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蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 七の巻 ビザンツの王冠  作者: 初音幾生


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19 格闘戦vs一撃離脱

 そして北の空には黒雲のような編隊が現れていた。

 朝倉大尉の第二中隊が下がったのでやって来たのだろう。

 九機の編隊と、六機の編隊が左右に広がって居る。

 機影は前から見てエの字。複葉機だった。

 下で海面を這っているのも複葉機、上で襲撃してきたのも複葉機。

 時が二十年くらい前に遡ったような気分になるが、今は1942年なのだ。

 そして現代の代表として、1940年正式採用のこの十式艦戦で、しかも最新の五三型でお相手をしなければならないのだ。

『さあここが正念場だ。アカツキは右の六機編隊を頼む。こちらは左の九機編隊だ』

 一個小隊四機で九機編隊を相手に立ち向かう。

 倍以上なのに指揮官は実に楽しそうである。

『クレナイ三番から四番。村瀬、いいか、しっかりついてこい。速度を殺すなよ。俺たちはあいつらより速い。追いつかれなければ殺されることはない』

 新米の村瀬三飛曹を励まして落ち着かせていた。

 聞いている洋一も頷く。そうだ、速度は武器だ。

 十式艦戦は徐々に高度を上げる。

 向こうも対抗して高度を取ろうとするが、こちらの方が上昇力は上である。互いがぶつかり合うまでに200mは差を稼いだ。

 綺羅機が機体を左に傾ける。斜め下に見下ろすような姿勢から、敵編隊に襲いかかった。

 高度を速度に換えて撫で切るように編隊を切り裂く。

 張り合って機首を上に向けて上昇しようとしたBR.42は、速度を失って身動きが取れなくなる。

 ふらついたところを真横から綺羅が一閃。20㎜機銃がBR.42の胴体をへし折った。

 その隣の機体が慌てて高度を下げようとしたところを、洋一は見逃さなかった。

 こちらに旋回しようとして背中が大きく晒される。

 まさに撃ってくださいと云わんばかりだ。そして洋一は、それを見逃すつもりもない。

 銃把を握りこんで銃弾を叩きつける。

 上の主翼がはじけ飛んだ。

 左右に分かれてくるくると離れていく。残された機体は石のように地上に向かって墜ちていく。

 更にもう一機、火を噴いて墜ちていくBR.42も視界の端にあった。クレナイ三番、小暮一飛曹だろう。

 クレナイ小隊はそのまま降下気味に敵編隊を抜けた。

 なんとか追おうとする敵機もあるが追いつけない。

 少し距離を取ると再びクレナイ小隊は高度を取る。

 向こうは複葉機で最高速度は良いところ430㎞/h。こちらは315kt(583㎞/h)。150㎞/hもの差となると数が倍であろうと優位に立ち回れる。

 速度を活かして一撃をかけて優速のまま離脱。

 これを繰り返せば少なくともやられることはない。

 妙に安心した気持ちで洋一は周囲を眺め回した。

 クレナイ小隊は欠けることなく高度を稼ぎながら再び敵編隊に向かおうとしている。

 少し離れたところでは成瀬飛曹長の率いるアカツキ小隊が、もう一つのオスマン軍の編隊と戦っている。こちらも速度を活かした一撃離脱で優位に立っていた。

 そして遙か下方ではソッピース・シャグバット飛行艇が海面すれすれを飛んでいて、その周囲を彗星艦爆が取り囲んでいた

 彼らからすれば飛行艇こそが目標である。そちらに向かうなら全力で阻止しなければならない。

 しかし崩れた編隊を立て直しながらオスマン軍の戦闘機隊は洋一達の方に向かってくる。

 背中から撃たれるのを恐れているのか、あるいは気づいていないのかもしれない。

『クレナイ三番から四番。相手は格闘戦に持ち込もうとするから絶対に付き合うなよ』

 小暮一飛曹が村瀬三飛曹に釘を刺している。オスマン側からすれば活路はそこしかないのだ。

 速度の出ない複葉機は、その代わりその二枚の羽根のおかげで小さく曲がれるのだ。

 そしてこちらはそれに応じてはならない。基本的な方針を改めて叩き込んでいた。

 クレナイ小隊と戦っているBR.42の編隊の残りは六機。

 まだ向こうはやれると思っているらしい。一度崩された編隊を組み直して、立ち向かってくる。

 随分と士気の高い連中だ。油断はできないな。洋一は相手を見据えた。

『うーん、一撃離脱に徹するのは実に正しいんだけどね』

 今まさに激突する寸前に、綺羅は妙なことを呟いた。

 疑問に思う間もなく、十式艦戦の編隊はBR.42の編隊の斜め横から襲いかかった。

 オスマン軍は撃たれる寸前に各機がバラバラに急旋回する。

 綺羅機の放った銃弾は一機のBR.42に命中したが少し浅い。左の上翼にいくつか穴を開けたが致命傷ではない。その状態で軽快に左急旋回に入る。

 こうなると仕方ない。このまま高速で駆け抜けて、もう一回仕切り直しだな。

 見事にバラバラになったオスマン軍を見て洋一はそう考えた。

 一撃離脱の一番良いところはやり直しが利くことだ。

 誰もがそう思った。敵だって同意見だっただろう。

 しかし紅い尾翼の十式艦戦は速度を乗せて航過せず、上昇に転じた。

 速度は高度に変わり敵編隊のただ中に留まる。

「隊長!」

 反射的に洋一も上昇に転じる。三番機と四番機はそのまま駆け抜けた。

 すぐ下に敵の群れ。どうするつもりなのか。

 洋一が視線を向けると、紅い尾翼の方向舵(ラダー)が一杯に切られた。

『格闘戦で勝てないと決めつけるのは早計ではないかな?』

 そう云うのと同時に綺羅の十式艦戦がくるりと反転した。

 上昇して速度を落としたところでラダーで向きを変える、失速反転(ストールターン)のような機動だった。

 そして降下しながら自分を狙っていた敵機の斜め後方に襲いかかった。

 向こうからすれば左の急旋回で相手を前に押し出すつもりが、あろうことか自分より小さく旋回されてしまった。

 慌てて反対側に切り返したのが運の尽き、BR.42は綺羅機の目の前に飛び出してしまい、銃弾を浴びせられた。左の翼が二枚ともへし折られる。

 錐揉みという言葉がふさわしい勢いで、回転しながら墜ちていく。

 その間にも綺羅は再び上昇して、速度が落ちたところで急反転して次の獲物に向かった。

『ほら見まえ、工夫すれば複葉機相手だって格闘戦できる』

「若者が真似したらどうするんです」

 こんなことができるのは紅宮綺羅だからこそだ。

『そう云ってないで君もやってみたらどうだい』

 一緒にしないでほしい。

 そう思いながらも洋一は操縦桿を引いて上昇してから、ペダルを思いっきり踏み込む。

 

 あ、意外といける。


 思っていたより小さく回れて敵の背後を取れた。

 流石に複葉機より小さくはないが、タイミングの取り方次第で後ろは取れる。

 向こうも驚いているだろうが、容赦している余裕はない。

 銃弾に見舞われたBR.42はエンジンから派手な煙を吐き出しながら降下していった。

 洋一は戦果に大きく頷いたが、そこで悪寒が走り、本能のまま操縦桿を突いた。

 振り返ると別のBR.42が迫っていた。

 格闘戦は気がついたら速度が落ちていて、別の機に追われたら逃げられなくなる。

 葛葉四五型のパワーに頼った雑な手だが、洋一は増速して敵を振り切りにかかった。

 引き離したかな。振り返るとそのBR.42は炎に包まれていた。その後ろには紅い尾翼の十式艦戦が当然のごとく君臨していた。

 洋一は一回で離脱したのに、綺羅は何度も上昇しては反転を繰り返して相手を翻弄している。

 失速反転だけでなく宙返りからのひねりなど、多彩な機動を繰り出していた。

 ひらりひらりと蝶が花の上を舞っているようだった。

 その翼が軽やかに翻る度に、魅せられたように敵機が墜ちていく。

「複葉機相手に格闘戦に勝つなんて、どうかしてますよ」

 洋一は改めて自分の上官を仰ぎ見た。

『何事もできないと決めつけるのは良くないよ洋一君』

 それは何でもできてしまうことの台詞だよ。凡人としては後ろを追いかけるだけで精一杯だった。

『素晴らしいですキラーラ殿!』

 無線から元気な声が聞こえてきた。

『こうクルっと、ヒラっと、ババっと。とにかくすごいのです!』

 うまく言語化できないようだが、感銘を受けたのは伝わってきた。

『ティナちゃんに喜んで貰えると、こっちもはりきっちゃうなぁ』

 紅い尾翼の十式艦戦は軽やかに翼を翻し、この空を支配した。


 その日、紅宮綺羅は一日に七機撃墜を記録した。


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