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第37話:格の違い

 ゴオオオオオッ――!!


 大広間を揺るがす咆哮とともに、体長六メートルの黒曜石の巨像――『黒曜の巨像騎士』が踏み出した。

 掲げられた漆黒の大剣に、バチバチと紫紺の古代雷光が迸る。直撃すれば広間の床ごと蒸発させるほどの破壊エネルギー。大剣が空気を引き裂き、アルトの頭上へと猛然と振り下ろされた。


「アルト、逃げろッ! そいつの剣は受けられねえ!」


 背後の光の結界の中で、ゼクスが悲鳴のような怒号を上げた。

 かつて自分たち《漆黒の牙》が全滅寸前に追い込まれた絶望の一撃だ。大盾役の鋼鉄盾を一撃で粉砕した神話級の威力を前に、ゼクスは目を見開いて叫んだ。


「死ぬぞ! 直撃すれば骨も残らねえ!」


 だが――アルトは逃げなかった。

 身じろぎ一つせず、頭上に迫る雷光の刃をただ静かに見据えている。


「アルトさん! 右肘関節に魔力負荷が一点集中! コンマ三秒の送魔遅延です!」


 背後から、エルシアの澄んだ戦況指示が飛んだ。

 その瞬間、巨像騎士の右肘に、エルシアの短杖から放たれた蒼白の光条が一点、正確に突き刺さる。


「……見えた」


 アルトが踏み込んだ。

 最短の、無駄を削ぎ落とした半歩。

 振り下ろされる雷光の大剣がアルトの鼻先をわずか数ミリかすめた瞬間、アルトの身体はすでに巨像騎士の懐へと滑り込んでいた。


 銀光が一閃。

 エルシアの光が示した右肘の関節結節点へ、寸分の狂いもなく刃が吸い込まれる。


 ギィンッ――!


 硬質な切断音が響いた。

 次の瞬間、巨像騎士の巨大な右腕が、肘から先を綺麗に切り離されて宙を舞った。


 ドズゥゥゥンッ!!


 雷光を纏った大剣が、持ち主の手首ごと床に叩きつけられ、激しい火花を散らして転がる。


「な……!? 嘘だろ……!?」


 ゼクスの口が、信じられないものを見たように開いた。


「あんな硬度の古代装甲を……一撃で……!?」


 ――グオオオオオッ!


 腕を失った巨像騎士が怒りに咆哮し、天井を埋め尽くす百体以上の『黒曜のガーゴイル』に一斉突撃を命じた。

 黒い雨のような石像鬼の群れが、鋭利な鉤爪を突き出してアルトへと殺到する。四方八方、逃げ場のない飽和攻撃。


「アルトさん、跳ばないで! 足元に留まってください!」


「……了解だ。どう捌く?」


「《調律・広域光条(ディレクション)》――集約誘導!」


 エルシアが短杖を高く掲げ、蒼銀石の髪飾りを激しく共鳴させた。

 放たれた数十本の光の糸が、天井から殺到するガーゴイルたちの視界と魔力循環を瞬時に幻惑した。

 不規則に迫るはずだった百体以上の魔物の突入軌道が、まるで目に見えない漏斗で絞られるように、アルトの前方わずか二メートルの空間へと一筋に集約されていく。


「前方二メートル、一線に並びます!」


「……感謝する、エルシア」


 アルトが腰を沈め、長剣を水平に引いた。

 雑音の一切ない、完全な静寂の世界。

 エルシアが光で束ねた空間へ、ただ全霊の神速を振り抜くだけ。


「――断て」


 閃光。

 アルトの刃が円を描いて薙ぎ払われた瞬間、空間そのものが一瞬だけ引き裂かれたような銀の軌跡が走った。


 ザシュゥゥゥゥッ!!


 一刀。

 ただの一太刀で、集約された百体以上のガーゴイルが、同時に胴体を両断された。


 黒い砂煙が爆発したように広間を覆い、数千、数万の黒曜石の欠片となって床に降り注ぐ。

 わずか三秒足らずで、天井を埋め尽くしていた魔物の大群が、完全に消滅していた。


「ありえねえ……」


 ゼクスは震える両手で自分の頭を抱え、床にへたり込んだ。


「百体以上の群れを……たったの一撃で……!? なんだよそれ……どんな魔術師の広域魔法よりも速いじゃねえか……!」


 かつて自分たちが「速すぎて合わせられない」「勝手に突出して陣形を乱す欠陥品」と罵り、切り捨てたアルトの剣。

 その剣が、今、目の前で神域の輝きを放っていた。


「あいつの剣が速すぎたんじゃない……。あいつが連携を乱してたんじゃない……!」


 ゼクスは床を叩き、血を吐くように呟いた。


「俺たちが……あいつの速度についていけなかっただけだったのかよ……っ!」


 広間の中央で、片腕と手勢を失った巨像騎士が、胸部の古代魔力炉を異常発光させていた。

 生き残りを道連れにする自爆の兆候。赤黒い高密度エネルギーが、広間全体を呑み込もうと膨張していく。


「アルトさん、胸の中央です!」


「……任せる」


「《調律治癒・透徹》――全開解放!」


 エルシアの光条が突き刺さり、巨像騎士の分厚い胸部装甲が内側から爆砕。剥き出しになった古代炉が露わになる。


「アルトさん! 世界で一番かっこいい一閃を!」


「……ああ!」


 アルトが地を蹴った。

 背中を預け、すべてを肯定してくれる唯一無二の光を背負い、アルトの刃が最短の直線を描いて奔る。


「……終わりだ」


 パァンッ!!


 光の残響を残して、アルトが巨像騎士の背後へと滑り抜けた。

 一瞬の静寂。

 次の瞬間、六メートルの巨像騎士が、頭頂部から古代炉に至るまで真っ二つに両断され、まばゆい光の粒子となって霧散した。


「完全討伐……完了ですね!」


「……お前の調律のおかげだ」


 アルトは静かに長剣を鞘に納め、カチリと澄んだ音を響かせた。

 静まり返る大広間に、ゼクスたちの荒い息遣いだけが、呆然と響き渡っていた。


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