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 27. 第七層の封印

 夜明けと共に、俺たちは塔を出た。

 三人だった。俺が先頭、イリアが後方、ジェフールが中央。ダンジョンに入る前の隊列を、俺が指示した。ジェフールは何も言わずに従った。

 北中央街道から外れ、獣道に近い細い道を、半日ほど歩いた。旧魔王領の景色は、街道を離れると一変した。灰色の岩肌が剥き出しになり、低い灌木がまばらに生えているだけだった。空は広かったが、色が薄い。日差しが、どこか埃っぽかった。

 ジェフールは黙って歩いた。旅慣れた足取りだった。商人風の装束ではなく、今日は革の旅装束に着替えていた。腰に短剣を一本帯びている。俺が思っていたよりも、動きに無駄がなかった。

 昼前に、竜骨窟の入口が見えてきた。

 岩壁に、大きな穴が開いていた。高さは人の背丈の三倍ほど。幅はその倍ある。穴の周りの岩が、白く風化していて、遠くから見ると、巨大な獣の顎のように見えた。竜の骨に似ている、というのが名の由来だろう。

 入口の脇に、小さな監視所があった。石造りの小屋で、帝国軍の旗が立っている。

 監視所の兵士が二人、俺たちを見て立ち上がった。

「ザックロード・アモスと申します」俺は言った。「ハルム塔長から、連絡が入っているはずです」

「はい。お伺いしております」兵士は頷いた。「入場料は」

「三名分を」

 俺は六リードスを出した。一人二リードス。兵士は受け取り、記録票を書きはじめた。

「氏名と、入域目的を」

「ザックロード・アモス、イリア・オットー、ジェフール。目的は、探索です」

 兵士は手早く記録を書き、票の写しを俺に渡した。

「ご安全を」

 俺たちは、ダンジョンの入口に立った。

 穴の中から、冷たい空気が流れてきた。地上とは違う、湿った石の匂い。暗さの先に、微かに光る苔が、壁面に張り付いていた。

「行くぞ」俺は言った。

 イリアが頷いた。ジェフールも頷いた。

 俺たちは、闇の中に踏み込んだ。


 第一層から第三層までは、順調だった。

 通路は広く、天井も高い。照明の魔法具を灯さなくても、壁面の光る苔がかすかな明かりを与えてくれた。足元は乾いた石で、歩きやすい。

 魔物は、いた。しかし、第三層までのものは、冒険者たちが定期的に間引いている。出現したのは、小型の石蜥蜴が三匹と、洞窟蝙蝠の群れだけだった。石蜥蜴は俺が槍で処理し、蝙蝠はイリアが剣で散らした。ジェフールは手を出さなかった。必要がなかったからだ。

 第四層に入ると、空気が変わった。

 湿度が上がり、天井から水が滴りはじめた。苔の光が弱くなり、照明の魔法具を灯した。通路は狭くなり、時折、分岐路が現れた。ジェフールが先に立ち、地図を見ながら道を選んだ。

「この分岐は、右です」

「了解だ」

 俺はジェフールの後ろについた。イリアが殿を守った。

 第五層で、大型の魔物が出た。

 岩甲虫だった。人の胴体ほどの大きさの虫で、硬い甲殻に覆われている。角で突いてくる。速度は遅いが、甲殻を打ち抜くのは容易ではない。

 俺は槍を構えた。

 岩甲虫が突進してきた。俺は半歩横に避け、甲殻の継ぎ目を狙って、槍の穂先を突き入れた。一撃で仕留められなかった。虫は体を回転させ、角を振り上げた。

 横から、イリアの剣が走った。虫の足を斬り、動きを止めた。俺がもう一度、槍を突き入れた。今度は、甲殻の隙間を正確に捉えた。虫が、動かなくなった。

「久しぶりにしては、よく動けたな」俺はイリアに言った。

「体が覚えておりました」イリアは少し息を弾ませながら言った。「ただし、五年分の鈍りは、感じます」

「無理をするな。深層に近づけば、もっと出る」

 ジェフールは、少し離れたところで、虫の死骸を見ていた。

「すごい連携ですね」

「経験だ」俺は言った。

「冒険者時代、お二人はご一緒に」

「いや。しかし、血の繋がりは、動きに出る」

 ジェフールは少し笑った。

 俺たちは先へ進んだ。


 第六層に入ると、ジェフールの地図だけが頼りになった。

 公式の地図は、ここまでしか情報がない。通路は複雑に入り組み、分岐路が頻繁に現れた。ジェフールは迷わなかった。一つ一つの分岐で、地図を確認し、壁の印を確認し、道を選んだ。

「ジェフール殿」俺は聞いた。「この先に、何度来ていますか」

「十二回です」

「十二回」

「封印の壁を見つけてから、三年の間に。壁の前までは行けます。ただし、開けることができなかった」

 十二回。同じ道を、一人で、十二回。

 この男の渇望の深さを、俺はまた少し、理解した。

 第六層の奥で、もう一度、魔物が出た。今度は二匹。影蛇と呼ばれる、暗闇に溶け込む細長い魔物だった。気配が薄く、近づかれるまで気づきにくい。

 俺が一匹を槍で叩いた。もう一匹がイリアの足元に這い寄った。

 ジェフールが動いた。

 短剣を抜き、蛇の頭を正確に踏みつけた。それから、短剣で首を落とした。無駄のない動きだった。

 俺はジェフールを見た。

「自衛能力はある、と言ったが」

「最低限です」ジェフールは言った。

「最低限の者は、影蛇の頭を踏みつけない」

 ジェフールは少し笑った。何も言わなかった。

 俺はそれ以上、追及しなかった。


 第七層に入った。

 空気がさらに変わった。湿度が下がり、乾いた石の匂いが戻ってきた。しかし、それに混じって、別の匂いがあった。

 古い紙の匂いだった。

「近い」ジェフールが言った。

 通路を進むと、分岐路が現れた。右と左。

「左です」ジェフールは言った。

 左の通路に入った。狭い通路だった。二人が並んで歩けない幅。天井も低い。身を屈めて進んだ。

 二十歩ほど進むと、行き止まりになった。

 壁だった。

 灰色の石壁。一見すると、何の変哲もない壁に見える。しかし、目を凝らすと、壁の表面に、うっすらと紋様が浮かんでいた。

 俺はその紋様を見た。

 コーレン家の紋様ではなかった。

 六王家の紋章だった。六つの家の紋章が、円形に配置されている。レイフ家、ザン家、サーズ家、オットー家、マロカル家、セトム家。そして、その中央に、もう一つの紋章があった。

 見たことのない紋章だった。

「これは」俺は言った。

「初代皇帝の個人印です」ジェフールが静かに言った。「この紋章は、帝国のどの記録にも残されていません。コーレン家の古い文書の中にだけ、この図案が記されていました」

 俺は壁の前に立った。

 六王家の紋章が、壁に刻まれている。中央の初代皇帝の印に、手を伸ばした。

 掌が壁に触れた瞬間、紋章が光った。

 淡い、青白い光だった。六王家の紋章が、順に灯っていった。レイフ、ザン、サーズ、オットー、マロカル、セトム。中央の初代皇帝の印が、最後に光った。

「皇族の魔力を、壁が受け取ったのですね」イリアが小声で言った。

「初代皇帝が封じた壁は、初代皇帝の子孫──つまり皇族の魔力でなければ、反応しません」ジェフールは言った。「私がここに来たとき、何度も試しましたが、何も起きなかった」

 低い振動が、足元から伝わってきた。壁が、動きはじめていた。

 石の軋む音が、狭い通路に響いた。壁が、左右に割れるように、開いていった。

 その向こうに、小さな部屋があった。

 照明の魔法具の光が、部屋の中に差し込んだ。

 卓が一つ。卓の上に、革で装丁された一冊の書物が、置かれていた。

 三百年以上前に封じられた、魔王の時代の記録。

 俺たちは、その部屋の入口に、立っていた。

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