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才能の檻  作者: やえふじ
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第二話 万能薬

「無駄だよ、お嬢ちゃん」


人混みの中から1人の男がノクティアに向かってそう声をかけた。


「そいつはもう助からない。触れば余計苦しめるだけだ」

「どうしてそう言えるの」

「見ての通り、毒だよ」


男はあっけらかんとそう言った。


毒。確かに彼は毒に犯されている。それはノクティアの目から見ても明らかだった。しかし、ノクティアにとってそれは諦める理由にはなり得なかった。


「きみ!」


人だかりの中でどうすればいいか分からない顔をしている少年に声をかける。ノクティアをこの場に連れてきた張本人。


「私の店まで行って、一番下の棚の赤い薬の瓶を持ってきて」


突然指示されて一瞬呆気に取られた少年は、ノクティアの必死の形相を見るなり素早くその場から駆け出して行った。その姿を視界の端に捉えながら、ノクティアは身につけている小さなポーチを漁り、小型のナイフを取りだした。


「まて、何をするつもりだ」

「静かに。消毒はすませてある」


騎士は浅く呼吸を繰り返している。ーーまだ、間に合う。否、むしろ今対処しなければ手遅れになる。


ノクティアは躊躇なく患部を切り裂いた。


「何をしている!」

「殺すつもりか!」


非難の声が飛び交う。しかしノクティアに手を止めるつもりはなかった。


「ぐぅっ……」

「痛いよね、でも今だけだから」


毒の回った組織をなるべく取り除いて、全身に回る量を減らさなくては。ノクティアは黒ずんだ患部を目掛けて一心不乱にナイフを振った。


ーーぴしゃ。


返り血の赤が、彼女の白い頬を彩った。かまうものか。


やめろ。


大勢の制止の声がノクティアの耳朶をたたく。かまうものか。


ただ目の前の人を救いたい。その気持ちだけが、ノクティアの手を動かしていた。


「おねえちゃん!持ってきた」


戻ってきた少年が、手の中の瓶をノクティアに渡した。薬を受け取ったノクティアは、それを患部へと押し当てる。


赤い瓶の正体は、ノクティアが十二歳の時に作り上げた万能薬。アルベルトに彼女を世間から隠し続けることを決意させた薬である。


どんな傷もたちまち塞がるという理想的な薬。世界でたった一人、ノクティアだけが作り方を知っている薬。ーー世に出すのを、アルベルトが強く禁じていた薬。


効果は一目瞭然だった。


黒く腫れ上がっていた皮膚は肌色を取り戻し、血は流れ出るのをやめ、裂けていた患部は瞬きをする間に塞がった。痙攣は止まり、呼吸も落ち着きを取り戻している。


ノクティアはほっと息をつくと、ゆっくりと立ち上がった。よかった。何とか間に合った。あとはいつも通りみんなに口止めをしておけばいいだけーー。


「……は?」


呆気にとられた声がひとつ、静寂に落ちた。それはその場にいた全ての人の心を代弁したものだった。


「なんだ、あの薬。あんなの見たことないぞ」

「見た?傷口が一瞬の間に……」

「一体何が起こったんだ」


口々に人々が騒ぎ立てる。周りにいた何人もの人達がノクティアに詰め寄ってくる。思っていたよりも激しい反応に、ノクティアは目を白黒させた。アルベルトに禁止されていたため、完成した万能薬を人に対して使ったのはこれが初めてだったのだ。


(まさか、こんなに驚かれるなんて……)


学園に通わせて貰えなかったノクティアは、世間の薬がどんなものか知らなかった。自分の作る薬の質には誇りを持っていたが、まさか自分が世間に存在しない薬を作っているとは到底想定していなかったのである。


(嬉しい……)


十二歳から今まで、自分の薬の才を正当に評価されたことのなかったノクティアは効力に驚く群衆の声に素直に頬を緩めた。ーーしかし。


(騒ぎになったら父様にばれて怒られる)


目立つことは本意ではない。ノクティアは厳格な父の怒りを恐れていた。


「えっと、たまたまもらった薬が効いたみたいで良かったわ。私、薬のことはよく分からないの……。それじゃ、私はこの辺で」


取ってつけたようにそう言い、脱兎のごとく駆け出す。ノクティアの突然の行動に群衆は唖然とするばかりで、幸運なことに追いかけてくるものは誰もいなかった。


大した口止めは出来なかったが、さっきの言葉を聞いてなお自分が薬を作った張本人だと思うようなひとは居ないだろう。ノクティアはそう結論づけた。


しかし、その考えは甘いと言わざるを得なかった。


群衆から少し離れたところから一人、逃げ出すノクティアの背中をじっと見つめている者がいることに、彼女が気づくことはなかったーー。


✦︎


照明を極限まで落とした薄暗い部屋。分厚いカーテンにより締め切られ、外の光が室内を照らすことはない。その部屋の中央には天蓋付きの大きな寝台があり、そこから時折苦しそうな咳が聞こえてくる。


その部屋に、するりと影が忍び込んだ。


「陛下。ご報告申し上げます」

「……また悪い知らせか」


しゃがれた声。部屋の主であるヴェルドランの国王クラウディウス・ヴェルドランはゆっくりと体を起こした。一本だけ灯された燭台が王の痩せこけた顔貌を照らす。影はその傍にひざまづいた。


「城下町の事で、お耳に入れたいことがございますーー」


病弱な国王の影は報告する。世のすべてを。病床から抜け出すことの出来ない王に変わって。その手腕により、国王は城下のすべてを把握することができるのだった。


そしてそれは、ノクティアの存在も、例外ではなかったーー。


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