第一話 街角の薬師
才能は、祝福か、それとも呪いかーー。
氷に閉ざされ、資源を持たない国ヴェルドラン。ノクティアはそんな小国に、優秀な薬師の一家であるアルセリオン家の一人娘として生まれた。
ヴェルドランは資源や軍事力も持たないが、優秀な医師や薬師を多く輩出していたため、医療中立国としての立場を保っていた。そしてアルセリオン家といえばそんな医療大国でも群を抜いた医療技術をもつ一族として名高い。そのため、一人娘であるノクティアは一度も社交の場へ出たことがないのにも関わらず、世間から多くの期待を寄せられていた。
いわく、アルセリオン家の一人娘は有り余る才能を持っており、父によってひた隠しにされていると。
しかし、ノクティアが齢十五になって王立学園への入学を勧められるようになると、その父アルベルトは苦い顔をしてこう言った。
「ノクティアに薬師としての才はない。娘を入学させるつもりはない」
十五まで存在をひた隠しにされていた彼女は実際はただの木偶の坊であったと。その言葉に世間の人々は失望し、すぐに彼女への興味を失った。
話題に登ったとしても、「そういえばアルセリオン家の跡取りはどうなるんだ?」「さぁ……アルベルト様がなんとかなさるだろう」と言った程度。世間の関心はすぐに他の事へとうつっていった。
それこそがアルベルトの目的であった。アルベルトのひた隠しにしたノクティアは実際のところ木偶の坊などではなかった。幼い頃から父の薬作りを近くで見ていた彼女は、七歳の頃には一人で一から薬を作れるほどの才能を持っていたのである。また、父が何年も完成させられなかった薬を彼女は十二歳のとき完成させた。
代々優秀な薬師を輩出するアルセリオン家でも滅多に見ないほどの才能。アルベルトは彼女の才能を危険と判断した。溢れんばかりの才能は、いずれ彼女にとって仇になるかもしれぬーー。
そして彼は娘を隠すことにした。その目論見は概ね成功だと言えた。たった一つを除いては。
ーーノクティアは、父に言われた通りに家で大人しくしているような人間ではなかったのである。
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「いらっしゃい」
来客を告げるベルの音に、店主はドアの方を振り返った。束ねられた豊かな銀髪が肩口でさらりと揺れる。
「あら」
彼女は来訪者をみて目尻を下げた。深紅の瞳がきゅ、と細まる。
来訪者はまだ十歳くらいに見える幼い少年だった。急いできたのだろうか、肩でぜいぜいと息をしている。上気した頬を一筋の汗がつたった。
「あの、ここ、熱下げる薬おいてますか」
少年は息を整える間もなくそう訴えてくる。店主はその様子に眉をひそめた。
「置いてるわよ。急ぎ?」
「はい。妹の熱がさがらなくて……!」
「分かったわ」
それだけ聞くと店主は急いで薬の瓶が並ぶ棚に近づいた。迷わず琥珀色の小さな瓶を手にとる。
「多分この薬は小さい子にはちょっとだけ強いから、水で半分に薄めて飲ませなさい。いい?」
多少の早口で説明したが、少年はしっかりと首肯した。その様子を見て女店主は小さな瓶を少年の手に握らせた。
「おだいは……」
「いらないわ。いそいでるんでしょ、早く行ってやりなさい」
ぶっきらぼうにそう言い、少しだけ目線をそらす。小さな子から代金を取るような真似はしたくない。
不安そうな顔をしていた少年はぱっと顔を輝かせて頭をさげた。
「ありがとうおねえちゃん!」
そのまま振り返らずに路地へとかけていく。その様子を見送った店主ーーノクティア・アルセリオンは肩をすくめた。
「しまった、口止めし忘れたわ。父様にバレないといいけど」
そもそもなんでこんなに隠れていないといけないの、とノクティアは不満に思っている。ノクティアの父、アルベルトは頭が固く、ノクティアが薬を使って人を治すのを酷く嫌っていた。いわく、お前の不完全な薬で人を傷つけたらどうするーーとの事だ。
そんなことは無いはずだ。ノクティアは自分の薬が不完全なものなんかじゃないと確信していた。
こうして隠れて薬を売り始めてからも、苦情が来たことは一回もない。それどころか、よく効くと喜んでリピートしてくれる人だって沢山いるのだ。
『お前さんの薬はよく効く。使わなくなった建物を貸してやるから使うなら使いな』
ちょうど半年前にそう言ってこの場所を貸してくれたダリルの事を思い出す。彼女はそれから南に隣接する国ソルディアに引っ越していってしまった。彼女のお陰で店を露店から移すことができたのでノクティアはダリルに大きな恩を感じていた。
「ダリル……。元気にしているかな」
ぽつりと呟いて窓の外に目をやる。冬の近づく空はすっきりと澄んでいて、何も憂いなどないかのようだった。
✦︎
「ただいま」
「おかえりなさい、ノクティアお嬢様」
門をくぐるとアルセリオン家の侍女たちが総出で迎えてくれる。ノクティアは嫌がっているのだが、しきたりだからといってやめてくれない。この出迎えを避ける為だけにノクティアは何度も窓から出入りしていた。
「本日も孤児院に行かれてたのですか」
侍女長がノクティアに声をかけてくる。ノクティアは表情ひとつ変えず頷いた。
「ええ。それから教会にも」
「さすがお嬢様です。アルベルト様もさぞお喜びでしょう」
取ってつけたような賛辞に鳥肌が立ちそうになる。十五歳のときにアルベルトに無能宣言されてから、侍女たちに本当の意味で敬われた覚えなどない。
(まぁ、今更敬って欲しいなんて思わないけど)
そもそも自分は無能ではないのだ。人の本質を見る能の無いものたちに用などない。十五歳からの二年間、ノクティアはアルセリオン家のもの達を毛嫌いしていた。それはもちろん父も含めてである。
「ノクティア。帰ったのか」
低く鋭い声が空を裂き、自室へ向かうノクティアの足を止めた。その場の空気が、一瞬で張り詰めたものへと変わる。ノクティアは意識的に口角を上げ、声の主に視線を向けた。
「ええ。ただいま戻りました、父様」
ノクティアと同じ深紅と目が合う。身震いしそうな程に強い眼差し。しかしノクティアは笑みを絶やさず続けた。
「今日は西の孤児院に行ってきました。小さな子供たちと本を読んできましたの」
「……そうか」
アルベルトは鷹揚に頷く。ノクティアの答えに満足したのだろう。アルベルトはノクティアが薬を売ろうとすることを禁じている。
「城下町には行っておるまいな」
「……ええ。もちろん」
城下町。ノクティアの店がある場所である。今まではそんなことを聞かれたことはなかった。ばれたのか?冷や汗が背筋を伝う。
「そうか。ならいい」
ノクティアの緊張に反して、アルベルトはそれ以上追求しなかった。ノクティアは悟られないようにそっと息を吐いた。
よかった。ただのはったりか。
(バレるわけない)
西の孤児院には根回しを済ませてあるし、城下町の常連には口止めをしてある。ばれるはずがないのだ。
だが、なぜか胸の奥のざわめきは消えなかったーー。
✦︎
次の日、ノクティアはまた城下町へと来ていた。今日も今日とて薬作りのためである。路地裏の石畳を足早に歩き、自らの店を目指す。半年間毎日歩いた道。もはや家の周りよりも慣れ親しんだ道のように思えていた。
角を曲がり、さらに細い路地を通り、最後の角を左に曲がるーー、と。ノクティアははたと足をとめた。
「え、なに。どうしたの」
道の前に座り込む少年。この子はたしかーー。
「おねえちゃん……!」
「妹、よくならなかったの?」
「違う、そうじゃないんだ。妹は、薬を飲んだらすぐに元気になった」
少年はそうじゃないと言いながら泣きそうな顔をする。そうじゃないならなんなのだ。ノクティアは首を傾げた。
「うちの近くに、血まみれの人が倒れてて……!」
「……!どこ。案内して」
間髪入れずにかけ出す少年の後を必死で追いかける。一刻も早くその人のところに行かなくては。手遅れになる前に。
その人がどこにいるかは一目瞭然だった。遠くから見ても分かるほどの異様な人だかりが出来ている。しかし、誰も治すための有用な手立てを持っていないかのようだった。一歩離れたところから様子を伺っている。
「どいて!」
ノクティアは鋭く叫んだ。驚く群衆を尻目に、一番前へと躍り出る。
ーーそこに広がっていたのは、凄惨な状況だった。
人だかりの中心で倒れていたのはまだ若い騎士。真っ青な顔を苦痛に歪め、四肢は痙攣している。そして何より目を引くのは腹部の傷口であった。腹部が裂かれ、露出した肌は黒々と腫れあがっている。
ノクティアは慌てて彼の横にしゃがみ込んだ。
見るからに普通の傷ではない。これはーー。
「毒……」
ノクティアの呟きが喧騒の中へと消えた。




