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 26. 竜骨窟へ

 その日の夕方、エルザ陛下からの返答が、魔法通信で届いた。

 ──封印文書の開封、許可する。ただし、内容の確認と判断は、ザックロードに一任する。危険と判断すれば、即時中断せよ。

 短い文だった。しかし、明確だった。

 俺は通信文を畳み、イリアに見せた。

「許可が出た」

「陛下が」イリアは少し、目を見開いた。「即決ですね」

「あの方は、いつもそうだ」

 俺は卓に着き、次の手を考えた。

 封印文書の場所を、ジェフールから聞く必要がある。そして、ジェフールと共にダンジョンに入る。イリアも同行する。皇族の魔力が封印を開く鍵になる以上、俺かイリアのどちらか、あるいは両方が必要だった。

 翌朝、俺は再び「狐の宿」を訪れた。

 ジェフールは食堂にいた。ヴァルクの姿はなかった。

「おはようございます、アモス殿」

「おはようございます。お返事を、お持ちしました」

 ジェフールの目が、少し動いた。

「エルザ陛下の許可が、下りました」俺は言った。「封印文書の開封に、俺と姪が同行します。ただし、条件があります」

「お聞かせください」

「内容の確認と判断は、俺に一任されています。危険と判断すれば、即時中断します。それと、文書の内容は帝国に報告される可能性があります。それは、先日お伝えした通りです」

「承知しております」

「では、封印文書の場所を、教えてください」

 ジェフールは少し、間を置いた。

 それから、懐から小さな地図を取り出した。手描きのものだった。ダンジョンの内部構造が、細かく書き込まれていた。

「ここから北へ半日ほどの場所に、中層のダンジョンがあります。『竜骨窟』と、冒険者の間では呼ばれています」

「竜骨窟」俺は言った。「俺も知っている。第一軍にいた頃、警備の巡回で入口まで行ったことがある」

「その竜骨窟の第七層に、分岐路がございます。通常の探索では、右の通路を取ります。左の通路は、行き止まりと記録されている。しかし、行き止まりの壁に、魔法の封印がかけられています。皇族の魔力で、その壁を開くことができます」

「壁の向こうに」

「小さな部屋がございます。その部屋の中に、封印文書が保管されています」

 俺は地図を受け取り、目を通した。竜骨窟の構造は、第一軍時代に見た記録と概ね一致していた。第七層の左の分岐——確かに、記録では行き止まりとされていた。

「ジェフール殿」俺は言った。「この場所を、あなたはいつ知りましたか」

「五年前です。コーレン家の古い記録の中に、場所を示す暗号がございました。それを解読するのに、三年かかりました」

「解読してから、なぜ今まで開けなかったのですか」

「皇族の魔力がなければ、壁は開きません。私一人では、入ることができなかった」

 俺はジェフールを見た。

 五年間、場所を知りながら、開けることができなかった。その間、この男は旧魔王領に留まり続けた。待ち続けた。皇族が、ここに来ることを。

 そして、俺が来た。

「いつ、向かいますか」ジェフールが聞いた。

「準備に一日。明後日の朝、出立します」

「承知いたしました」


 塔に戻り、俺はハルムとイリアに状況を説明した。

「竜骨窟の第七層まで、往復で二日から三日を見込んでいます」俺は言った。「ジェフールが同行します。イリアも来ます」

「護衛は」ハルムが聞いた。

「つけません。人数が増えれば、ダンジョン内での機動性が落ちます。三人で入ります」

「アモス殿」ハルムは少し、顔を曇らせた。「竜骨窟は、中層としては難度が高い部類です。第三層から先は、魔物の出現率が上がります」

「承知しています。第一軍の頃、第五層までの記録は把握しています」

「第七層まで入った者は、当塔の記録では、過去十年で三件です。いずれも上級の冒険者パーティで、六人以上の編成でした」

「私と、イリアと、ジェフール。三人です」俺は言った。「ただし、私は元第一軍司令官です。イリアは八年間リードスゴートで活動した元冒険者です。戦力としては、一般の冒険者パーティに劣りません」

 ハルムは少し考えた。

「ジェフールという方の、戦闘能力は」

「わかりません」俺は答えた。「商人風の男ですが、コーレン家の仕事を長く担ってきた者です。ダンジョンに一人で出入りしている以上、最低限の自衛能力はあるでしょう」

「了解いたしました」ハルムは頷いた。「当塔からは、竜骨窟の入口の監視所に連絡を入れておきます。入退場の記録と、緊急時の対応ができるよう、手配いたします」

「感謝します」

 ハルムが去った後、イリアが言った。

「伯父上」

「なんだ」

「ジェフールを、信用していますか」

 俺は少し考えた。

「信用するかどうかは、問題ではない」俺は答えた。「俺の仕事は、封印文書の内容を確認し、判断することだ。ジェフールが同行するのは、彼がその場所を知っているからだ。信用とは、別の話だ」

「ダンジョンの中で、裏切る可能性は」

「ある。ただし、ジェフールが求めているのは、文書を読むことだ。俺たちを排除しても、皇族の魔力がなければ壁は開かない。俺たちを必要としている以上、裏切る動機は薄い」

「文書を読んだ後は」

 俺は少し、黙った。

「そこから先は、文書の中身次第だ」

 イリアは頷いた。


 翌日は、準備に充てた。

 装備の確認。槍と短剣。防具は軽装にした。ダンジョン内での機動性を重視した。

 食料と水。三日分を持つ。

 魔法具。判事の石と、簡易照明の魔法具を二つ。ハルムが貸し出してくれた。

 地図。ジェフールの手描き地図と、塔に保管されていた竜骨窟の公式地図を、照合した。第五層までは一致していた。第六層以降は、ジェフールの地図にしか情報がなかった。

「第六層から先は、ジェフールの案内に頼ることになるな」俺はイリアに言った。

「はい。ただし、地図の精度を考えると、ジェフールはこのダンジョンに何度も入っています。信頼できる地図だと思います」

「そうだな」

 イリアは自分の装備も確認した。剣と短剣、小型の盾。冒険者時代の動きが、そこに残っていた。装備の扱い方が、書記官のそれではなかった。

「久しぶりですか」俺は聞いた。

「五年ぶりです」イリアは少し笑った。「体が覚えていると、いいのですが」

「覚えているさ」

 その夜、俺は宿房で、窓の外を見ていた。

 北の方角に、旧魔王領の闇が広がっていた。星が出ていた。乾いた風が、窓の隙間から入ってきた。

 明日、ダンジョンに入る。

 封印文書の中に、何が書かれているか。

 魔王の時代に何が起きたのか。初代皇帝が呪いを受けた理由。六王家の血が不老長命を与える仕組み。コーレン家が五十年以上かけて追い続けてきた知識。

 その全てが、明日、壁の向こうにある。

 俺は、少し、胸が高鳴った。

 判事としてではなく、一人の人間として。

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