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 19. 監視所の書類

 ガレダ町には、複数のダンジョン監視所がある。それぞれの監視所から十日に一度、ここに記録票が集約される仕組みになっていた。応接室に積まれたのは、その地域分の五年分。一冊が三十頁ほどの帳簿で、それが百冊近くあった。

 俺はその一冊を手に取り、最初の頁を開いた。

 記録票は、想像していたより整然としていた。

 冒頭に、依頼番号、入場日時、入場者の氏名、冒険者ギルド身分(パーティ名がある場合はそれも)、入場料の金額、目的(探索・討伐・依頼・採集・運搬など)が並んでいた。

 次の段に、退場日時、所要時間、特異事象の有無。

 最後の段に、出土品の申告内容と、それに応じた追加料金の金額が記載されていた。出土品の項目には、宝、魔法系の品、魔石、魔物素材、薬草の類、と分類が決まっていた。それぞれの数と概算価値、追加料金の比率が書かれている。

 商人の項目もあった。商人の場合は、入場料は払うが、ダンジョンには入らず、街道を経由して別の町へ向かうのが目的のことが多い。だから、出土品の項目は空白で、その代わりに「運搬品の概要」が書かれていた。

 俺はその構造を、頭に入れた。

「冒険者と、商人で、項目の埋まり方が違いますね」イリアが向かいで言った。彼女もすでに一冊を開いていた。

「そうだ。商人は、出土品の項目が空白だ」

「ジェフールが商人を装っていたなら、その項目が空白の記録を、まず洗うことになりますね」

「ああ。ただし、商人の届け出は数が多い。ガレダ町は街道の要衝だ。商人だけで、五年分で千件は下らないだろう」

 イリアは頷いた。それから、少し考えた様子だった。

「伯父上」

「なんだ」

「ジェフールが、もし冒険者を装って入った時期があったなら、出土品の申告にも目を通す必要があります」

 俺はその指摘を聞いて、少し唸った。

「そうだな」

「八年前、私に依頼を出したジェフールは、書物を回収してほしいと言っていました。書物自体は私が持ち帰り、依頼主に渡しています。その後、ジェフールは別の手段で、自分自身もダンジョンに潜るようになった可能性があります」

「皇族でなくても、中層までなら入れる」俺は言った。「深層には、皇族の許可が要る。ジェフールが中層止まりで動いていた時期があったかもしれない」

「では、商人の項目と、冒険者の項目、両方を見る必要があります」

「ああ」

 俺は卓の上の帳簿の山を見た。

 予想以上の作業量だった。商人の項目と冒険者の項目、両方を五年分洗う。手分けしても、十日では収まらないかもしれない。

 しかし、選択肢はなかった。ここから、ジェフールの線を辿るしかない。

「分担を決めよう」俺はイリアに言った。「俺が冒険者の項目を、お前が商人の項目を見る。気になる名前があれば、付箋を貼って、後で照合する」

「承知しました」

「それと」俺は少し考えた。「ジェフールが本名で記録に残っているとは限らない。偽名を使っている可能性が高い。だから、名前そのものよりも、出入りの頻度と時期、それから出土品の傾向を見る方が、近道かもしれない」

「八年前、断続的に。三年前から、ほぼ常駐」

「そうだ。その時期に合致する出入りの傾向を持つ者を、何人か絞り込む。それから、その者たちの記録を細かく読む」

 イリアは頷いた。

 俺は最初の一冊に手を伸ばした。

 ページを繰る音が、応接室に響いた。


 夜が深くなった頃、ハルムが応接室に入ってきた。

 手に、湯気の立つ茶器を二つ持っていた。

「お疲れではないかと」

「助かります」俺は言った。

 ハルムは茶器を卓の端に置いた。それから、卓の上の帳簿の山を見た。

「進捗は」

「まだ、最初の一年目を半分ほど」俺は答えた。「しかし、記録票の構造は把握できました。読みやすい仕組みになっていますね」

「冒険者ギルドと監視塔の双方が運用に関わっておりますので、二つの目線で確認できる構造になっております」ハルムは少し誇らしげに言った。「私が塔長になってから、申告漏れの発見率も少し上がりました」

「それは結構なことだ」

「アモス殿」ハルムは少し声を落とした。「お聞きしてもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「ジェフールという者は、何を企んでいるとお考えですか」

 俺は少し、ハルムを見た。

 ハルムが質問してくるのは、珍しいことだった。第一軍時代も、彼は必要なことしか聞かない男だった。今、こうして問いを発したということは、何か感じるところがあったのだろう。

「申し上げにくいのですが」俺は言った。「全ては、お話しできません」

「承知しております」

「ただ、一つだけ申し上げます。コーレン家、という商家が、サーキニアとリードスゴートにまたがって、長く活動してきました。ジェフールは、その家の中で動いている者です」

 ハルムの目が、少し動いた。

「コーレン家、ですか」

「ご存知ですか」

「名前だけは。当塔の買取所が、過去に何度か取引した記録があります。ただ、表立った問題は起こしていない商会だと、私は記憶しております」

「表立っては、何も起こしていないでしょう」俺は言った。「ただ、その水面下で、長年積み上げてきたものがあります」

 ハルムは少し、黙っていた。

「アモス殿」やがて言った。「もし、当塔の運営に関わる問題があれば、お知らせください。私の判断で対応できる範囲は、ご協力いたします」

「感謝いたします」

 ハルムは頷き、応接室を出ていった。

 扉が閉まった後、イリアが小声で言った。

「ハルム殿は、何かにお気づきになったのですね」

「気づいたわけではない」俺は言った。「ただ、こちらが探しているものに、心当たりがあったのだろう」

「コーレン家、買取所、ですか」

「ガレダ町の買取所が、コーレン家と取引していた。それが過去のことか、今も続いているのか。それを、ハルムが確認するつもりだろう」

「動かれますね」

「ああ。ただし、ハルムの動きを、こちらが指示する必要はない。彼は、自分の管轄の中で、自分の判断で動く。それでいい」

 イリアは頷き、また帳簿に目を戻した。

 俺も、続きを読みはじめた。

 夜は、まだ長かった。

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