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 33. 皇太子宰相スロック

 皇太子宮は、副都の中央、高台の上にあった。旧王国の王宮をそのまま使っている。城壁と門が重厚で、門には皇太子の紋旗が掲げられていた。


 門で皇族の印を示した。ここでも、対応は速かった。


「ザックロード・シーク・レイフ・エルヴァルト殿。皇太子殿下がお待ちです」


 待っている、というのは、スロックが俺の到着を知っていた、ということだ。エルザ陛下から連絡が入っていたのだろう。


 案内に従い、宮の奥へ進んだ。


 執務室に通された。


 広い部屋だった。帝都の皇宮とは違い、装飾が多い。旧王国時代の調度品が、そのまま使われている。窓は南向きで、港の方角が見えた。


 卓の向こうに、スロックが座っていた。


 五年ぶりだった。


 弟は、変わっていなかった。端正な顔立ち。穏やかな目。背筋がまっすぐに伸びた座り方。宰相として、この卓の向こうで、帝国を動かしている男。


 スロックは俺を見て、立ち上がった。


「ザック殿。遠路、お疲れさまでした」


 その呼び方だった。「ザック殿」。皇太子から傭兵団員への建前。五年前と、変わっていなかった。


「お久しぶりです、スロック殿下」


 俺も、建前で返した。


 スロックは少し微笑んだ。それから、部屋の中にいた書記官に、静かに目配せした。書記官は頭を下げ、部屋を出ていった。扉が閉まった。


 俺たち二人と、イリアだけが残った。


「座ってください」スロックは言った。声が変わっていた。皇太子の声ではなく、弟の声だった。


 俺は座った。イリアも、少し離れた椅子に座った。


「エルザ陛下から連絡が来ています」スロックは言った。「封印文書の件。口頭で報告を受けるように、と」


「ああ」


「聞かせてください」


 俺は、帝都でエルザ陛下に話したのと同じ内容を、スロックに話した。


 六王家の成り立ち。血の契約。呪いの代償。魔王の残滓の可能性。


 スロックは、陛下と同じく、一度も口を挟まなかった。


 しかし、聞き方が違った。陛下は直感で全体を掴む聞き方をした。スロックは、一つ一つの事実を、頭の中で組み立てながら聞いていた。弟らしい聞き方だった。


 話し終えたとき、スロックはしばらく目を閉じていた。


 それから、目を開けた。


「兄上」


 俺は、一瞬、呼吸が止まった。


 スロックが、俺を「兄上」と呼んだ。通信では「ザック殿」だった。五年間、建前を崩さなかった弟が、顔を合わせた途端に、崩した。


「……なんだ」


「よく、持ち帰ってくださった」


 その声は、皇太子の声ではなかった。弟の声だった。


 俺は何も言わなかった。言えなかった。


 しばらく、沈黙があった。


 スロックが、少し息を吐いてから、続けた。


「この知識の扱いは、エルザ陛下と協議します。結論が出るまでは、現状のまま。封印文書は竜骨窟に、知識は兄上とイリアと、陛下と私の四人の中に」


「わかった」


「ジェフールとの魔法の契約も、有効のままですね」


「ああ」


「では、当面は動かしません。ただし、魔王の残滓についての調査は、いずれ必要になるかもしれない。そのときは、改めて兄上にお願いすることになります」


「要請があれば、応じるさ」


 スロックは少し笑った。


「要請、ですか」


「ああ。命令ではなく」


「わかっています」


 スロックの笑い方は、兄弟だけが共有できる種類のものだった。


「もう一つ」スロックは言った。「サーキニアの件は、王太子殿下に委ねてあります。リアフォード殿下の処遇については、王太子殿下から正式な書面が届きました」


「どうなった」


「死刑です。王弟リアフォードを含め、クーデターに関わった主な者は、全て死罪。コーレン家の主な関与者も、同様です。ジェフールも、計画に関与した者として、死罪の対象に含まれています」


 俺は少し、息を吐いた。


「ただし」スロックは続けた。「死刑は猶予されています。執行は当面、行わない。事実上の終身刑です」


「猶予、か」


「王太子殿下が、国王陛下を説得されたとのことです。即座に処刑するのではなく、死刑を宣告した上で、執行を無期限に猶予する。リアフォード殿下たちは、幽閉という形になります」


「王太子殿下が国王に即位する際には」


「恩赦の可能性を、含みとして残してあるそうです。書面には明記されていませんが、王太子殿下の意向として、そうお聞きしています」


 俺はしばらく黙っていた。


 ほっとした、というのが正直な感覚だった。リアフォードは、少なくとも今は、死なない。


 しかし、同時に、別の感覚もあった。死刑を猶予するという判断は、法的には正当だが、政治的には甘い。クーデターの首謀者を生かしておくことが、将来、新たな火種になる可能性は否定できない。


 だが、恩赦の含みを残したのは、王太子の判断だった。叔父を殺したくない、という個人の感情と、国王として将来、恩赦によって国内の融和を図るという政治的計算の、両方があるのだろう。


「王太子殿下らしい判断だな」俺は言った。


「兄上は、甘いと思いますか」


「思う。だが、甘さが常に悪いとは限らない」


 スロックは少し黙った。それから、静かに言った。


「兄上が種を蒔いたのだと、私は思っています」


 俺は何も言わなかった。

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