6 飛行機での人命救助
フォッカー・トライヘッドはどうなっただろうか。
洋一は急いで周辺の空を、特に低高度を探した。
すぐに山間を這うように飛んでいるトライヘッドを見つける。
銃撃を受けてあちこち孔だらけになっている。
右のエンジンが止まっているのか、プロペラが力なく空転していた。
大丈夫だろうか。
尋ねようにも飛んでいる飛行機との間で言葉が通じるわけではない。
操縦席を覗き込むと、不安そうな操縦士がこちらを見ている。
翼を振って秋津の国籍マークである稲穂を見せたが、伝わっただろうか。
『洋一君、無線の周波数教えてあげて』
綺羅様の言葉に、洋一は大腿部に付けていた記録板を取り出した。4595キロサイクルっと。
できるだけ大きく、記録板いっぱいに書き込む。
書き終えたらトライヘッドの操縦員に向けて、まず自分の耳の辺りを軽く叩く。
そして数字を書いた記録板を見せた。
これで無線周波数と判ってくれれば良いのだが。
数秒待っていると耳に別の声が聞こえてきた。
『……hear AKITSU Plane? this is Royal Byzantine 』
少しくせのあるノルマン語が聞こえてきた。
間違いない。隣のトライヘッドからだった。
『Yes. I’m AKITSU NAVY. I hear it』
ビザンツ人よりも流ちょうなノルマン語で綺羅が通話する。
安堵と共に向こうが驚いているのが無線からも伝わってくる。
まさか女性の声が聞こえてくるとは思わなかったのだろう。
洋一はトライヘッドの様子を見る。
旅客機なので胴体横に窓があり、そこから中の様子がうかがえるのだ。
割れている窓の向こうで何かが動いている。小さい影が、前に走っていくような。
そう思ったところで無線から声が飛び込んできた。
『キラーラ? キラーラ殿なのか?』
こちらも女性の声が返ってきて、洋一は驚かされる。
何しろずいぶんと若い、いや幼い声だったのだ。
『ビザンティナです! キラーラ殿!』
『え? ティナちゃん? 久しぶり!』
どうやら知り合いだったらしい。世の中狭いものだ。
『洋一君、こちらビザンティナ王女。ビザンツ王の娘さんだ。今いくつだっけ?』
見えないのに紹介されても困る。
『今年十五になりました。キラーラ殿』
『大きくなったねぇ。前にあったときなんかこんなに小さくて』
全く姿が見えていないのに昔話に花が咲いている。先ほどまで戦闘していたとは思えない。
しかしそんな中に水を差すように、フォッカー・トライヘッドのエンジン、今度は左側が派手に咳き込んで、煙を吐き出し始めた。
トライヘッドはその名の通り三発のエンジンを持っている。
一つ止まっても飛び続けられるのが特徴だが、それが二つとなると厳しい。
トライヘッドは徐々に高度を落とし始めた。
『お、おい! 墜ちるのか?』
子供っぽい悲鳴が聞こえてくる。
「まずいです隊長。前方は山です!」
目前にピントゥス山脈が連なっている。まるで壁のように彼らの針路を塞いでいた。
『どうにかしなきゃね、クレナイ三番と四番は周囲よく見張ってね』
そう云って綺羅機は少し離れる。
しかしどうにかと云っても、飛んでいる飛行機が落ち行く飛行機にできることは無いはずだ。
不時着地でも探した方が良いのでは。洋一は地上に目を走らせる。
しかし下はすでに山岳地帯に入っていて、傾斜地と森ばかりだった。
ならばやはりこの人に頼るしかないのでは。洋一は自分の上官を見た。
紅宮綺羅の操る十式艦戦は、トライヘッドの翼の上辺りに移動して、そして奇妙な事をし始めた。
胴体後部から、着艦フックを下ろし始めたのである。
「隊長、一体何を?」
着艦フックはその名の通り空母に着艦するときにワイヤーに引っかけて減速するために使うものである。
ここには海もなければ空母もない。
『人助けだよ人助け』
そう云って彼女は機体を沈ませる。
トライヘッドの右上にのしかかるように迫り、そして着艦フックが相手の主翼のすぐ後ろに降りた。
十式艦戦はわずかに増速、着艦フックがトライヘッドの主翼に引っかかった。
いくつか木片が飛ぶ。しかし後ろにある桁を捉えたのか、がっしりと食い込んだのが判る。
そしてエンジンの止まったトライヘッドを、十式艦戦が引っ張り始めた。
『前からやってみたかったんだよ』
こんな救助法があるのか。間近で見ていた洋一は眼を丸くした。
まったく、この人はいつでも驚かせることをする。
『ほら洋一君もぼっとしてないで』
困ったことに、その驚くべきことに自分もまた巻き込まれることが多いのだ。
『左も引っ張ってくれないとバランスが取れないんだから』
「むちゃ云わないでくださいよ!」
あんな常識外れな曲芸を要求されても困る。
「大丈夫大丈夫。ほらこうやってできたんだから君にもできる』
一緒にしないでほしい。
『ほらトライヘッドが傾いてきちゃったよ、急いで急いで』
しかし事態が常識を許してくれないらしい。
「知りませんよどうなっても」
腹をくくって洋一は着艦フックを下ろし始めた。
着艦フックは後部胴体の下から降りてくる。パイロットから到底見えるものではない。
「フックに眼を付けろ」
とは着艦訓練でよく云われることだが、あくまで比喩的なものであるはずだ。甲板の見え具合とかから訓練を経て経験的に身につけるものなのだ。
そして他の飛行機の主翼にフックを引っかける訓練なんてものは秋津海軍航空隊にはない。
世界中にだってないだろう。
今綺羅様が引っかけている位置から、自分の状況を推察するしかない。
綺羅機から少し後ろ。高さも少し上。そこからそおっと下げていく。
『もう少し、もう少し下』
綺羅様が指示してくれるのでそれに従う。
気のせいか、フックから出ている風切り音が変わった気がした。
トライヘッドの主翼から出る乱流を捉えたのだろうか。後部から緩やかな振動が伝わってくる。
『よし、そのまま前進』
スロットルをほんの少しだけ前に出す。
旅客機に合わせているとはいえ200㎞/hで飛んでいるのである。そんな中を自分としては抜き足差し足で進んでいる気分だった。
不意に機体が揺さぶられる。フックが主翼を捉えたのだ。
何か壊している感触は気持ちの良いものではない。
『引っかかった。そのままそのまま』
しっかりと固い衝撃が伝わってきた。桁を捉えたのだろうか。
『できましたよお二人とも! すごいや。まるで三機編隊だ!』
上空で見ていた村瀬三飛曹の声が聞こえてくる。
改めて見回してみると、異様な光景だった。
フォッカー・トライヘッドの主翼の上に、左右それぞれの十式艦戦がまるで着陸したかのように乗っている。
ある意味元と同じく、三つのプロペラが空気を引っ張っていた。




