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 12. 副大使の告白

「副大使」俺は静かに言った。「あなたは、誰のために動いていますか」

 ミクストンはしばらく俺を見ていた。それから、少し首を振った。

「アモス殿。それを答える前に、一つお伺いしてもよろしいですか」

「どうぞ」

「あなたは、私を裁く立場にあるのでしょうか」

 俺は少し考えた。

 判事としての権限は、戦団内のもめごと、あるいは戦団が関わる外部のもめごとに限られる。今回の件は、サーキニア国内のクーデターに関連している。しかし、ミクストンは帝国の大使館員だ。帝国の身分制度の中でこの件を裁くなら、それは判事の職権を超える。

「俺の権限は、限定されています」俺は正直に言った。「あなたを最終的に裁くのは、帝国の本国です。俺は、事実を確かめ、報告するだけです」

「では、私はあなたに対して、何かを話す義務はないことになりますね」

「義務はありません」俺は言った。「ただし、話さなければ、別の方法で確認することになります。それは、あなたにとっても、帝国にとっても、面倒な手順です」

 ミクストンは少し笑った。穏やかな笑い方だった。

「アモス殿。私は、あなたに話したいと思っています。義務があるからではなく、判事としてのあなたを、信用しているからです」

 その言葉に、嘘はないように見えた。しかし、俺は石を仕舞わなかった。

「では、聞かせてください」

 ミクストンはデルノフ卿を一度見た。デルノフ卿は黙って頷いた。話を聞く、という意思表示だった。

「私は、コーレン家の者です」ミクストンは静かに言った。

 俺は表情を変えなかった。デルノフ卿が小さく息を呑んだ。

「正確には、コーレン家の血を引く者です。私の母が、ヴァルク・コーレンの父の妹でした。つまり、ヴァルクと私は、いとこの関係になります」

「サーキニア人ではない、ということですか」

「血の半分はサーキニア人です。父は帝国人で、サーキニアの大使館に勤めていました。私は帝国で生まれ、帝国で育ち、帝国の文官試験を受けて、外交官になりました。サーキニアに駐在することになったのは、偶然ではないかもしれませんが、私自身が望んだことではありません」

「では、誰が望んだのですか」

「コーレン家です」ミクストンは言った。「私の母は、私が外交官になった時から、サーキニアに駐在する日を待っていました。母は、私に何かを期待していました。それが何なのか、私自身は長く理解していませんでした」

「いつ、理解したのですか」

「七年前です。母が亡くなる直前に、初めて話を聞きました。コーレン家が、サーキニアの王家の影で何をしてきたか。そして、私に何を期待しているか」

 俺は黙って聞いていた。

「それは、何だったのですか」

「サーキニアと帝国の関係を、コーレン家にとって都合のいい形に保つこと」ミクストンは言った。「具体的には、両者の対立が深まりすぎないように、しかし完全に融和もしないように、絶妙な緊張を維持すること。それが、コーレン家の長年の利益でした」

「なぜ、それが利益になるのですか」

「対立があれば、密貿易が成り立ちます。融和すれば、表の貿易だけで済んでしまう。コーレン家は、五十年前から、その狭間で生きてきました」

 俺は頷いた。

 線が、また一本繋がった。コーレン商会の紋様。倉庫の合言葉。ミクストン副大使の動き。そして、リアフォードのクーデター。全てが、コーレン家の長年の戦略の中に位置づけられる。

「リアフォード殿下のクーデターは、コーレン家にとってどう位置づけられていたのですか」

 ミクストンは少し考えた。

「ヴァルクが、リアフォード殿下の信念を利用しました。クーデターが成功すれば、サーキニアは帝国から距離を取り、コーレン家の密貿易の余地が広がる。失敗すれば、混乱が長引き、これもまた商機を生む。どちらに転んでも、コーレン家にとっては悪い話ではなかった」

「リアフォード殿下は、それを知らない」

「知らなかったでしょう。ヴァルクは、自分の家の利害を、リアフォード殿下に話してはいないはずです」

「あなたは、どこまで関わっていたのですか」

「私は、情報の中継役でした」ミクストンは言った。「サーキニアの内部の動きを、ヴァルクや、コーレン家の他の者たちに伝える。逆に、彼らの指示を、リオンのような者たちに伝える。今回の件で、私が直接動いたのは、それだけです」

「東棟の情報を流したのも、その一環ですか」

「はい」

 石は揺れていなかった。

 俺は石を仕舞った。

「副大使」俺は言った。「あなたは、なぜ今、これを話しているのですか」

 ミクストンはしばらく黙っていた。

「リアフォード殿下が、王太子殿下に投降された、と聞きました」ミクストンは言った。「殿下が、自分の信念のために命を懸けるなら、私も、私の立場のために命を懸けるべきだと思いました」

「それは、コーレン家のために、ということですか」

「いいえ」ミクストンは静かに首を振った。「コーレン家のためではありません。私は、コーレン家から離れたい。母が亡くなってから七年、私は迷い続けてきました。その迷いに、決着をつけたい」

 俺はミクストンを見た。

 石は、必要なかった。この男は、嘘を言っていない。

「あなたの話は、本国に報告されます」俺は言った。「あなたの処遇は、本国が決める。覚悟はできていますね」

「できています」

 俺は立ち上がった。

「副大使室で、お待ちください。ベルトに監視を頼みます。ただし、拘束はしません。あなたが今、話したことを、自ら覆さないと信じます」

 ミクストンは深く頭を下げた。

 そして、部屋を出ていった。

 残されたデルノフ卿が、長く息を吐いた。

「アモス殿」

「はい」

「私は、十年以上一緒に仕事をしてきた者を、見抜けませんでした。外交官として、私は失格です」

「卿が見抜けなかったのは、ミクストンが優秀だったからです」俺は言った。「責任は、彼にあります。ただし、副大使として大使館を運営する立場として、卿は今後の対応を考える必要があります」

「わかっています」

 俺は執務室を出た。

 廊下を歩きながら、頭の中を整理した。

 ミクストンの告白で、一つの線は終わった。しかし、もう一つの線がまだ残っている。ヴァルク・コーレンと、王城の中のコーレン家の動き。そして、連合王国との繋がり。

 まだ、終わっていない。


 大使館を出る前に、俺はベルトに事情を説明した。

 ミクストンの告白の概略、副大使室での監視、リオンの拘束、そして本国への報告の必要性。ベルトは黙って聞いていた。途中で口を挟まなかった。

「俺は王城に戻る」俺は言った。「イリアと合流して、リアフォード殿下からの口述記録を続ける。ヴァルク・コーレンの動きについて、リアフォード殿下から詳しく聞く必要がある」

「副大使の件、本国にどう報告する」

「魔法通信は明日まで使えない。だから、文書で大使に報告書を作らせる。次の通信で送る形になる」

「了解だ」

 俺は大使館の正門を抜けた。

 昼下がりの光が、王都の石畳に降りていた。クーデターから数日が経ち、街には少しずつ日常の音が戻ってきていた。市場が部分的に開きはじめ、人通りも増えている。

 しかし、俺の見ている景色は、数日前と違っていた。

 路地を歩く商人の中に、コーレン家の関係者が混じっているかもしれない。市場の屋台の店主が、密貿易の中継役かもしれない。すれ違う者の誰もが、何かの線の中にいる可能性がある。

 判事をしていれば、世界はそう見えはじめる。誰もが何かを抱え、誰もが何かを隠している。それが現実だ、と俺は思っている。

 ただし、それだけが現実ではないことも、知っている。

 日常を生きる人々の大半は、何も抱えず、何も隠さず、ただ毎日を過ごしている。店を開け、麦を売り、子供を育て、夜に眠る。判事が見るべきは、その日常を脅かす者だけだ。日常そのものを疑いはじめれば、判事の仕事はできなくなる。

 俺はその境界を、自分の中で意識的に保っていた。

 王城の南棟の応接室に戻ったとき、リアフォードはまだ口述を続けていた。イリアが筆を取り、淡々と書き留めていた。

 俺が入ると、二人とも顔を上げた。

「お戻りになりましたか」イリアが言った。「漏洩元の件は」

「片がついた」俺は短く答えた。「殿下、続けてください」

 リアフォードが頷いた。

 俺は卓の端に座り、口述の流れを聞いた。話はちょうど、サーキニアの内政についての記述に入っていた。リアフォードが知っている範囲で、官僚機構の歪み、地方総督の腐敗、王家の財政の脆弱さ──そういったものを、淡々と語っていた。

 昼を過ぎた頃、口述は再び一段落した。

「殿下」俺は言った。「ヴァルク・コーレンについて、もう少し詳しくお話しいただけますか」

 リアフォードは少し考えた。

「先ほども話したことの繰り返しになるかもしれませんが」

「構いません。同じ話を、別の角度から聞きたいのです」

「では」リアフォードは言った。「ヴァルクが、私の財務を取り仕切るようになったのは、八年前のことです。当時、私は地方の領地経営に苦慮していました。父から相続した土地で、王家の直轄ではなく、私個人の財産でした。そんな時に、ヴァルクが現れた」

「自分から、ですか」

「いえ。私の側近の一人が、推薦しました。その側近は今、王城に残っている者の一人です」

「名前を教えていただけますか」

「アルラ・ベディスです。私の幼馴染で、騎士団に長くいました。今は私の補佐官の一人として、城に残っています」

 俺はその名を頭の中に書き留めた。

「アルラ氏は、ヴァルクとどういう関係で」

「アルラの妹が、コーレン家の者と結婚しています。それで、繋がりがありました」

 俺はリアフォードを見た。

 線は、思ったより広く張り巡らされていた。コーレン家は、リアフォードの最も身近な側近を通じて、彼の財務に入り込んでいた。それも、八年前から。

「殿下」俺は言った。「アルラ・ベディスについて、書き残してください。彼の経歴、コーレン家との繋がり、これまで彼があなたに対してした提案、そういったものを」

 リアフォードは少し躊躇った。

「アルラは、私の幼馴染です」

「わかっています」俺は言った。「だからこそ、書き残す必要があります。あなたが処刑された後、王太子殿下が彼をどう扱うかは、王太子殿下の判断です。ただし、判断材料を残しておく義務が、あなたにはある」

 リアフォードは長く黙っていた。

 窓の外で、鳥が鳴いていた。応接室の中は、午後の光で温かかった。

「わかりました」リアフォードはやがて言った。「アルラのことも、書きます」

 イリアが筆を構え直した。

 リアフォードが、再び話しはじめた。

 今度は、幼馴染についての話だった。八年前にヴァルクを推薦した経緯、アルラがリアフォードに伝えてきた帝国に対する不満、いくつかの政治的判断の場面で、アルラがどう動いたか。

 話は、長くなった。

 俺は黙って聞き、時々、確認のために質問を挟んだ。イリアの筆は、休まなかった。

 日が傾きはじめた頃、リアフォードは話を終えた。

「これで、私が知っていることの大半は、書き残せました」リアフォードは静かに言った。「あとは、細かい補足程度です。明日、最後の整理をいたします」

「ご協力に感謝します、殿下」

 俺は立ち上がった。イリアも書類を整理した。

 応接室を出るとき、俺は一度、リアフォードを振り返った。

 窓辺に立つリアフォードの背中が、夕陽に染まっていた。一人の男の終わりの時間が、静かに進んでいる気がした。

 俺は何も言わなかった。

 扉を閉めた。

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