39. ダンジョン内部の調査へ
四日目の朝、掃討は完了した。
サーキニア軍の第二師団が、三千の兵力を動かして、地上に残っていた魔物を全て処理した。周辺の村落の安全が確認され、避難民の帰還が始まった。
カウラの仮封鎖は、まだ維持されていた。しかし、彼女の顔には明らかな疲労が見えていた。
「カウラ」俺は封鎖地点に行って声をかけた。「圧力の変化は」
「昨日より、さらに上がっている」カウラは椅子に座ったまま言った。目の下に、暗い影があった。「押し返すのに、倍の魔力を使っている。明日の夕方が限界よ」
「明日の夕方まで、持つか」
「持たせる。ただし、その後は二日間、使い物にならないわ」
「わかった。今日中に、次の手を打つ」
俺は本陣に戻り、ルシウスに報告した。
「カウラの仮封鎖は、明日の夕方が限界です。それまでに、次の段階を決める必要があります」
ルシウスは腕を組んだ。
「次の段階、というのは」
「ダンジョン内部の調査です。掃討は完了しました。地上は安定しています。しかし、暴走の原因が深層にある以上、入口を封じるだけでは根本的な解決にならない」
「調査隊を入れる、ということか」
「はい。ただし、深層の種が出ている以上、調査隊には相当の戦力が必要です。サーキニア軍と協議する必要があります」
「アモス」ルシウスは少し、声を落とした。「お前自身は、何が起きていると思う」
俺は少し考えた。
ルシウスには、コーレン家のことも、封印文書のことも、話していない。話せない。しかし、幕僚として、戦団長に対して、自分の判断の根拠を示さないわけにもいかない。
「魔導的な見地から、カウラが異常を感知しています」俺は言った。「深層から、意図的に魔力が押し上げられている可能性がある、と。自然現象ではない、と」
「意図的」
「はい。何かが、あるいは誰かが、深層で動いている可能性があります」
ルシウスは長く黙っていた。
「アモス。お前が、調査隊に入るつもりだな」
俺は答えなかった。答える前に、ルシウスが見抜いていた。知的な指揮官だった。
「戦団長の許可をいただきたい」俺は言った。「幕僚としての仕事は、掃討の完了で、一段落しました。サーキニア軍との連携も、軌道に乗っています。ここから先は、ソートスと副官が引き継げます」
「お前がダンジョンに入る理由は、幕僚の仕事ではないだろう」
「はい」
「では、何だ」
俺は少し、間を置いた。
「個人的な調査です」
ルシウスは俺を見た。
「個人的、か」
「はい。戦団長には、詳細をお伝えできません。ただし、皇太子殿下から、要請を受けています」
ルシウスの目が、少し動いた。皇太子の名を出したことで、これが戦団の範囲を超えた話であると、理解したのだろう。
「わかった」ルシウスは言った。「お前が入るなら、護衛をつける。サーディアスと、精鋭十名」
「護衛は不要です」
「不要でも、つける。戦団長として、幕僚を無防備でダンジョンに入れるわけにはいかない」
「……承知いたしました」
「それと、カウラも連れていけ」
「カウラは、仮封鎖で消耗しています」
「だからこそ、だ。カウラが深層の異常を感知している。お前が調査に入るなら、魔導の目が必要だ。仮封鎖を解いた後、一日だけ休ませてから、合流させる」
俺は少し考えた。ルシウスの判断は、合理的だった。
「承知いたしました」
その日の午後、サーキニア軍との合同会議を開いた。
議題は、ダンジョン内部の調査だった。
師団長は、調査の必要性を認めた。参謀も同意した。ここまでは、順調だった。
問題は、調査隊の編成だった。
「帝国傭兵団から、調査隊を出す」ルシウスは言った。「我が青の団の幕僚であるアモスを隊長とし、副官のサーディアス、魔導幕僚のカウラ、精鋭十名を含む十三名の編成とする」
師団長が言った。
「我が軍からも、人を出したい」
「もちろんです」俺は言った。「ダンジョンに詳しい兵を、数名、お借りできれば助かります」
「第二師団の斥候隊から、五名を出そう。このダンジョンの中層までは、何度か入っている者たちだ」
「ありがとうございます」
参謀が口を開いた。
「調査の目的を、明確にしておきたい」
「暴走の原因の特定です」俺は答えた。「深層から魔力が噴出している原因を確かめ、可能であれば、それを止める。不可能であれば、状況を正確に記録し、撤退する」
「止められない場合は」
「長期的な対策を、帝国とサーキニアの双方で協議する必要が出てきます。その際の判断材料を、持ち帰ることが、最低限の目標です」
参謀は頷いた。
「合理的です」
調査隊の出発は、二日後と決まった。カウラの休養に一日、準備に一日。
夜、俺は陣地の外れで、イリアと話していた。
「伯父上」イリアは帝国標準語で言った。「調査隊に、私は入っていませんでしたが」
「入れなかった」
「なぜですか」
「お前には、別の仕事がある」
イリアは少し、俺を見た。
「別の仕事、というのは」
「俺がダンジョンに入っている間、本陣でソートスの補佐をしてくれ。幕僚の仕事が途切れないように。それと──」
俺は少し、間を置いた。
「エルザ陛下への通信を、頼みたい」
「通信の内容は」
「暴走の状況と、深層の異常について。カウラの所見を含めて、正確に伝えてくれ。俺が通信文を書くより、お前が書いた方が、簡潔にまとまる」
イリアは少し、黙っていた。
「伯父上」
「なんだ」
「私を、また遠ざけていますか」
俺は少し、笑った。
「遠ざけてはいない。お前を、俺の退路に置いている」
「また、同じ言葉ですね」
「同じ状況だからな」
イリアは少し、唇を結んだ。それから、頷いた。
「承知しました。ただし、条件があります」
「聞こう」
「必ず、戻ってきてください」
俺は少し、黙った。
「判事として約束する、とは言えない。判事は、結果の約束はしない」
「では、伯父として」
俺はイリアを見た。
夜の篝火の光が、姪の顔を照らしていた。毅然としていた。しかし、目の奥に、隠しきれない不安があった。
「戻る」俺は言った。「伯父として、約束する」
イリアは少し、目を伏せた。
「ありがとうございます」
俺は空を見上げた。
星は出ていた。明後日の朝、俺はダンジョンに入る。
封印文書の知識、カウラの魔導的観察、そして深層で動いている何か。全ての線が、一つの場所に向かって収束しようとしていた。
俺は深く息を吸い、吐いた。
旧魔王領の竜骨窟で石喰いと戦ったときと、同じ匂いの空気だった。戦場の匂い。
しかし、今度は一人ではなかった。




