37. 師団への折衝
翌朝、俺はサーキニア軍の陣地に向かった。
青の団の陣地から、西に半刻ほど歩いた場所に、サーキニア軍の本陣があった。傭兵団の陣地より、規模は大きかった。天幕の数も、兵士の数も、三倍以上はある。しかし、その規模の大きさが、かえって混乱を見えやすくしていた。
天幕の間を走る伝令の動きが、整然としていなかった。指示系統が一本ではなく、複数の線が交差している。師団長からの命令と、参謀からの命令が、別々に飛んでいるのだろう。
俺は本陣の天幕の前で、名を告げた。
「皇室傭兵団青の団、戦務幕僚のザックロード・アモスと申します。第二師団長殿に、お目通りを願います」
衛兵が中に入り、すぐに戻ってきた。
「お通しします」
天幕の中は、広かった。卓の上に地図が広げられているのは、青の団と同じだった。しかし、地図の上に書き込まれている情報が、整理されていなかった。矢印と数字が、重なり合って読みにくくなっている。
卓の向こうに、二人の男が立っていた。
一人は、五十代後半の男だった。体格が良く、日焼けした顔に、白い短い髭がある。軍服の上に、鎧を重ねていた。第二師団長だろう。現場の叩き上げの匂いがする男だった。
もう一人は、四十代前半の男だった。痩せ型で、眼鏡をかけている。軍服は着ているが、鎧はなかった。王都から派遣された参謀だろう。知識人の立ち方をしていた。
二人の間の空気が、重かった。
「アモス殿」師団長が言った。声は太く、低かった。「傭兵団から、幕僚が来てくださったか。ありがたい」
「お忙しいところ、失礼いたします」俺は言った。「まず、双方のお考えを、正確にお聞かせいただきたく参りました」
「双方、と言われますと」参謀が言った。声は冷静だったが、どこかに棘があった。
「師団長殿と、参謀殿の間で、方針に相違があると、伺っております」
参謀が少し、顔を引き締めた。師団長は腕を組んだ。
「率直に申し上げます」俺は言った。「帝国傭兵団は、サーキニア軍と連携して暴走に対処する立場です。しかし、連携の前提として、サーキニア軍側の方針が統一されていなければ、我々も動きが取れません。方針の統一を、お手伝いさせていただきたい」
師団長が先に口を開いた。
「アモス殿。私の考えは単純だ。ダンジョンの入口を塞げば、溢出は止まる。止まれば、地上の魔物を掃討できる。入口を放置したまま掃討しても、次から次へと出てくる。いたちごっこだ」
「師団長殿のお考えは、承知いたしました」俺は頷いた。「参謀殿は」
「入口を塞ぐのは、対症療法に過ぎません」参謀は言った。「深層の種が出ているということは、ダンジョンの内部構造に、根本的な変化が起きている可能性があります。入口を塞いでも、圧力が高まれば、別の場所に噴出口ができる。まず地上の魔物を殲滅し、その上でダンジョン内部の調査を行うべきです」
俺は二人の主張を、頭の中で並べた。
どちらも、間違ってはいなかった。どちらも、一面の正しさを持っている。しかし、どちらも、もう一方の視点を欠いていた。
「一つ、お伺いしてもよろしいですか」俺は師団長に言った。
「どうぞ」
「入口を塞ぐ場合、どのような方法をお考えですか」
「土嚢と石で物理的に封鎖し、その上から魔法で固める」
「その封鎖が、深層の種の突破力に耐えられる保証は」
師団長は少し、黙った。
「参謀殿」俺は続けた。「殲滅を先行する場合、地上に展開している魔物を全て掃討するのに、どれだけの時間を見込んでいますか」
「現在の兵力と魔物の出現ペースから算出すると、最低で十日です」
「その十日間、溢出は続きます。十日後に掃討が完了しても、その間にさらに数百体が地上に出てくる可能性は」
参謀も少し、黙った。
「お二方」俺は言った。「どちらかの方針を選ぶのではなく、両方を同時に行うことは、可能でしょうか」
二人が、俺を見た。
「入口の封鎖と、地上の掃討を、同時に進める。封鎖は完全でなくてよい。溢出の速度を落とすだけでいい。速度が落ちた間に、地上の魔物を掃討する。掃討が終わったら、封鎖を強化し、内部の調査に移る」
師団長が少し、腕を解いた。
「同時にやるとなると、兵力を分割しなければならんが」
「傭兵団が、封鎖の支援に回ります。青の団には魔導幕僚がいます。魔法による仮封鎖なら、物理的な封鎖より速い。その間に、師団の主力で地上の掃討を」
参謀が少し考え、それから頷いた。
「合理的な提案です。ただし、仮封鎖の魔法の維持には、相当の魔力が要ります」
「カウラ・ダークスなら、可能です」
「ダークス家の」参謀の目が、少し動いた。「大魔法使いの家系の」
「はい」
師団長と参謀が、顔を見合わせた。
二人の間の空気が、少しだけ、変わっていた。
「アモス殿」師団長が言った。「明日の朝、合同の作戦会議を開きたい。傭兵団の戦団長にも、お越し願いたいが」
「ルシウス・グレイ戦団長に、お伝えいたします」
「頼む」
俺はサーキニア軍の天幕を出た。
外の空気を吸った。朝の光が、南西の丘陵地帯を照らしていた。まだ、煙が見えた。
しかし、一つ目の仕事は、形がついた。
青の団の陣地に戻ると、ルシウスに報告した。
「サーキニア軍との合同作戦会議を、明日の朝、提案してきました」
「まとめたか」ルシウスは少し、笑った。「一日で」
「まとめたとは言えません。ただ、双方の主張を並べて、折衷案を示しただけです」
「それを、一日でやるのが、お前の仕事だ」
俺は軽く頭を下げた。
「カウラ」ルシウスは魔導幕僚を呼んだ。
「はい」カウラが天幕に入ってきた。
「ダンジョンの入口を、魔法で仮封鎖する仕事が入りそうだ。できるか」
「できるわ」カウラは即答した。「ただし、維持期間による。三日なら楽。五日なら辛い。十日なら、倒れる」
「三日から五日の間で、掃討を終わらせる計算になる」俺は言った。
「なら、やりましょう」カウラは少し笑った。「大魔法使いの家系の名にかけて」
ソートスが、卓の端で帳簿を開いた。
「仮封鎖中の魔力消費を考慮すると、カウラの食事と休息の確保が最優先になります。護衛も必要です。兵站の計算を、今日中にまとめます」
「頼む」ルシウスは頷いた。
サーディアスが、明るく言った。
「カウラの護衛なら、俺がやろう。大魔法使いの隣で立ってるだけの仕事だ。楽なもんだ」
「立ってるだけで済むと思わないことね」カウラが言った。
「ああ、魔物が来たら斬る仕事もあったな」
「違うわ。私が疲れたら、お茶を淹れなさいって言ってるの」
天幕の中で、笑い声が起きた。
俺も少し、笑った。
戦場の空気の中で、この戦団の面々が、いつもの調子を保っている。それは、ルシウスの指揮の下で、五年間かけて作り上げた空気だった。




