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蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 七の巻 ビザンツの王冠  作者: 初音幾生


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9 王女と少年

「さて、我々は先に報告するとするか」

 そう云って綺羅は司令室へと向かう。

 たしかに作戦のついでにとんでもないものを拾ったのである。報告しないわけにはいかない。

 しかし司令室は何やら騒がしかった。

「あら綺羅様。それに洋一も」

 入り口に整備科である朱音がなぜか立っていた。

「どうしたの朱音ちゃん」

「さっきまで通訳してまして」

 朱音は語学が得意なので、時々ノルマン語の通訳に借り出されていた。綺羅がひょいと中を覗く。

「ですから我々地中海艦隊は大本営直轄であり、ノルマンの指揮下にはありません」

 渋面の艦長の隣でかなり強い口調でノルマン語を喋っているのは、戦闘機隊第二中隊長の朝倉大尉であった。

「編成とか指揮系統とか難しい話になったので替わって貰いました」

「ああ、朝倉は兵学校次席だからね。ノルマン語は上手だよ」

 兵学校で同期だった綺羅は頷いた。

「で、話している相手は、と」

 朝倉大尉に向けられていた視線が右に動き、そして下がった。

「そのアキツ地中海艦隊には現地ビザンツ軍、ノルマン軍と連絡を密にし、協同せよと通達が出ているはずです!」

 こちらも負けず劣らず強い口調のノルマン語だった。

 異様だったのは、それを発しているのが少年であったことだった。

 その小さい身体の上から下まで何度も見る。

 年の頃は十代前半、どう見ても少年としか云いようがなかった。

 透き通るように輝く金髪に、少女のようにも見える可憐な顔。絹のシャツに蝶ネクタイ。仕立ての良いサテンの黒の上着に半ズボンと、育ちの良さを感じさせる服装。

 高級なお人形のような少年が、軍人相手に詰め寄っていた。

「それを判断するのは我々ではなく地中海艦隊司令部です。申し入れはジブラルタルにすることですな」

 しかしとりつく島も無く無碍に朝倉はことわる。

「このクソガキが」

 その後で秋津語で小さく罵っているのを洋一は聞いてしまった。

 なんだか相当苛立っているようだった。

「やあ朝倉、どうしたんだい?」

 綺羅に声をかけられて、朝倉大尉は驚いた後で少し気まずそうな顔をする。

 汚い言葉を聞かれたのが恥ずかしかったのだろうか。

「ああ、お帰り、紅宮」

 咳払いをしてから居住まいを直す。

「こちらのガ、少年の申し出を聞いていてな」

 言葉はともかく士官らしい振る舞いで朝倉は少年を示した。

「こちら駐ビザンツ大使の」

「エリオット・ウィンザーです。プリンセス・キラ・アケノミヤ」

 年齢にしては妙に礼儀正しい口調でその少年は云った。

「おやおや」

 何も云っていないのに向こうには綺羅が判ってしまった。さすが有名人は違う。

「ええと君はたしか……ウィンザー?」

「そう、ノルマン共和国大統領のご子息だ」

 見覚えがあったので記憶から引き出そうとしていたところを、艦長が補足してくれた。

「そうか、エリオット君か。思い出した思い出した。この前会ったのはジョージ大統領の即位の時だっけ。あのときはときはまだこんなに小さくて」

 手が腰の辺りの高さを示している。エリオット少年は少し嫌そうな顔をしていた。

「今幾つだっけ?」

「十二です。そんなことよりプリンセスキラ」

 話題を切り替えるべく強い言葉で少年は綺羅に向かった。

「エーゲ海にアキツの飛行機を派遣してほしいのです!」

「エーゲ海に?」

 怪訝な顔で綺羅は艦長や朝倉の顔を見るが、二人とも首を横に振る。

「我々秋津海軍の割り当て海域はイオリア海だ。ビザンツ王国の支援と同時にトリエステにいるブランドル地中海艦隊への牽制もせねばならない」

「〈瑞覽〉の到着が遅れているので我々〈翔覽〉と小型空母の〈祥鳳〉だけで艦隊を護らなければならないのだ。とてもエーゲ海に回す余裕はない」

 慣れない戦場に、四方八方にいる敵。自分を護るだけで手一杯なのは確かであった。

「それでもエーゲ海に飛行機を送って貰わねばならないのです!」

 なおもエリオット少年は食い下がっていた。

 そういえば、どうして彼はそんなに必死なのだろうか。

 後ろの方で激論を眺めていた洋一はそう思った。

「でなければ友邦ビザンツ王国の存亡に関わる危機が!」

 そんな大げさな、そう思ったところで洋一の背後から別の声が聞こえてきた。

「ふう、さっぱりした。アキツ式の熱い風呂も悪くないな」

 振り返ると風呂上がりのビザンティナ王女がやって来ていた。

「空母の狭い風呂で済みません。あ、朱音さん。着替えをお借りしました」

 槙さんが王女を綺羅のそばまでつれてきてくれた。よく見ると王女は朱音の私服を着ている。

「あ、ちょうど良かった」

 綺羅が王女を案内する。

 そういえば彼女を救出したことを知らせるために司令室にやって来ていたのだった。エリオット少年のおかげですっかり忘れていた。

「艦長、実はもう一人お客さんが来たので紹介します」

 綺羅は王女を司令室に招く。

「先のビザンツ王ユリシウス四世の第一王女、ビザンティナ・ティス・エラザス様です」

 中にいた秋津人達はみな怪訝な顔をする。

「搭乗していた専用機がオスマン軍より攻撃を受けていましたので、救出しました」

 変なのを拾って、またやっかいごとが増えた。

 ほんの一瞬表情が曇ったのはそんなことを考えていたからだろう。洋一は艦長達の内面を推し量った。

「それは大変でしたでしょう王女。この〈翔覽〉、いささかむさ苦しいところですが、ごゆるりとおくつろぎください」

 それでも艦長は少将らしく威厳と気品に満ちた態度で挨拶した。王女も鷹揚に頷く。どんなときでも礼儀はついて回る。

 話の腰を折られた大統領の息子はどうなったかな。

 エリオット少年に視線向けると、こちらはなぜか目を見開いて口を大きく開けていた。

 「驚愕」と題を付けて額縁に入れたくなるような顔だった。

「……び、ビザンティア様?……」

 王女は視線を少年に向けると、威厳の顔を放り投げた。

「あ、エリ君! エリ君じゃないか!」

 駆け寄ると、王女は少年をぎゅっと抱きしめる。

 背丈も年齢も、王女の方が少し上なのだ。

「あれ、お二人はお知り合いでしたっけ?」

 綺羅の問いに王女はどこか誇らしげに応えた。

「婚約者なんです!」

 実に嬉しそうである。

 それにしても王女が十五で、エリオット少年はそれより年下だろう。

 そんな年で婚約だなんて、王族ってのはすごいな。洋一は妙なところで感心していた。

「ところでエリ君、どうしてここに?」

 年相応の子供っぽい表情で王女は尋ねる。

「それはこっちの台詞ですよ!」

 少年も先ほどまでとはまた違った剣幕だった。

「王女の乗った飛行機が、エーゲ海で撃墜されたって」

「エーゲ海で?」

「そう、エーゲ海で! だからこうして救出しようと!」

 王女はしばらく首をかしげていた。

「あ、もしかして」

 ようやく何かを思いついたらしい。

「テッサロニキから脱出したときもう一機同行していたのだが、はぐれてしまってな。エーゲ海に向かってたとは」

 その一機が撃墜されて、王女の搭乗機と誤解されたのか。

 その救出のためにこの少年は奔走していたのか。

「こちらもオスマンの飛行機に攻撃されたが、キラーラ殿に助けられた」

 こちらはこちらで着艦フックで牽引したりと紆余曲折があったが、まあなんとか救出することができた。

「そうでしたか……良かった」

 安心して力の抜けたエリオット少年はがっくりと膝をつく。

 抱きしめていたビザンティア王女も引きずられて腰を落とす。

「うむ、どうやら我々の知らないうちに問題は解決していたようでしたな」

 艦長は自分たちの司令室で繰り広げられていたよく判らない騒ぎをそう纏めた。

「はい、そのようです……」

 力なく少年は答える。

 無事だった安堵と、よくよく考えたら随分と無茶をしていたことに気づいたのだろうか。

「ま、ともかくお二人の来訪を歓迎します。本艦は作戦行動中ですが、精一杯のおもてなしをさせて頂きます」

 朝倉大尉もどこか毒気の抜けた声で貴人を案内する。

 冷静に考えたらこちらも随分と大人げなかったと思っているのかもしれない。

「一件落着ってことで良いのかな」

 後ろから様子をうかがっていた朱音がそう呟いた。

「そうだといいんだけどね」

 洋一は王女と、少年、そして自分の上司の顔を見た。

 絶対この程度では収まらない。困ったことに彼にはそんな確信があった。



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