24. ジェフールの告白
俺は少し、間を取った。
判事として、最初の問いの選び方は重要だった。相手に防御の構えを取らせる問いか、会話を開かせる問いか。それによって、やり取りの全体の方向が決まる。
この男は、自分から名乗り、自分から座り、自分から話を聞くと言った。
構えを取っている者の振る舞いではない。あるいは、構えていないように見せること自体が、この男の構えなのか。
どちらにせよ、俺は率直に行くことにした。
「コーレン家について、お話しいただけますか」
ジェフールは少し、目を細めた。
「なるほど」ジェフールは言った。「そこから、お入りになりますか」
「そこからが、自然だと思います」
「自然ですね」ジェフールは頷いた。「では、何からお話しましょう。コーレン家の歴史ですか。それとも、私の立場ですか」
「あなたの立場から」
「私は、コーレン家の中で、古い仕事を引き継いだ者です」ジェフールは静かに言った。「古い仕事、というのは、魔王の時代の遺産を、回収し、保管し、研究することです」
「その目的は」
「目的、ですか」ジェフールは少し考えた。「端的に申せば、失われてはならないものを、失わないようにすること。それだけです」
「失われてはならないもの、というのは」
「知識です」
ジェフールの声は、静かだった。商人の声ではなく、学者の声だった。
「魔王の時代に生まれた知識は、帝国の建国後、多くが封印されました。封印した側の論理はわかります。危険な知識もあった。悪用される可能性もあった。しかし」ジェフールは少し、声を落とした。「封印は、永遠には持ちません。紙は朽ちる。石板は割れる。魔法の封印でさえ、百年、二百年と経てば、劣化します。誰かが、それを維持し、記録し、次に繋げなければならない」
「それが、コーレン家の仕事だと」
「コーレン家が自ら引き受けた仕事です。誰に頼まれたわけでもありません」
俺はその言葉を聞きながら、ジェフールの顔を見ていた。
嘘を言っているようには見えなかった。しかし、魔法具を使わずに、確信は持てない。
「魔法具を、お使いになりますか」ジェフールが言った。
俺は少し、驚いた。
「コーレン家は、判事の魔法具をよくご存知のようだ」
「存じております。ヴァルクから、聞いておりますので」
「ヴァルクから」
「ヴァルクは、私のいとこです。それも、ご存知かと思いますが」
俺は黙って、ジェフールを見た。
この男は、俺が何を知っているか、おおよそ把握している。サーキニアでの一連の出来事、ミクストンの告白、ヴァルクとの対話、ベフとの会話。その全てが、何らかの形でジェフールに伝わっているのだろう。
「魔法具を使っていただいて構いません」ジェフールは言った。「私は、嘘をつくつもりがありませんので」
ヴァルクと同じ言い方だった。しかし、ニュアンスが違った。ヴァルクは、魔法具の限界を知った上で、戦略的に応じていた。ジェフールは、もっと単純に、本当に嘘をつくつもりがないように見えた。
俺は石を取り出した。
「では、使わせていただきます」
石が、淡く光った。
「あなたは、コーレン家の中で、魔王の遺産の回収と保管を担っている」
「はい」
石は揺れなかった。
「あなたの目的は、失われてはならない知識を保全すること」
「はい」
石は揺れなかった。
「サーキニアのクーデターに、あなたは関与しましたか」
ジェフールは少し、間を置いた。
「関与しました」
石は揺れなかった。
「どのように」
「資金の一部を、コーレン家の系統から、リアフォード殿下の側近に流しました。ヴァルクを経由して」
石は揺れなかった。
「その目的は」
「二つ、ございます」ジェフールは言った。「一つは、サーキニア王家の宝物庫です。五十年前、コーレン家が密貿易の件で王家に献上した古文書がございました。それ以外にも、王家が独自に保管している魔王の時代の遺物がある、と私は考えておりました。クーデターによる混乱の中で、宝物庫への接触の機会を得ること。それが、最大の目的でした」
石は揺れなかった。
「もう一つは」
「リアフォード殿下の信念に、いくばくかの共感がありました」ジェフールは少し、目を伏せた。「帝国からの真の独立を求める、という思い。私は帝国を敵とは見ておりませんが、帝国の影の下で自らの道を歩こうとする者の気持ちは、わかるつもりでした。コーレン家もまた、帝国の枠組みの外で、自らの仕事を続けてきた家ですから」
石は、わずかに揺れた。共感は本物だが、それだけではない。利用したという事実が、やはりどこかで刺しているのだろう。
俺は、息を吐いた。
リアフォードの信念を利用した。王家の宝物庫への接触という実利と、リアフォードへの共感が混じり合った動機。
それは、ヴァルクがサーキニアの王城で語ったことと、構造は似ていた。しかし、ヴァルクは「コーレン家にとってどちらに転んでも悪くない」と言った。ジェフールは、もっと具体的な目的を持っていた。宝物庫。五十年前に献上した古文書。そして、王家が独自に持っている魔王の時代の遺物。
「リアフォード殿下を、道具として使ったのですか」
ジェフールの目が、少し動いた。
「道具、という言葉は、私の意図とは違います」ジェフールは静かに言った。「リアフォード殿下の信念は、本物でした。私は、それを利用した。利用したことは認めます。しかし、殿下を軽んじたことは、一度もありません」
石は、わずかに揺れた。
俺はその揺れを見た。
完全な嘘ではない。しかし、後ろめたい記憶が、混じっている。リアフォードに対する敬意は本物かもしれない。しかし、利用したという事実が、どこかで彼自身を刺しているのだろう。
「ジェフール殿」俺は言った。
「はい」
「あなたが集めている知識の中に、皇族の魔力でなければ開けられない封印文書がある、と聞いています」
ジェフールは少し、頷いた。
「あります」
「それを、どうするつもりですか」
「読みたいのです」ジェフールは言った。「ただ、読みたい。中に何が書かれているかを、確認したい。魔王の時代に、何が起きたのか。なぜ、初代皇帝が呪いを受けたのか。なぜ、六王家の血が不老長命を与えるのか。その全ての始まりが、あの封印文書の中にあると、私は信じています」
石は揺れなかった。
俺はジェフールを見た。
この男の目には、欲がなかった。権力欲でも、金銭欲でもなかった。あるのは、知識への渇望だった。純粋な、学者の渇望。
その渇望のために、この男は、サーキニアのクーデターを利用し、コーレン家の人脈を総動員し、帝国の目を逸らし、旧魔王領の奥へ潜り込んだ。
「あなたに、一つ聞かなければならないことがあります」俺は言った。
「どうぞ」
「ヴァルク・コーレンが、行方不明になりました。あなたは、それを知っていますか」
ジェフールの目が、わずかに動いた。
初めて、この男の表情に、俺が読み取れる変化があった。
「知りませんでした」
石は揺れなかった。
「本当に、ですか」
「本当にです。ヴァルクとは、八年前から、直接の連絡を取っておりません」
石は揺れなかった。
俺はその反応を見た。
ジェフールは、ヴァルクの行方不明を知らなかった。それは、コーレン家の中の断絶が、思った以上に深いことを意味する。ヴァルクが動いているとしても、ジェフールの指示によるものではない。
「アモス殿」ジェフールが言った。「ヴァルクが行方不明とは、どういうことでしょうか」
「サーキニアの王城にいたヴァルク殿が、数日前から姿を消した、という報告を受けています」
ジェフールは少し、考え込んだ。
「ヴァルクが動いた、ということですか」
「そう見えます」
「こちらへ来ますか」
「わかりません。ただ、可能性はあります」
ジェフールは長く黙っていた。茶器に手を伸ばし、すでに冷めた茶を、一口飲んだ。
「アモス殿」やがて、ジェフールは言った。「私は、あなたに会えてよかった」
俺は少し、意外に思った。
「なぜ」
「私は長く、一人で仕事をしてきました。コーレン家の者たちは、手足として動いてはくれますが、私の目的を、本当の意味では理解していません。ヴァルクですら、理解していなかった」
「私が、理解すると」
「理解するかどうかは、わかりません」ジェフールは少し笑った。「ただ、あなたは、判事です。嘘と真実を見分けることを、仕事にしている方です。私の話を、偏見なく聞いてくださる。それだけで、私には十分です」
俺はジェフールを見た。
この男は、孤独だった。
コーレン家という組織の中にいながら、本当の意味で理解者がいない。知識への渇望を共有できる者がいない。長く生きているわけでもなく、皇族でもない、ただの人間が、魔王の遺産という巨大なものに、一人で向き合ってきた。
その孤独が、俺に話したい、と言わせたのだろう。
「ジェフール殿」俺は言った。「あなたの話を、もう少し、聞かせてください。ただし、それは私の職務としてです。あなたの話の内容は、帝国に報告される可能性があります。それを、承知の上でお話しいただけますか」
「承知しております」
「では」俺は言った。「封印文書の場所を、教えていただけますか」
ジェフールは少し、考えた。
食堂の外で、朝の音が聞こえていた。馬車の車輪、子供の声、犬の鳴き声。ガレダ町の、いつもの朝だった。
「お教えします」ジェフールは言った。「ただし、条件があります」
「聞きます」
「私も、一緒に行かせてください。封印文書は、皇族の魔力でなければ開けられません。私一人では、中身を確認できません。しかし、アモス殿やイリア・オットー殿がご一緒くだされば、開くことができます」
俺はしばらく、考えた。
これは、取引だった。
ジェフールは、封印文書の場所を教える代わりに、その文書を開く機会を求めている。コーレン家が長年探し求めてきた知識に、ようやく手が届く。そのために、帝国の皇族の協力が必要だった。
八年前にイリアに書物の回収を依頼したのも、この線の延長にあったのだろう。
「その条件は、私の一存では受けられません」俺は言った。「エルザ陛下に、確認を取ります」
「もちろんです」
「それと、もう一つ」俺は言った。「封印文書の中身が、帝国の安全保障に関わるものであった場合、その内容は帝国の管理下に置かれます。あなたが自由にできるものではなくなる可能性があります」
「承知しております」
「それでも、構いませんか」
「構いません」ジェフールは言った。「私は、読みたいだけです。所有したいわけではない」
石は揺れなかった。
俺は石を仕舞った。
朝の光が、食堂に差し込んでいた。二人の間の卓の上で、冷めた茶器が、静かに光を受けていた。




