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 15. ヴァルクの告白

 俺はヴァルクに椅子を勧めた。彼は丁寧に礼を言い、座った。リアフォードは少し離れた窓際に立った。会話の場は、俺とヴァルクに任されていた。

「ヴァルク殿」俺は言った。「リアフォード殿下から、伺いました。コーレン家の従来の動きから距離を取り、財務官として別の生き方を模索しておられた、と」

「左様でございます」

「八年前のことですね」

「はい。私が三十九の時です」

 俺はヴァルクの目を見た。

「コーレン家を離れる、ということではなく、家の中で立場を変える、というご決断ですか」

「家を離れる、という選択肢はございませんでした」ヴァルクは静かに言った。「コーレン家は、家族でございます。離れることはできません。ただ、家の中で、私は別の役割を担いたいと考えました」

「ジェフールとの不和が、その契機だったと、リアフォード殿下に話されたそうですね」

「はい」

「不和の内容を、もう少し詳しくお聞かせください」

 ヴァルクは少し、間を置いた。

「ジェフール様は、コーレン家の中でも、特に古い記憶を背負われた方です。家系の最も奥にある目的を、最も深く理解しておられる」

「目的、というのは」

「魔王の遺産の回収です」ヴァルクは静かに言った。「アモス殿は、すでにご存知のことと拝察いたします」

 俺は表情を変えなかった。

「続けてください」

「私は、その目的を否定する者ではございません。ただ、その目的のために、現代のサーキニアと帝国の関係を、必要以上に揺さぶることに、賛成しかねました。八年前、ジェフール様は、コーレン家の活動を一気に拡大させようとされました。私は、それに反対しました。結果、私はジェフール様の系統から外れ、別の系統で家に貢献する道を選んだ、ということです」

「八年前、ジェフールは、コーレン家の活動を拡大しようとした、と」

「はい」

「具体的には、どのように」

「リードスゴートでの文書回収を加速し、サーキニア国内での影響力を強め、帝国との関係を意図的に悪化させる方向で動こうとされました」

「リアフォード殿下のクーデターは、その流れの中にあったのですか」

「結果的には、そうなりました」ヴァルクは少し、頭を下げた。「私自身、リアフォード殿下にお仕えする立場で、ジェフール様の動きを完全に止めることはできませんでした。それは、私の力不足です」

 俺はヴァルクを見た。

 言葉は、整っていた。論理も、通っていた。ただし、その全てが、ヴァルクにとって都合のいい方向に整えられていた。

 ジェフールに反対した、しかし止められなかった、という構図。これは、ヴァルクが何かしら罪を問われたとしても、責任の大半をジェフールに転嫁できる構図だった。

 頭の良い男だ、と俺は思った。

「ヴァルク殿」俺は言った。「魔法具を使わせていただきたい」

 ヴァルクの目が、わずかに動いた。

「もちろんです」

 俺は石を取り出し、ヴァルクに向けた。淡く光った。

「八年前、ジェフールの活動拡大に、あなたは反対されましたか」

「反対しました」

 石は揺れなかった。

「その反対は、コーレン家の中で、公にされたものですか」

「家の中でのみ、公にされました」

 石は揺れなかった。

「あなたは、ジェフールの活動について、現在進行形で、どこまでご存知ですか」

 ヴァルクは少し、答えるのをためらった。

「全てを、ではありません」やがて言った。「私は、ジェフール様の系統から外れました。それ以来、その系統の動きについて、詳細な情報は届かなくなっています」

 石は、わずかに揺れた。

 完全な嘘ではない。しかし、後ろめたい記憶が混じっている。

 俺はそれを、表情に出さなかった。

「ヴァルク殿」俺は言った。「もう一つ、伺います。ジェフールは、現在、どこにいますか」

 ヴァルクは少し、目を伏せた。

「リードスゴートにいる、と聞いています」

「具体的な場所は」

「中層から、深層への移行域、と」

 石は揺れなかった。

「いつ、その情報を得られましたか」

「半年前です」

 石が、揺れた。

 明確な揺れだった。

 俺はヴァルクを見た。ヴァルクも、俺を見た。彼の目には、わずかな微笑があった。

「アモス殿」ヴァルクは静かに言った。「魔法具は、便利な道具ですが、限界もございます。私が嘘をついていなくても、私自身が信じ込まされている情報を答えれば、石は揺れません。逆に、私が後ろめたく思う記憶を含む答えなら、たとえ事実を述べていても、石は揺れます」

「ご存知でしたか」

「コーレン家には、長く家を支えてきた歴史がございます。判事の魔法具についての知識も、ございます」

 俺は石を仕舞った。

 頭の良い男だ、と俺は再び思った。そしてこの男は、判事の魔法具の扱いを知っているうえで、自分から尋問に応じている。それは、自分の言葉を信じさせる戦略の一部だった。

「ヴァルク殿」俺は言った。「率直に申し上げます」

「どうぞ」

「あなたの話は、論理的で、整っています。ただし、整いすぎている。それが、私の判断を迷わせています」

 ヴァルクは少し、笑った。

「アモス殿のご判断を、強要するつもりはございません。私は、私の言葉に責任を持って、お話ししているだけです。信じる、信じないは、アモス殿のご判断にお任せします」

 俺は頷いた。

 この男から、これ以上の情報を引き出すのは、難しいだろうと俺は判断した。少なくとも、今この場では。

「最後に、一つだけ」俺は言った。「あなたは、ジェフールを止めたいと思っていますか」

 ヴァルクはしばらく、俺を見ていた。

 それから、答えた。

「思っています」

 石は、揺れなかった。

 しかし、それが嘘でないと、俺は判断できなかった。

 石が反応しないというだけのことだ。ヴァルクが本心から思っているのか、思っていると信じ込んでいるだけなのか、判断する材料は、まだ足りなかった。

「お話、伺いました」俺は言った。「ご協力、感謝します」

 ヴァルクは深く頭を下げた。そして、応接室を出ていった。

 扉が閉まった後、リアフォードが窓際から戻ってきた。

「アモス殿。どう、判断されましたか」

 俺は少し考えた。

「現時点では、判断を保留します」俺は言った。「ヴァルク殿の言葉を、全て信じることもできず、全てを否定することもできない。ただし、ジェフールがリードスゴートにいるという情報は、複数の線から確認できました。それが、最大の収穫です」

 リアフォードは頷いた。

「殿下」俺は続けた。「ヴァルク殿の処遇について、王太子殿下とご相談ください。私が口を挟む立場にはありませんが、一つだけ、申し上げます」

「どうぞ」

「ヴァルク殿は、頭の良い方です。彼を完全な敵にすれば、コーレン家の中で、彼が新たな問題を起こす可能性があります。逆に、味方にすれば、ジェフールへの対抗手段として、彼の知識と人脈を使うことができます。どちらを選ぶかは、サーキニアと帝国の双方の判断です」

「アモス殿は、どちらが良いと」

「私は、判事です」俺は言った。「私の仕事は、判断を引き渡すまでです」

 リアフォードは少し笑った。

「アモス殿らしい答えですね」

「経験則です」

 窓の外で、午後の光が傾きはじめていた。

 俺は、王城を後にした。

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