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 3. 王弟の反乱 

 夜になっても、鐘は止まらなかった。

 正確には、鐘そのものは日没前に止んでいた。しかし王都の喧騒は続いていた。怒号とも悲鳴ともつかない声が、遠くからかすかに届いてくる。俺は執務室の窓際に立ち、暗くなった丘の方角を見ていた。王城のあたりに、点々と篝火の光が見えた。

 篝火の数は多かった。守りを固めている、ということだ。

 大使館の中庭には、昼間のうちに集まった市民が二十人ほど座り込んでいた。子供が八人、負傷者が六人、その付き添いが残りだ。ベルトが毛布と水を配っている。文句を言う者はいなかった。疲弊しているのか、諦めているのか、あるいはその両方か。

「報告文の草稿ができました」

 イリアが背後から声をかけてきた。振り返ると、羊皮紙を二枚持っていた。

「見せてくれ」

 俺は受け取り、燭台の明かりで読んだ。

 簡潔だった。事実が時系列で並べられ、余計な感情が一切ない。食糧と鉄の価格異変、クーデターの発生、王城の占拠、国王と王太子の脱出、大使館の現状。それだけだった。最後の一行だけ、短い見立てが添えられていた。

 ──王城奪還の見通し、現時点では不明。長期化の可能性を考慮されたい。

「よく書けている」俺は言った。「一つだけ足してくれ。価格異変を最初に察知したのは傭兵団の者であり、大使館を通じて情報提供を試みたが間に合わなかった、という経緯を」

「なぜですか」

 イリアの問いは鋭かった。批判ではなく、純粋な確認だ。

「スロックが読んだとき、情報の流れを正確に把握できるようにするためだ。誰が何をしたか、何が足りなかったかを隠すと、次に同じことが起きる」

「伯父上が動いていたことを、本国に知らせる必要があると」

「俺の手柄の話じゃない」俺は言った。「傭兵団の判事業務が、外交情報の早期察知に機能しうるという話だ。制度として評価するかどうかは、スロックが決める」

 イリアはしばらく俺を見ていた。何かを考えているような目だった。

「承知しました」

 彼女は羊皮紙を受け取り、書き足しはじめた。俺は再び窓の外に目を向けた。

 篝火は動いていなかった。今夜は膠着したままだろう。クーデターが起きた直後の夜というのは、大抵そういうものだ。両陣営ともに状況を把握しようとして、動けない。

 しばらくして、ベルトが執務室に顔を出した。

「王城の方角から、一人来ました。王家の使いだと言っています」

 俺とイリアは顔を見合わせた。

「通せ」俺は言った。「ただし、武器を預かってから」

「すでに預かっている」

 ベルトが扉を開けると、泥と煤で汚れた若い男が入ってきた。二十代半ばか。騎士の装束を着ているが、兜はない。左腕に布が巻かれていた。血が滲んでいる。

 男は俺を見て、次にイリアを見て、それからデルノフ卿を見つけて、そちらへ歩こうとした。

「俺に話せ」

 俺が言うと、男は止まった。一瞬迷う表情を見せたが、すぐに向き直った。

「王太子殿下からの言伝です。国王陛下と殿下は、王都北西の森に入られました。第三近衛隊の残存と合流し、現在は安全な場所に身を置いておられます。帝国大使館に伝令を送るよう、殿下が直接命じられました」

「王城の状況は」

「反乱軍が占拠しています。ただ、城内の者が全員従っているわけではありません。一部は抵抗を続けています」

「反乱の首謀者は」

 男は一瞬、口をつぐんだ。

「殿下の御叔父上、王弟のリアフォード・サーキニア様と聞いております」

 俺は表情を変えなかった。イリアも変えなかった。デルノフ卿が小さく息を呑む音がした。

 国王の弟が、クーデターを起こした。王位継承の可能性を持つ者が、だ。

「殿下は、帝国に何を求めているか」

「それについては、直接お会いして話したいと、殿下がおっしゃっています。ついては、ザックロード・アモス殿に単独でお越しいただけないかと、そのように言付かっております」

 俺の眉が少し動いた。

「なぜ俺を名指しした」

「殿下は、アモス殿のことをご存知です。傭兵団の方であり、かつ帝国の皇族でもいらっしゃると。公式の外交官ではないが、帝国の意思を代弁できる立場の方だと、そのようにお考えのようです」

 俺は少し考えた。

 王太子が俺を名指しした。それは、公式ルートを通らずに帝国と話したい、ということだ。大使を通せば記録が残り、帝国の公式見解を求めることになる。俺を通せば、まず腹を割って話せる。

 賢い判断だと思った。

「わかった」俺は言った。「いつ、どこへ行けばいい」

「明朝、夜明け前に。王都の北門を出て、森に向かう街道を一里ほど進んだところに、廃屋があります。そこに案内の者を置いておきます」

「一人でと言ったな」

「はい」

「わかった」

 伝令の男が退出すると、イリアが静かに言った。

「罠の可能性があります」

「ある」

「それでも行かれますか」

 俺は少し考えた。罠である可能性と、罠でない可能性。王太子が本当に帝国と話したいと思っているなら、この状況でわざわざ俺を呼ぶのは理に適っている。クーデターが成功しかけている今、帝国の出方を確認しておきたいはずだ。

「行く」俺は言った。「ただし、お前には報告書の仕上げと、魔法通信石の送信を頼む。俺が戻らなかった場合は、その旨も付け加えてくれ」

「……承知しました」

 イリアの声は平静だった。しかし、返事までに少し間があった。

 俺はそれに気づいたが、何も言わなかった。

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