表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祈りの残響  作者: ゴンザレス清盛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

276/283

『残ったものが、本物』

それは、完全ではなかった。


壊れている。

繋がっていない。

元のままでもない。


それでも――


残っている。

 外側から、ひびが入る。


 白い診療所の壁面に、見えない圧が走る。

 記録として整っていた空間に、異物のような衝撃が混ざる。


 均されていたはずの領域に、“揃わないもの”が侵入している。


 音が遅れて届く。


 地面を踏み抜く重さ。

 空気を裂く速度。

 “最短で終わらせる”ための動き。


 領域の外縁が、削られている。


 アガリアレプトが視線を向ける。


「外部干渉を確認」


「処置優先度を再設定します」


 だが、遅い。


 次の瞬間、白が割れる。


 線ではなく、面で。


 構造ごと、押し破られる。


 そこから踏み込んできたのは、二つの影。


 ヘルハウンド。

 クチナシ。


 躊躇がない。


 空間の異常。

 ネリネの状態。

 アスモデウスの位置。


 すべてを一瞬で拾い――


 行動だけが出る。


 ヘルハウンドが前に出る。


 直線。


 アガリアレプトとの距離を潰す。


 処置を中断させるための最短の踏み込み。


 クチナシはその横を抜ける。


 ネリネの方へ。


 迷いがない。


 理由を考えていない。


 身体が先に動いている。


 その背後で、さらに領域が軋む。


「ちょ、待て待て待て! おれっちまだ入るなんて言ってねぇぞ!」


 ナベリウスが転がり込む。


 着地が乱れるが、すぐに体勢を戻す。


「うわ、最悪だなこの空間! 匂いがねぇのに気持ち悪ぃ!」


 文句を吐きながらも、位置は後方。


 その隣に、ヴァレフォルが滑り込む。


「ひ、ひっ……な、なにここ……っ」


 肩をすくめ、明らかに怯えている。


 それでも視線は外さない。


 その上。


 黒い影が、ひらりと揺れる。


「ケケケ。やっと繋がったねぇ」


 ムルムル。


 宙で軽く回りながら、場を見渡す。


「おたくら、ずいぶん変なとこに閉じ込められてたんだねぇ」


 ナベリウスが即座に睨む。


「お前はなんでそんな余裕なんだよ!」


「おいら? こういう継ぎ目、嫌いじゃないよ。迷子にはなるけどねぇ。ケケケ」


「それを平気って言うんだよ!!」


 ムルムルは気にした様子もなく、ふわりとクチナシの近くへ寄る。


「で、どうする? 壊す? 残す?」


 一拍。


「おいらはどっちでも面白いけどねぇ」


 前線はすでに動いている。


 クチナシはネリネの前で止まる。


 距離が近い。


 表情は、空に近い。


 感情は、外にある。


 それでも。


 クチナシは、手を伸ばす。


 触れる。


 躊躇しない。


 掴む。


 浮かんでいる感情ではない。


 ネリネ本人を。


 中身が欠けていても。


 繋がっていなくても。


 “そこにいるもの”を。


 ネリネの視線が、わずかに動く。


 クチナシを見る。


 認識はある。


 だが意味が伴わない。


 それでも、視線は外れない。


 クチナシは言う。


 短く。


 思考よりも先に出る言葉。


「残ったものが、本物じゃないなら」


 一拍。


 整えられていない。


 それでも、まっすぐ通る。


「私は、何も持ってないことになる」


 空間が揺れる。


 論理ではない。


 定義でもない。


 それでも、処置に干渉する。


 クチナシの中にあるもの。


 再構築された世界。

 壊れたまま戻されたもの。

 記憶の継ぎ目。

 契約で変わった身体。

 失ったものの残響。


 すべてが、不完全。


 すべてが、元のままではない。


 それでも。


 残っている。


 それで、進んできた。


 それを否定されるなら。


 自分は“何も持っていない”ことになる。


 アガリアレプトの処理が止まる。


「……矛盾を検出」


「不完全な残存を、自己同一と認識」


 分類が揺れる。


 定義が通らない。


 ネリネの内側で、ズレが生まれる。


 外に浮かんでいた感情と、空白が完全に分離できない。


 繋がりが、戻りかける。


 ネリネの中に、微かな抵抗が戻る。


 “分からない”という状態が成立する。


 完全な空ではなくなる。


 アスモデウスも動く。


 先ほど確定したもの。


 “これはボクだ”という定義。


 それと、クチナシの言葉が重なる。


 借り物かどうかではない。


 残っているかどうか。


 選び続けてきたかどうか。


 それが基準になる。


 アガリアレプトが杖を振るう。


 だが精度が落ちている。


 ヘルハウンドが踏み込む。


 処理の“隙間”を叩く。


 空間が崩れる。


 カルテが裂ける。


 記録が散る。


 ナベリウスが舌打ちする。


「うわ、やっぱ崩れるやつじゃねぇかこれ!」


 ヴァレフォルは震えながらも離れない。


「に、逃げ……っ、いや……っ」


 ムルムルはくつくつと笑う。


「ケケケ、綺麗に壊れ始めたねぇ」


 ネリネの指が、わずかに動く。


 握り返すほどではない。


 だが、“反応”がある。


 空ではない。


 完全な空ではない。


 クチナシの手は、離れない。


 意味が分からなくても。


 理由がなくても。


 それだけが残る。


 アガリアレプトの声が、わずかに揺れる。


「……処置継続」


 だが、その精度は崩れている。


 定義が通らない。


 切り分けきれない。


 残るものが、消せない。


 クチナシは、もう一度ネリネを見る。


 何も言わない。


 それでも。


 手は離さない。


 それが、この場の前提になる。

元の形じゃなくてもいい。


残っているなら、それで進める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ