12 少年少女の事情
「それで、王女様はノルマンにお嫁入りするのですか?」
シャグバット飛行艇の中で朱音は呑気に尋ねていた。
王族の婚約なんて話、興味があるに決まっている。
「うむ、その予定だったのだが、我がビザンツにもいろいろ事情があって」
ビザンティア王女は腕を組んだ。
「去年兄上がブランドルと同盟すべきだと云いだして、色々あった結果廃嫡して亡命してしまった」
かつての帝国時代と違い、ビザンツ王国は不安定な位置で成り立っている。
どちらにつくかで何度も揺らいできた。ブランドル寄りの派閥があってもおかしくはない。
「現在我が国はノルマン側と連合を組むこととなった。そうなると残ったわらわが即位せねばならんのだ」
未来の大統領夫人から国王とは、人生設計も随分と変わってしまう。
「そのためにも、王冠なんですね」
「そうじゃ。このまま王冠が敵の手に落ちれば、ブランドルの操り人形になった兄上か、オスマンで回教に改宗した大叔父上の息子だか孫だかが王になってしまう。それだけはなんとか阻止せねば」
国家あっての王であり、ましてやビザンツ王国は立憲君主国家である。王冠は象徴でしかない。
それでもこの混乱した情勢では、象徴は重要な意味を持ってしまう。
「ところでエリ君」
急に王女は向きを変えた。
「ジョージ大統領はその、婚約についてなにか云ってなかったか?」
「ああ、嫁取りのはずか婿入りじゃ話が変わってしまいますからね」
エリオット少年は未来の大統領である。
それがよその国に婿入りとなってしまっては、予定が変わってしまう。
「父は特には……でもそういえば留学前に一度だけ、困ったな、どうしようかと呟いていて」
「い、嫌だよ。婚約破棄なんて無いよね?」
逃すまいと王女は少年をぎゅっと抱きしめる。
「ほら、弟のアンソニー君が居るじゃないか。彼もかわいいから大丈夫だよ」
大統領の基準がかわいいかどうかなのはどうかとも思ったが、よくよく考えたらそれでもいいのかもしれないな。朱音はそう思い直した。どうせならかわいい方が良い。
「ところで、ノルマンの大統領ってどうやって決めるんです? 世襲だって聞いたんですけど」
ノルマンは最初に近代的共和国を生み出した栄えある国である。と喧伝されるが、紆余曲折の結果なぜか世襲式大統領制になっていた。
「選挙はあります! その後議会の承認を経て就任する共和国の代表です!」
エリオット少年は胸を張って応える。
「まあ一応形式上はそうなっていて。ただ候補者は現大統領が指名するので実質的には信任投票だな」
パイロットのキャンベル中尉がそう教えてくれた。
「よそから見て変な仕組みなのは判るよ。我々から見ても変だし」
けっこうこの人はずけずけと云うな。朱音は操縦席の方を見た。
「しかし国王を処刑して世界中を敵に回して色々とすったもんだした結果なんだ。まあ察してくれ」
ずけずけ云ってもこの人なりに自分の国を誇りに思っているのかな。朱音はそうくみ取った。
「王女様に王子様。他所の国の事情に命張ってもらうんだ。このアキツの嬢ちゃんに金一封と勲章くらいは出してくださいよ」
そしてキャンベルは世知辛いことにも気の回る大人でもあった。
「当り前じゃ。これから取り返すのはわが王国の存亡にかかわるものなのじゃ。それをないがしろにするような恩知らずではない」
「僕も掛け合ってみます。安心してください」
子供であるがやけに頼もしい返答だった。
「それと俺の分も頼みますよ。昨日からのフライトの分も」
うんうんとうなずいてからキャンベル中尉は付け足した。
「なにしろ昨日艦隊参謀を司令部に運んで、待っているところでちょっとそこまでって王子様に頼まれたのが発端で」
キャンベルは操縦桿から手を離して指を折る。
「司令部三つ回ったと思ったらアキツの艦隊に行ってくれって云われて、遂にはエーゲ海越えだ」
「その、命令系統的に大丈夫なんですか?」
「そこなんだよ」
朱音の問いにキャンベルはぼやく。
「よくよく考えると、俺の立場ってあやふやな気がしてきたんだ。坊ちゃんの専属運転手ってわけじゃないのにこんなところまできて、どうなっちゃうんだろうな俺」
「判った判った。悪いようにはしないから、絶対に」
エリオット少年が取りなしているのがなんだかおかしかった。
「それはそうとそろそろ見えてきても……あれじゃないか?」
キャンベル中尉の頭が前方やや左で固定される。
「どこじゃどこじゃ」
後ろの銃座からはよく見えないので、王女達は狭い通路を抜けて機首部の銃座から頭を出す。
「あ、見えた!」
目の前にカサンドラ半島が横たわり、その上空を一機の彗星艦爆が旋回している。
その下、砂浜に何やら岩のようなものが見えた。




