果を引き起こしている。知識の探求が、無自覚に、災害を生んでいる。
悪意がなくても、結果は変わらない。
判事として、俺はそれを知っていた。
地上に出たのは、ダンジョンに入ってから四日目の夕方だった。
入口の監視所の兵士たちが、俺たちの姿を見て走り寄ってきた。
俺は短く退場の報告をした。出土品の申告は、なし。ただし、ダンジョン内部に監視班を残していること、交代要員の継続的な派遣が必要であることを、記録に追記させた。
陣地に戻ると、ルシウスが本陣で待っていた。
「無事か」
「全員、無事です。負傷者は軽傷が三名」
「球体の状態は」
「停止しています。監視班を置いてきました。ソートスが体制を組んでくれています」
ルシウスは頷いた。
「報告を聞こう。座れ」
俺は卓に着き、ダンジョン内部の状況を報告した。深層の広間、魔王の遺物と見られる球体、カウラによる停止作業、石喰いと鎧蜥蜴の襲来、ロドの書き置き。
ルシウスは最後まで聞き、しばらく黙っていた。
「魔王の遺物が、外から持ち込まれた、と」
「はい。書き置きの内容と、カウラの分析から、そう判断しています」
「その球体を、最終的にどうするか。お前の見立ては」
「ダンジョンの外に搬出し、帝国の管理下に置くのが、最善だと考えています」
「搬出は、可能か」
俺は少し、考えた。
これは、俺が地上に戻る道中で、ずっと考えていた問題だった。
「カウラに、確認を取りました」俺は言った。「搬出にあたっては、三つの問題があります」
「聞こう」
「一つ。球体は停止していますが、強い衝撃や、大きな魔力の干渉で再起動する可能性があります。運搬中に再起動すれば、周囲に甚大な被害が出ます。したがって、魔力を遮断する容器に収めて運ぶ必要があります」
「そのような容器は、あるのか」
「カウラによれば、大魔法使いの家系に伝わる遮断箱というものがあるそうです。ただし、この場にはありません。帝都か、ダークス家の本邸から取り寄せる必要があります」
「時間がかかるな」
「はい。二つ目の問題は、運搬経路です。深層から地上まで、狭い通路を通って運び上げなければなりません。途中で魔物に襲われる可能性もあります。運搬班には、護衛と魔導師を同行させる必要があります」
「三つ目は」
「搬出先です。帝国の管理下に置く、と申しましたが、具体的にどこに保管するか。首都の中央監視塔か、皇宮か、あるいは別の場所か。これは、エルザ陛下のご判断が必要です」
ルシウスは腕を組んだ。
「つまり、すぐには動かせない、ということだな」
「はい。遮断箱の手配に、早くても十日。運搬に、さらに数日。その間、ダンジョン内で監視を続ける必要があります」
「監視班の交代は、ソートスが回しているな」
「はい。ただし、魔導師の交代が課題です。カウラは消耗しています。サーキニア軍の宮廷魔導師に、監視の交代を依頼する必要があります」
「師団長に、俺から話そう」ルシウスは言った。「それと、遮断箱の手配は」
「エルザ陛下に通信を出します。陛下の判断で、遮断箱の手配と搬出先の決定を仰ぎます」
「わかった。通信は、今夜中に出せるか」
「イリアに頼みます」
本陣を出ると、イリアが天幕の前で待っていた。
俺の顔を見て、少し肩の力が抜けたのがわかった。しかし、すぐに書記官の顔に戻った。
「お帰りなさい」
「ただいま」
「ご報告は」
「中で話す」
俺たちは、幕僚用の天幕に入った。イリアは筆と紙を用意して待っていた。
俺はダンジョン内部の状況を簡潔に話し、エルザ陛下への通信文の内容を伝えた。
「内容を整理します」イリアは言った。「暴走の原因特定と停止。監視体制の構築。遮断箱の手配要請。搬出先の判断を仰ぐ。以上でよろしいですか」
「もう一つ」俺は少し声を落とした。帝国標準語に切り替えた。「球体が外部から持ち込まれたものであること。持ち込んだ者の手がかりがあること。これは、陛下にだけ伝えてくれ」
「ジェフールの名は」
「通信には入れない。口頭でしか伝えられない内容だ。通信には、『持ち込みの証拠あり、詳細は別途』とだけ書いてくれ」
「承知しました」
イリアは通信文を組み立てはじめた。
──暴走原因、深層の魔力増幅装置と特定。停止に成功。監視体制構築済み。搬出に遮断箱が必要、手配を仰ぐ。搬出先のご判断を願う。装置は外部からの持ち込み、証拠あり、詳細は別途。アモス。
短い文だった。しかし、必要な要素は全て入っていた。
「これで」
「頼む」
イリアが通信石を起動した。文字が、空に溶けるように消えていった。




