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蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 七の巻 ビザンツの王冠  作者: 初音幾生


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17 王冠だけではすまない話

 地上ではちょっと奇妙な光景になっていた。

「申し訳ありませんでした姫様!」

 ビザンティア王女の前に、男達が跪いていた。

 向こうでも秋津の土下座に近い格好になるんだな。朱音は妙なことに感心していた。

「ま、まあ大丈夫だから気にするな。ねえエリ君」

「え、ええ、別にどこも当たってないし」

 木立の方から撃ってきたのは何の事はない、トライヘッドの乗組員達だった。

 隠れやすい木立に逃げ込んでいたところへ、トライヘッドの残骸を発見した人影が接近してきたので撃ったようだった。

「そちらは無事なのか」

 木立に行ってみると、腰ぐらいの穴がいくつか掘られていた。

 彼らなりに防御しやすいように塹壕らしきものを作っていたらしい。

「不時着の時に何人か骨折をしましたが、何とか」

 壕にはトライヘッドに乗っていた人たちがいた。

 パイロットが二人、護衛の武官が二人と侍従が一人に女官が二人の計七人だった。

 そのうちパイロットの一人が脚を、女官の一人が腕を、武官の一人が肩に白いものを巻いていた。

「それと、王冠は無事でございます」

 彼らの中央に、金属で縁取られた重厚な箱が鎮座していた。

「おお、でかした」

 彫刻の施された木の肌を、王女は何度もなでた。

「しかしまさか姫様自らやってくるなんて」

「うむ、王冠を護るのは、王族にとって当然のことなのだ」

 まあ自分の存在意義に関わる問題だし、何より今回はこれで失ってしまったら王女自身の責任になってしまう。

 朱音は少し虚勢気味に胸を張っている王女を眺めた。

「ところでどうしてエリオット様が」

 王女の婚約者であり、他国の人間であるエリオット少年が同行しているのは彼らからしてみれば充分に謎であった。

「いいであろう。わらわを助けに来てくれたのじゃ」

 王女もなんだか嬉しそうである。

「ノルマンと、それにアキツの力を借りて来た。アカネ、挨拶を」

「どうも、アカネ・オノ。アキツネイビーのメカニカルサージェントです」

 ビザンツ語はできないのでノルマン語で朱音は挨拶した。

「上空を飛んでいるのは我々アキツの飛行機です。ご安心ください」

 青空に幾つも白い飛行機雲が描かれている。

 何事かと不安であった彼らにしてみれば、それが味方であったことは大いなる安堵であった。

「なんと素晴らしい」

「姫様の御威光がそこまでとは」

 彼らは感涙にむせんでいる。

 死を覚悟して居たところで王女が手勢を連れて助けに来てくれたのである。

「おぬし達も一晩よく無事だったな」

「墜落してから救助の来訪を信じて、隠れられそうなここに逃げてきました。昨日の夕刻に様子を見に来たオスマン兵は追い払ったのですが」

 彼らが掘った塹壕らしきものはともかく、武器と呼べるものは武官が持っていた儀礼用の小銃二丁と、パイロットの私物である拳銃が一丁だけだった。

 肩を負傷している武官は使える方の手にサーベルを縛り付けていた。

「夜に一度街の様子を見てきましたが、残念ながら半島はオスマンが押さえているようです。軍勢はそれほど多くはないようですが」

 まともに攻められたらひとたまりもなかっただろう。

「アキツが援護しているうちに、早く脱出しましょう」

 エリオット少年が促す。先ほど爆撃機が投弾したのは下からも見えていた。

 敵がここを目指しているのかもしれない。

 彼らは砂浜に向かった。脚を折ったパイロットはもう一人の肩を借りて。そして王冠は二人で運ぶ。

 ゴムボートのところまできたところで彼らは足を止めた。

「……存外、小さいのですな」

 木立の陣地からも飛行艇は見えていたが、近くまで来てそのサイズを実感できた。

「そうですか? そこそこ大きいと思いますけど」

 大体艦攻と同じサイズなので、空母に乗っている飛行機を基準にすれば大きい方だと朱音は感じていた。

 そこでふと朱音は振り返る。

 自分と王女と少年。そこに七人の大人。そして二人がかりで運ぶ王冠の入った箱。

 もう一度シャグバット飛行艇を見る。

 あれに、この人数が、入るのか?

「……姫様、我らは王冠を護れたことを、誇りに思います」

 侍従が思い詰めた顔をしていた。

「ここで我らは最後まで戦い抜きます。姫様達はお逃げを」

 震えながら侍従は別れを告げる。

 一度生還の道が見えただけに堪えるのであろう。

 女官二人は泣きながら互いを支え合い、負傷した武官は再び自分の手にサーベルを縛り付けた。

「ま、まてまて! おまえ達を置いて逃げるようなことをするか」

「しかしこの人数は乗れないでしょう」

 そう云われると不安になって王女は飛行艇を振り返る。

「えっと、皆様義務は充分に果たしました。降伏しても恥ではありません」

 エリオット少年も取りなすが、彼らは首を横に振る。

「オスマンは、捕虜を取りませぬ」

 本当かどうかは判らないが、彼らはそう信じている。

「け、結論を出すのは早いですよ。話を聞いてきましょう」

 何とか助け船を出した朱音に二人は全力で頷いた。

「す、少し待っておれ。早まったことはするなよ」

 慌てて三人はゴムボートに乗り込んだ。


「七人だぁ?」

 飛行艇で待っていたキャンベル中尉は、案の定難色を示した。

「申し訳ないが王女様。このシャグバットは四人乗りなんです。パイロットと航法手と銃座手が前と後ろで二人。もちろん救難の時は二人ぐらい乗っけますが、七人ともなりますと」

「だからといって見捨てられるか。彼らはわらわと王冠のために尽くしたのだぞ」

「僕からも頼むキャンベル中尉」

 子供二人に言い寄られてキャンベル中尉は上を向いたり下を向いたりしてうなる。

「しゃあない」

 キャンベルは腹をくくった。

「嬢ちゃん、機銃を外してくれ。少しでも軽くする」

「はい!」

 朱音は嬉しそうに返事をすると、前の銃座によじ登る。

「お二人とも、急いで皆を運んでください」

 王女と少年は慣れないゴムボートを大騒ぎで操りながら浜に戻っていった。

 機首銃座の機銃を海中に投げ込んだところでまず一陣がやってくる。

 最初に王冠の箱。次に負傷者。

「どんどん奥に詰めてください」

 案内しながら朱音は後部の機銃も外した。予備の弾倉も海に捨てる。

 その間にもボートが往復し、人を運び込んでくる。

 よく入るものだ。朱音は感心してしまう。

 機首の銃座に小柄なビザンティア王女とエリオット少年の二人。

 パイロットのキャンベル中尉の隣に折り畳みの予備椅子があるのでそこに脚を折ったトライヘッドのパイロットが座る。

 無線手兼航法手である朱音の席周辺に、なんと四人も詰め込まれる。

 救難にも使われるために多少は余裕があるが、ものには限度があるだろう。

 後部銃座にはいささか小柄な女官二人が窮屈そうに収まっていた。

 彼女たちは目の前で回っているプロペラに怯える。

 そして地図机の上には王冠を収めた箱が、一番偉そうに鎮座していた。

 こんなに詰め込んで、飛べるのか? 

 朱音も他も不安になってくる。

 しかしやるしかないのだ。

「こちらシーライオン、回収終わりました。これより発進します」

 狭苦しい席の中で、朱音は無線で上に知らせた。



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