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蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 七の巻 ビザンツの王冠  作者: 初音幾生


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10 深夜のないしょ話

 夜の海を航行する空母の甲板を、月明かりが照らす。

 そんな中をこそこそと進む人影があった。

「なるほど、水陸両用というのは便利なものなのですな」

「まあその分遅かったりするのが欠点ですが、使い勝手は良いのです」

「キラーラ殿は運転できますか?」

「うーん、ぶっつけ本番でいきなりはちょっと厳しいかなぁ。それに私は別行動した方が良いと考えていまして」

「といいますと?」

「適当に言いくるめて、私は後から戦闘機で追いかけた方が良いでしょう。やはり護衛は必要です」

「なるほど。しかしそうなると困りました。うちの運転手は二人とも着水の時に怪我してしまいまして」

「やはりもともと操縦している人間にやらせた方が良いでしょう。なんでも今夜は機体の中で寝ているそうです」

「こちらの頼みを聞いてくれるでしょうか?」

「銃でも突きつければ云うことを聞きます。やってみますか?」

「そ、そんな面白そうなことを、やっていいのか?」

「暴力は良いですよ。大抵の問題が片付きます。ほら」

「そ、そうか。これが銃か。けっこう重いな。なんだかわくわくしてきた」

「弾は抜いてありますから安心してください」

「うむ、なんだか映画の悪党になったみたいだ」

「たまには悪いことをするのも楽しいものですよ。あ、後ろの銃座から入れます」

「ちょっと、押してくだされ。よっと」

「入ったら静かに前に進んでください。私も入ります」

「さて、寝ていてくれると助かるのだが」

 勝手に飛行艇に入ってきた二人に、中にいた洋一は言葉をかけた。

「こういうことは、よくないですよ。王女様」

 まさか待ち構えているとは思わなかったビザンティア王女は、夜の海を吹き飛ばすような声を上げた。

「わあ、ほんとに来たんだ」

 洋一の後ろから朱音が顔を出す。

「どういう……どういうことなんです」

 機体の持ち主であるエリオット少年が小さく震えている。どうやら憤っているらしい。

「子供に悪事を吹き込むのはやめましょうよ隊長」

 力なく向けられた銃口を払いながら、洋一は元凶を睨んだ。

「おやおや」

 企みごとがばれてしまった綺羅は、肩をすくめて微笑んだ。

 それだけで赦してしまいたくなる顔だった。

 丸め込まれてはいけない。洋一は小さく頭を振った。

「よく判ったな。我々がここに来るのが」

「ノルマンのパイロットが機内で寝るって話、誰から聞きました?」

「洋一君、だねぇ」

「そういうことを聞けば、こういうことをするんじゃないかって思ったんですよ。こんなところで寝させるなんて、いくら何でも我々はそこまで薄情じゃありません」

「なるほど、さすが私の二番機」

 考えてみれば今年で三年目の付き合いになる。大分その突飛な考えも読めるようになってきた。

「あのう、この機体そんなに乗れないんで、みんな降りてくれませんか」

 飛行艇のパイロット、キャンベル中尉が声を上げたので、ゾロゾロと飛行艇から降りる。

 総勢六名に吹く夜の甲板の風は少し寒かった。

「皆さん、中に入りましょう」

 艦橋の中から、綺羅の部下である池永中尉が声をかける。

「おや池永君もかい」

「えぇまあ」

 念のために士官もいた方が良いだろうと、声をかけておいたのである。

「子供に変なことを吹き込まないでくださいよ」

 池永中尉ならこの手の後始末もいつものことで慣れているだろう。かわいそうだが。

「まったく、兵学校の宿舎から抜け出すのとは違うんだぞ紅宮」

 更にもう一人、朝倉大尉が呆れた顔で待っていた。

 彼にまで知られたのはちょっと予定外だったが、あまり驚いてないところを見ると、昔からこうだったらしい。

「冷えましたので皆様どうぞ」

 槙さんが皆に紅茶を振る舞ってくれた。

「夜も遅いので薄めにしておきましたね」

 自分の主人の不始末にも動じずに槙さんは微笑んでいた。

「ほらエリ君、ミルクを入れてあげよう。砂糖は二杯だっけ」

 甲斐甲斐しく王女は少年に紅茶を渡す。

 自分の不始末をごまかそうとしている姿だった。

「で、訳を聞かせてくれませんか」

 艦内の通路で合計八人が小さく座りこむ。

「……うむ」

 少しばかり云いづらそうにしていたが、王女は話し始めた。

「……王冠、なのだ」

「王冠?」

「そう、王冠。ビザンツ王国の王位の印である王冠」

「その王冠が」

「もう一機の方に乗っていたのだ。エーゲ海に落ちたという」

 もう一機。そういえばそんなことを云っていた。実は重要な機体ではあったらしい。

「テッサロニキで兵達を励ましに行くのに、王女である私だけよりも、国の証である王冠も一緒の方がみんな奮い立つと思ったのだ。現に皆喜んでいたぞ」

 そういえば先月ビザンツ国王が亡くなったばかりであったことを洋一は思い出した。

「けっして、アテネに残しておいたら他の誰かに即位されるとか、そんなことを心配したわけでは無いぞ!」

 殊更強調するということは、それが持ち出した理由なのだろう。

 王族というのも油断がならない生活らしい。

「しかしここで王冠を失ってしまったとあっては、わらわはアテネには戻れぬ。なんとしてでも取り戻さなければならないのだ」

 まあ王冠ともなれば、無理をするのも判らないではないが。

「それで、ぼくの飛行艇を盗もうとしたんですか」

 怒りのこもった声で、エリオット少年が問いただした。

「盗むとは、その人聞きの悪い。その、ちょっと借りるだけで……」

 色々と取り繕おうとしたが、どれもこれも空虚な言葉にしかならない。

「ごめん、悪かった。謝るから」

 なだめようとした王女の手を、少年は振り払った。

「そんなことに怒ってるんじゃありません!」

 遂に少年は大きな声を張り上げた。

「どうして僕を頼ってくれないんです!」

 肩を震わせて、少年は自分の婚約者を睨んだ。

「そんなに僕は頼りないですか、そんなに僕は子供ですか。僕は貴女の婚約者なんですよ。それなのに、それなのに」

 遂には泣き出してしまった。

 王女は慌てているが、どうしていいか判らないらしい。

 周りに助けるように王女は周囲を見回すが、皆子供の扱いに長けているわけではない。

 仕方がないとばかりに、ノルマンのパイロットが前に出た。

「まあまあ、子供なんてそんなものです。わがままで、むちゃくちゃで、周囲の迷惑も考えずに壁にぶつかるまで全力疾走する」

 よその王族に対して随分な云いようだったが、当の本人も含めて否定できない。

 何ならうちの皇族は大人なのに対して変わらないぞ。洋一は心の中でそう相づちを打った。

「しかしエリオット様も同じなんですよ、むちゃくちゃなのは」

 彼は周囲の秋津人達を見回していった。

「知ってますか。うちの『王子』は大使だって云いましたけど、あれ正しくは親善大使なんですよ。短期留学の箔付けの肩書きで、何の権限もありゃしません」

 冷静に考えればいかに大統領の息子であろうと、十三で大使というのはおかしな話ではあった。

「なのにたまたまビザンツの王女が撃墜されたって無線を聞いたもんだから、すごい勢いでまあいろんなところ回りまして。ビザンツの連中は忙しいときに来るなって門前払い。ノルマン(うち)の海軍は空母を持ってきていない。空軍にも押しかけたんですが、もうクレタ島に全機引き上げてましてテッサロニキまで届かない。それでアキツの艦隊にやって来たわけです」

「そういえば、〈翔覽〉にきたときすごい剣幕で押していたけど、あれって権限無いのごまかしてたんだね」

 朱音が来たときの様子を小声で教えてくれた。

 それだけ駆けずり回って、王女を救出していた洋一達よりも早く〈翔覽〉についていたのである。

 恐ろしいほどの行動力だった。

「その結果がこの空回りですから。まあ笑っちまいますよね」

 とても慰めているとは思えない言葉が次から次へと出てくる。

「まあガキなんてこんなものです。ですが」

 随分な口をきいたパイロットは、少年の頭をなでた。

「男が惚れた女のためにやった無茶なんです。そこんところは、まあ判ってあげてください」

 周りも妙にしんみりしてしまった。

「王女様」

 ノルマンのパイロットは異国の王女を見た。

「彼は貴女のためにここに来たのです。お二人は婚約者との事ですが、他人が決めたしきたりに、人はここまで骨を折りません。そのことを忘れないでください」

 云われた方はなんだかあたふたしていた。

 しかし逃げるわけにはいかないと察したのか、意を決して少年の前に座り込んだ。

「その、お願いだ。エリ君」

 王女は妙に緊張している。

「済まないが君の飛行機を、貸してくれ」

 ようやく笑った少年は、王女の手を握る。

「はい、喜んで、ビザンティナ様」

 少年と少女を眺めていた洋一は頷いた。

「いいわねぇ。もどかしくってかわいくって」

 後ろですっかり観客気分で、朱音は小さな恋愛劇を堪能していた。

 色々あったけど、まあ良いところに落ち着いたのかな。

 そう安堵したところでいやいやと首を振る。話はそう単純ではないのだ。

「あの、あの飛行艇だけで行くのは危険ですよ」

 何しろあれは複葉機なのだ。

 便利かもしれないが速度は遅い。敵の勢力圏を飛べるものではないのだ。

「まあそこは我々が護衛するしかないかな」

 綺羅は実に気楽に云ってのける。

 おいおい、そう簡単な話じゃないだろ。明日にだって出撃はあるだろう。

 洋一は止めてくれそうな人を見た。

「そうだ。〈翔覽〉を上げて、二人を支援すべきだ」

 なのに朝倉大尉はさらに話を大きくしようとしていた。なぜか眼に涙まで浮かべている。

 今の話を聞いて感銘を受けてしまったのだろうか。

 隣に居た池永中尉は天を仰いでいた。

 分隊長二人が乗ってしまっては、もう誰にも止められない。

「紅宮。今すぐ艦長に上申するぞ。君と俺の中隊、それに艦爆隊も必要だ」

「流石だな。艦長はそちらに任せる。艦爆隊の根回しは私がやっておく。池永君、君もきたまえ」

 こうなってしまうと、もう無理だな。

 洋一はきびきびと動く士官達を眺めながらそう思った。

「君たちは少しでも寝たまえ。明日は忙しいぞ」

 お優しい上官はそんな言葉をかけてくれる。

「ではそうします」

 諦めた足取りで、洋一と朱音は自分の寝床へと向かった。


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